千葉さな子は江戸の桶屋町で千葉道場を開いていた千葉定吉の長女でした。 当主の千葉定吉は北辰一刀流の開祖千葉周作の弟です。坂本龍馬はこの定吉の千葉道場で、 安政三(1856)年から五年までの三年間、剣術の修行に励んでいました。その縁でさな子と 知り合ったわけです。さな子はなぎなたの名人でもあり坂本龍馬とともに剣術の修行に励んでいた ことでしょう。しかし動乱の世、結局龍馬とさな子は結ばれることなく別々の人生を歩むことに なるわけです。さな子はその後、家伝の灸で生計を立てていました。その灸の患者である 自由民権運動家の小田切謙明夫妻と懇意になり、さな子の死後、豊次夫人の好意により無縁になる 谷中の墓地より分骨し、小田切家の菩提寺であるこの清運寺に墓を建てたのです。墓には 「坂本龍馬室」と刻まれており、龍馬を思い続けたさな子の気持ちを察した豊次夫人の思いやりが 感じられます。さな子の墓は今でこそ坂本龍馬ファンがたくさん訪れますが、以前は剣道など剣術の 修行をしている方がさな子の強さにあやかりたいと必勝祈願に来られることが多かったものです。 (清運寺HPより)千葉さな子のお墓は、甲府市の清運寺にあります。 坂本龍馬と婚約をし、龍馬の死を知った後も彼を想い続け一生を独身で過ごしたと言われています。 お墓にはファンの方が置いたと思われる坂本龍馬の像があり、墓の裏側には写真では分かりづらいですが「坂本龍馬室」と書かれていて胸を打ちます。10年位前に正月ドラマで「竜馬がゆく」が放送され、 個人的にその時の配役である龍馬=上川隆也、さな子=松たか子が一番しっくりきていて好きでした。 2010年大河ドラマで「龍馬伝」が放送されるのが今から待ち遠しいです。 探索日:2007.7.16 地図
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2008年12月28日
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