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追憶の彼方へ-ruins rider-
廃墟・廃校をメインに紹介しています。

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大谷石とは、栃木県宇都宮市大谷町付近一帯で採掘される石材で、柔らかく加工がしやすいことから、古くから外壁や土蔵などの建材として使用されてきました。
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大谷資料館の駐車場に到着すると上2枚の写真の光景が目に入ってくるので、採掘場跡の見学が非常に楽しみになってきます♪大谷資料館は1階部分が当時の写真や工具などが展示されている資料館となっていて、地下に降りると採掘場跡となっています。
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ご覧下さい!この光景を♪
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大谷石が本格的に採掘されるようになったのは、明治時代初め頃からで、そのころは大谷石を採掘販売する商店や石工達の職人長屋が軒を並べ、町のあちこちから、石切りの唄やトロッコを押す人が吹くラッパの音が聞こえ、大変な賑わいをみせていました。
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大正時代に入りフランク・ロイド・ライト設計の旧帝国ホテル(現在は明治村に保存されています)に大谷石が利用されると、その名は全国に知られるようになりました。
以前ご紹介しました自由学園明日館もフランク・ロイド・ライト設計で大谷石が使われています。
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昭和20年には、陸軍の地下倉庫として使われたり、中島飛行機の戦闘機「疾風」の機体工場としても利用されました。
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昭和54年から一般公開が始まり、翌年には皇太子殿下や美智子妃殿下も訪問されているようです。
そして、この場所ではコンサートや映画の撮影、ファッションショーなどにも利用され、古くは「喜多郎」のシンセサイザーコンサート、「やまもと寛斎」のファッションショーなどに、最近では「JUJU」や「Do As Infinity」のプロモの撮影、アイルランド人歌手「エンヤ」の撮影収録も行われいるのです!
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昭和35年頃に機械化されるまでは、切り出すときにツルハシが利用されていました。手堀りによる採掘法では、15cm×30cm×90cmの大きさの石を一本掘るのに4,000回もツルハシを振るったとされているのです!また1人の1日の採掘量は10本だったようです。
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手掘り時代には、地下の深い採掘場から1本1本石を背負って運び出していたのです!
この1本の重さが70kg程あり、重い石では140kgの石まで1人で担ぎ出したといいます。

関連施設:薮塚石切場

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探索日:2009.4.12  地図

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