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今回ご紹介するのは、前回の続きで大津山となります。
その1の記事にある高台までに行くのに歩きで1時間かかりましたが、
ここに辿り着くには更に数十分の時間が必要。
背丈を超えるような薮が辺り一面にあり、先頭を行く人が破を踏みつけて後に続く人が
歩きやすいようにするのですが、すぐに元の状態に戻ってしまい
容易に前には進むことが出来ませんでした。
道なき道を藪漕ぎしながら進むので方向も分からなくなってしまうので
こまめに地図を確認して進みます。
本当は言葉で説明ではなく写真を見ていただきたかったのですが、
あまりにも過酷な状況で写真を撮る余裕もありませんでした・・・
ようやく辿りついた木造社宅はご覧のような有様。
ここは豪雪地帯でもあるので雪の重みに耐え切れず、
凄い崩壊っぷりになっています。
事前にネットで見ていた木造社宅はとても素晴らしい造りで
是非とも目の当たりにしたいと思っていただけに
この光景には少しショックを受けてしまいました。
それでも、苦労してせっかくここまで来たので中も見てみましょう。
階段もかなり危険な状態になっていたので、
近いうちに2階へも行けなくなってしまうでしょう。
特にこれといった残留物はありませんでしたが、
とりあえずトイレは忘れずに撮影^^
崩壊した社宅から更に藪漕ぎをして奥へ進むともう一つの社宅が残っていました。
裏側から見ていったのですが、どうやらこちらはあまり崩れてはいなさそうです。
そして、表へ周ってみてビックリです!
私が見てみたいと思っていた社宅がそのままの状態で残されていたのです!
先程の社宅はあれほどまでに崩壊していたのに、
よくここはこんなに綺麗な状態で残っていたものです。
この外観を見られただけでも、ここまで大変な苦労をして来た甲斐があったものです。
苦労をしたからこその感情もあるのかもしれませんが、
廃墟を目の当たりにしてここまで興奮して嬉しかったのは
かなり久しぶりなような気がします。
柱に書かれた名前と横線。
子供が身長を測ったのでしょうか。
どれだけ身長が伸びているか楽しみにチェックしていたものですが、
今の子供も同じようにやるんでしょうかね?
唯一、この版画だけが社宅の中に残されていました。
苦労して辿りついたこの社宅ともお別れの時間が来てしまいました。
また数十分かけてあの藪の中を歩くのかと思うと憂鬱になりそうでしたが、
これだけの建物を見られた喜びで何とか頑張ることが出来ました。
ブログ村も再開しますので、クリックしていただけると幸いです^^ |
廃墟系:東海地方






こんばんわ。同じ木造の建物なのに、崩れ方が違うのは不思議ですよね。木枠の窓と曇ったガラス、昔祖母の家が同じ窓だったので、とても懐かしい気分で拝見させて頂きました(^^)なんと表現をすれば良いのか分かりませんが、現代の防犯ガラスなどには無い生活感と言うか、人間らしさと言うか?を感じます。自分が感じた事を言葉や活字にするのって難しいですね(私だけかも?デス(笑))
[ マルモ ]
2013/6/21(金) 午前 2:21
今となっては、一見する限りヒトの手が何も入っていないような山中に、
忽然と現れる建築物…コレを見つけた時の感動と喜び、分かります。pochi!
私も、やはりヒトの手が入っていないような山中に、草軽電鉄の橋脚を見つけた時には、
言葉に表し難い感激がありました。
しかし、こんなところまで探索に行くとなると、多少高くても、
登山用のGPSを買っておいた方が安全かもしれませんね。
[ Kitaro ]
2013/6/21(金) 午前 3:16
苦労した甲斐があってなによりでしたねえ(^^)
2013/6/21(金) 午後 0:14
最初のお写真ではあまりの壊れっぷりに、どうしたもんかと思いましたが(笑)
お目当ての方は見事ですね!ちょっとした位置で雨風雪?のさらされ方が違うんですね。
全部ポチっと。
2013/6/21(金) 午後 6:24
この建物も本当に衝撃的でしたが、私はライダーさんの杖の威力の方が衝撃的でした。
2013/6/21(金) 午後 8:14
久しぶりに人的破壊をされていない物件を見ました。
窓ガラスが割れていないので…
自然破壊が進んでいても
屋根の部分が残っているのは
やはりしっかり建てられた日本の木造家屋の
素晴らしいところですね。
田辺くんにもう一度
背丈を計ってもらいたいです(笑)
ナイス☆
[ Tae ]
2013/6/22(土) 午後 5:25
ruins-riderさん,藪の中を1時間近くも歩いて辿り着いてんですね.
最初の写真を見たら随分荒廃しているな,と思ったのですが,まだ綺麗に残されているところもあったんですね!
こうした廃墟を見られるのはいいですよね^^
WPいきますね!
2013/6/22(土) 午後 10:44
マルモさん
実際に慣れ親しんだ場所ではないのに、そうやってブログ記事をきっかけに昔を懐かしんでもらえるというのは嬉しいです(^^)
自分が感じた事を言葉や活字にするのって難しいというのはよく分かりますよ。
記事を書くときもどう言葉で表現していいか分からずに悩んだあげく、面倒臭くなってしまいコメントを書くのを止めてしまう時もあります(^^;;
2013/6/23(日) 午後 6:35
あつdesuさん
ポチありがとうございます!
身長を越えるような藪が辺り一面にあるなかで道無き道を進み、そこで建物が現れたときはやはり嬉しいものです。
苦労しただけの甲斐があったと報われる瞬間は良いですね〜
ただ、苦労したのに何も無かったときは疲れが一気に出て何もしたくなくなります(^^;;
今回のような場所や山深くにある廃村へ行く場合は、確かに登山用のGPSがあった方が良いかもしれませんね。
2013/6/23(日) 午後 9:24
二星さん
はい、苦労が報われて本当に良かったです(^^)
頑張った甲斐がありました。
2013/6/23(日) 午後 9:51
流浪の民さん
WPありがとうございます!
あの二つの建物は藪がなければ数分で辿り着くくらいの距離なのですが、それなのに崩壊具合がこうも違うのは不思議ですよね。
でも、見たかった建物が崩壊していなくて本当に良かったです(^^)
2013/6/23(日) 午後 11:32
どろじあいさん
どんだけ衝撃受けているんですか(笑)
早くどろじあいさんにもストックの威力を実感してもらいたいものです。
2013/6/23(日) 午後 11:35
Taeさん
ポチありがとうございます!
さすがにこんな場所まで破壊しにくる人間はいないでしょうけど、時々凄い山奥にある廃墟にも落書きがしてあって驚くこともあります。
わざわざこんな場所まで来て…
日本の木造家屋は造りがしっかりしているんだなというのは廃墟探索をしていると実感することが度々あります。
田辺君は今頃は何をしているんでしょうね(^^)
2013/6/23(日) 午後 11:40
Shaneさん
WPありがとうございます!
前回の記事の場所までが1時間、そこからここまでは更に藪漕ぎをしながら40分くらいは歩いたのではないでしょうか。
相当大変な道程でしたが、あれだけ立派な建物が良い状態で残されていたので頑張った甲斐がありましたよ(^^)
2013/6/23(日) 午後 11:45
突然の書き込み失礼いたしますm(_ _)m
自分も少しながら廃屋が好きで、数ヶ月前くらいからこちらのブログを拝見させていだだいています。
この大津山の木造の建物は『大津寮』と言って、以前の鉱夫達が寝泊まりした場所だそうですね!
そしてこの『大津寮』が、私の父と母の出逢いの場所だそうで、
父が鉱夫で母は賄いの仕事でここで生活していたみたいです。
母に見せた所、物凄く懐かしがって感激していました。
貴重な写真をありがとうございましたm(_ _)m
[ mik*_r*n11*2 ]
2015/10/13(火) 午後 10:37
> mik*_r*n11*2さん
ご訪問・コメントありがとうございます!
この寮に辿りつくにはかなりの藪漕ぎをしなくては行けませんでしたし、途中にあった同じような木造の寮は倒壊していたので、ここがこれだけしっかりと残っていたのには感動しました。
そして、ここがご両親の思い出の場所で、この私の写真で喜んでくださったこと、関係者の方に少しでもそう思ってもらえたことは私も凄く嬉しいです。
2015/10/15(木) 午後 7:24