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今回ご紹介するのは築別炭鉱。
築別炭鉱へは車で行けることが出来るのですが、
私が訪問した時には、あと2km位の場所から冬季通行止めの為に
歩いて行かなければいけませんでした。
3.4日後には開通していただけにタイミングが悪いです^^;
道路は除雪されていて歩くのは苦でもなかったのですが、
昭和炭鉱を探索した翌日だったために疲れもかなり溜まった状態で
雪が無くてもヘトヘトでした・・・
写真に写る橋梁は羽幌炭鉱鉄道跡。
道路は冬季通行止めなので周辺には誰も人がいなく、
ここでも熊が出るのではないかという恐怖心もあり熊鈴を
大きく鳴らしながら歩いていたところ、一台の車が私を追い越していきました。
上の写真に写るホッパーの先で除雪をするらしく、数人の方が作業をするようで
とりあえず熊の不安は消えて安心して探索することが出来ました^^;
ホッパーの側面には羽幌鉱業所と書かれた看板が今でも残されています。
かなりかすれてしまってはいますが、辛うじて読むことが出来ます。
ちなみに、羽幌炭鉱はここ築別抗・羽幌本坑・上羽幌抗の
3鉱区からなっています。
昭和に入ってから本格的な炭鉱開発が行われ、
築別、羽幌、上羽幌の3つの年産量は、当初の年産10万tから、
昭和31年に50万t、最盛期の昭和36年には102万tを記録し、
当時国内有数の優良炭鉱とされ、
最盛期には3地区だけで人口約1万3000人もの人が住んでいました。
ちなみに、羽幌の石炭は灰が少なく、
「煙突掃除の嫌いなお父さんには羽幌炭」
というコピーで人気があったと言います。
昭和30年代後半のエネルギー革命以降は、他の炭鉱は斜陽化していくが、
羽幌炭鉱は合理化・機械化を進め
昭和43年に最高の113万tを産出しているのです。
しかし残念なことに、翌44年には大断層が見つかり築別東坑は閉鎖。
更に昭和45年には、坑内条件の悪化や閉山の噂が飛び交い、
労働力の低下などが重なり、最高産出量を記録した僅か2年後に閉山するのです。
閉山に追い込まれた昭和45年は、閉山するかもという流言飛語によって
閉山が決まる前の人口の流失が著しく、
5ヶ月の間に約1万人が羽幌町を去っていったのです。
ちなみに羽幌町の人口は、昭和44年32,095人が最高で、昭和50年13,000人台、
昭和60年12,000人台、平成9年10,000人台を割る。
上2枚の写真は、現在の姿からでは想像つかないかもしれませんが、
病院跡なのです。(道路の整備により一部が壊されています)
昭和19年、病院としての形態が整い、昭和31年には、
内科・外科・耳鼻科・産婦人科があり、病室14室、ベット数50。
閉山した翌年の昭和46年に廃院。
こちらの建物もちょっと分かりづらいかもしれませんが、
消防署跡になります。現在は車庫だけが残っていますが、
かつては車庫の上にも建物があったようです。
こちらは火力発電所跡の煙突になります。
そして、こちらが築別炭鉱のメインと考えていた炭鉱アパート。
詳しくは次の記事でご紹介します。
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廃墟系:北海道








体力勝負の探索、お疲れ様です。
廃病院も、この姿では魅力を感じませんねぇ・・・^_^;
それより、廃アパート群は絵になります。
例えが変かも知れませんが、札幌冬季オリンピックの選手村みたいにも見えます。
2014/5/29(木) 午後 9:22
とりあえず熊さんの心配が無くてよかった(^ω^;)
北海道の廃墟はどちらもダイナミックでスケールがデカい!
ナイス☆彡
2014/5/29(木) 午後 9:31
こうして拝見していると、九州の炭鉱跡よりもずっと多くの遺構が残っていますね!
しかも、雪の中の炭鉱跡は北海道ならではで、お写真を拝見しているだけで感動です。
2日続けての雪中行軍、滅多に行けない場所とは言え、敬服します。
お疲れさまでした。poch!
[ Kitaro ]
2014/5/30(金) 午前 3:02
熊を警戒しながらの散策は怖いですね(;´∀`)
炭鉱の町にはいろいろなドラマがあるのですね。光あれば影があるという感じで。
ナイス☆
2014/5/30(金) 午前 5:51
ruins-riderさん,雪原の向こうにあるんですね.
ここに以前は鉄道も通っていたんですか.
炭鉱の跡の様子,いいですね!
2014/5/31(土) 午前 0:15
この炭鉱跡にも人が住んで居たのですね。
riderさんの写真を拝見した時は、何時も目を閉じて当時の色々な場面を想像してみるんです。
パッと目を開けて廃の姿になった写真を再度見ると、何とも言えない気持ちになります。
寂しいけれど、その気持ちに浸るのが好きです(^^)
[ マルモ ]
2014/5/31(土) 午前 0:21
毎年、何かしら作業が入っています。うちの親父もアパートの近くで仕事したと言っていました。 実際、ここのホッパーの向かいで護岸が整備されていたのと、車が少し停められるようにスペースができていました!観光客を見越しているなら嬉しいですが・・・
2014/6/1(日) 午前 8:18
たあ坊さん
そうですね、廃病院もあんな姿になってしまっては魅力もないので、中に入って確認する気はおきませんでした(^^;;
廃アパート群は本当に良いですね〜
昭和炭鉱、松尾鉱山、軍艦島などに残るこういったアパート群は魅力的でどこも素敵すぎます。
2014/6/1(日) 午前 11:15
流浪の民さん
ポチありがとうございます!
とにかく熊に出会わなかったのは良かったですが、やはり木々が枯れた時期だと見渡しがきくのでそれも良かったです(^^)
2014/6/1(日) 午前 11:22
あつdesuさん
ポチありがとうございます!
北海道は次回いつ行けるか分からないので、雪が積もって大変でも予定している場所へは行こうと考えていましたが、それでもやはり大変でした(^^;;
今度は九州の炭鉱施設跡も見にいってみたいです。
2014/6/1(日) 午前 11:26
あなざぁさん
ポチありがとうございます!
熊を警戒しながらだと緊張もしますし疲労感が普段より多くなりますね。
炭鉱では私達が想像出来ないような大変なことや色々な歴史があったと思いますが、ほんの一部分でも当時を垣間見れるのは有難いです。
2014/6/1(日) 午前 11:54
Shaneさん
かつてここには炭鉱があったので、その運搬用に鉄道が走っていました。その痕跡が今でもこうやって多少なりとも残っています。
ここの炭鉱は色々な施設が残っているので見てまわるのが楽しいです(^^)
2014/6/1(日) 午後 0:08
マルモさん
そういった楽しみ方もあったんですね。
私の記事で楽しんでいただければ、こうやってブログをしている甲斐があります(^^)
私の場合は残留物から当時を想像してみたりしていますね〜
2014/6/1(日) 午後 0:12
炭鉱母さん
毎年作業が入っていたんですか。
確かにホッパー向かい側の護岸は整備されていましたね。観光客を見越しているかは分かりませんが、炭鉱施設は解体されないで周囲が整備されているのであれば良いことですね。
2014/6/1(日) 午後 0:37