|
今回は再び神岡鉱山のご紹介となります。
前回までの栃洞とは違う場所で大津山というところ。
途中までは車で行けるのですが、ご覧のように土砂崩れが起きてしまっているので
ここからは徒歩となります。まず最初に目指す場所までは約1時間のハイキングとなります。
この場所から合流した方もいて総勢10名くらいのパーティーだったと思います。
この場所を案内してくれた方によると、この山での熊の目撃率は50%以上とのこと・・・
皆、熊鈴をつけて歩き、撃退スプレーも持っている方がいました。
歩き始めてしばらくするとスノーシェルターのようなものがあります。
緑に覆われている雰囲気が良いですね^^
約1時間ほどで最初の目的地へ到着。
いつもの私ならすぐバテてしまいもっと時間がかかったかもしれませんが、
この日の為に事前に登山用のストックを購入していたので問題ありませんでした。
ストックがあるだけでこんなにも違うのかと本当にビックリしてしまいました。
これならもっと早くから使っていれば良かったですが、強い味方をゲットしたので
廃村でもどこでもまた試してみたいものです^^
先ほどの場所から下を見下ろすと、この場所で有名な防火壁が見えます。
ここ大津山は30年くらい前に閉山となってしまったのですが、
かつてここには1500人以上が暮らしていたようです。
全村移転後に火災が発生してしまった為に当時の木造建物は
ほとんど残されていません。
防火壁を真横から撮影。見事に1枚の壁です。
防火壁の頂点部分から真横に右へ視線を移すと
濃い緑色の木の横に僅かに茶色く見えるものがあるのが分かりますでしょうか。
今でも僅かに残る当時の木造社宅。
次はあの場所を目指しますが、これがまた大変な道程でした^^;
ブログ村も再開しますので、クリックしていただけると幸いです^^ |
廃墟系:東海地方






遺構の残り方が何とも言えず、いいですね!少しだけ、でもその部分がしっかりと残っている、という感じでしょうか。山道歩きは大変ですよね。怪我のないようにお祈りしています…。
ナイス☆&村クリ☆
2013/6/21(金) 午前 0:07
登山お疲れ様でした。
いつもは10分も歩けばヘトヘトになる我々ですが、ライダーさんの杖の威力に衝撃は、神岡なんてどうでも良いと思えるほどでした。
廃村といわず、すべての廃墟探索に使用すべきだと思います。
私も購入決定です。
2013/6/21(金) 午後 8:11
二星さん
かなりハードな道程でしたが、苦労しただけの甲斐はありましたよ(^^)
2013/6/23(日) 午後 1:53
Taeさん
WPありがとうございます!
確かに過酷な道程でした。
記事に書くのを忘れてしまったのですが、ここに何回も来ている方がこの日1人遅れて山を上ってきたときに遠方に熊の親子を見たようです…
ある鉱山の木造社宅は閉山後に解体せず火災を起こして燃やしたという話もありますので、もしかしたらここもそういう可能性があるかもしれませんね。
2013/6/23(日) 午後 2:00
ねこ堰堤さん
WPありがとうございます!
はい、廃墟探索にはかなり体力を使う場合があります。簡単に行けてしまうような場所に残る廃墟は解体されやすいですが、廃村など山奥に残っていて容易に行けない場所はそれ相応に見応えがあったりします。
2013/6/23(日) 午後 2:04
流浪の民さん
WPありがとうございます!
大人数で皆クマ鈴をつけて歩いたので恐怖心はありませんでしたが、1人だったらかなりビクビクしていたのでしょうね(^^;;
2013/6/23(日) 午後 2:06
あつdesuさん
ポチありがとうございます!
あのトンネルはどうだったのか分かりませんが、高台にある線路の場所の近くに索道があり、そこまでトロッコで鉱物を運んでいたようです。
1時間の登山は疲れますがストックがあり体力の消耗も全然違っていました。
2013/6/23(日) 午後 2:14
Meさん
私も体力がないので最初は不安でしたがストックが大活躍でいつもとは違う感じで上ることが出来ました。
土砂崩れがなければ線路が写っている場所までは車で行けたはずですよ。
ただ、この集落で暮らしていた方が車を所持していたかは分かりませんが。
2013/6/23(日) 午後 2:21
下町おやじさん
WPありがとうございます!
防火壁はあの一枚壁がインパクトあり、木々の中に残っているというのが遺跡ぽくて良いですよね(^^)
ご心配ありがとうございます。
多少無茶をしたりするときがあるので本当に気をつけたいと思います。
2013/6/23(日) 午後 2:30
どろじあいさん
確かにいつもすぐに疲れて休みたがるのに、あれだけスムーズに行けてしまったことは本当に自分でもビックリしました!
どろじあいさんも絶対に購入したほうが良いです。持っていて損はありませんので。
2013/6/23(日) 午後 2:34
こんばんは♪
色々と検索していて、此処へ辿り着きましたm(_ _)m
当日は大津山から参加した、富山県の険酷隧ですm(_ _)m
あの日は予想外の竹藪に、かなり苦戦しましたね(^o^;
数日後に、また大津山に行って来ました(笑)
[ 険酷隧 ]
2013/7/3(水) 午後 8:44
険酷隧さん
ご訪問ありがとうございます!
その節は大変お世話になりましたm(_ _)m
あの薮は想像以上なもので結構厳しかったですが、お陰様で充実した時間を過ごすことが出来て、皆様には本当に感謝しています。
ありがとうございます!
また機会がありましたらよろしくお願いします。
数日後にまた大津山へ行かれたとはさすがですね(^^)
2013/7/3(水) 午後 11:06
内緒さん
コメントありがとうございます!
関係者の方からこのように当時のお話をしていただいて嬉しく思いますし本当にありがとうございますm(_ _)m
今は殆ど当時の名残はないかもしれませんが、この記事の続きでは唯一?現存している社宅の写真もありますので宜しければご覧いただければと思います。
2016/5/29(日) 午後 11:06
> ruins-riderさん
茂住坑内の整備に伴い、大津山が閉山となり、住民は神岡の夕陽ヶ丘社宅、旭ヶ丘社宅、茂住社宅、富山市の猪谷社宅はと移転しました。
当時のターミナル前のロックシェード横に、縞鋼鈑を張って小さな足場があり、そこからは茂住の上平地区の選鉱場のシックナーが見えて、眺めが良かった事を覚えています。
また茂住からは大津山から鉄索で鉱石も覚えていました。
子供のころは大津山までボンネットバスが通っていたことも覚えています。
そのバスも幼なじみのお母さんが、車掌として乗っていたことも懐かしい思い出です。
[ aqu*ma*ine_*99* ]
2016/6/10(金) 午後 6:06
私も住んでました
[ 黒川 ]
2016/9/22(木) 午前 10:14
> 黒川さん
ご訪問ありがとうございます。
もし少しでも懐かしんでいただけていたら幸いです。
2016/9/22(木) 午後 4:46
40年ほど前まで住んでいました。
ターミナルから奥に進んだ上大津という地域の社宅か自宅でした。
ターミナルの下の地域は下大津、さらに上大津の下方には中小屋という地域があり、各地域に住民無料の銭湯や神岡物産というスーパーマーケットも2件存在していました。
映画館もあり、当時有名な落語家の演芸会などもありました。
写真を拝見してとても懐かしくもあり、寂しくもあり…複雑な心境です。
当時の暮らしの写真も数点所持しておりますので、機会がありましたらお見せします。
[ マッサ ]
2017/6/14(水) 午前 1:32
> マッサさん
ご訪問・コメントありがとうございます!
当時実際に住んでおられた方からのコメントは本当に嬉しく思います。
現在は森に還ってしまい、ここが昔栄えていたとは思えないような姿になってしまっていますが、往時を知る人からするとやはり寂しいですよね…
私の拙い写真で少しでも懐かしんでいただけたのであれば幸いです。
当時の写真も気になるところではあります。
2017/6/14(水) 午後 6:46
こんにちは
就職で神岡を離れましたが歳とともに故郷がやたら恋しくなり
ふと、産まれた所はどんな所だったのか知りたくて
家族や親類の話を聞きましたが今一つピンと来なくて
画像を探してこちらのブログを見かけコメントさせていただきました
産まれて数年で夕陽ヶ丘社宅に引っ越し
大津山の記憶は全くありませんが
自分が何となく、自然を大好きな訳が分かった気がします
いつかは自分の足で行ってみたいと思います
[ ざっき〜 ]
2017/8/15(火) 午後 6:27
> ざっき〜さん
返信が大変遅くなってしまい申し訳ございません。
産まれた場所を知る手掛かりのお役に少しでもたてたなら幸いなことです。ご覧のように今ではほぼ建物などなく往時の雰囲気は残っていないかもしれませんが、もし訪問することがあるのであれば、熊の出没情報などありますので充分にお気をつけ下さい。
2017/10/2(月) 午後 7:08