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追憶の彼方へ-ruins rider-
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今回ご紹介するのは、埼玉県深谷市に残る七ツ梅酒造跡。

正式には田中藤左衛門商店。

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300年以上もの歴史を持つ酒蔵が平成16年に廃業。

歴史ある建築群を有効活用しようと、一般社団法人「まち遺し深谷」が

管理運営を行い、現在は映画館やカフェ、コミュニティスペースとして

再利用されているのです。

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このトンネルのような通路を抜けると

そこはタイムスリップしたかのような光景が広がります。

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トンネル状の通路を出て振り返ると母屋が。

昭和8年に建て替えられた母屋だけでも

昭和へタイムスリップしたかのような雰囲気。

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そして、正面にはレンガ造りの煙突がそびえ立っています。

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ちなみに、ここで造られていた銘酒"七ツ梅"は、

江戸時代に「酒は剣菱、男山、七ツ梅」といわれた三大銘柄の1つで

幕府大奥の御膳酒として愛飲されていたようです。

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煙突がある場所の先へ進んでみると、

酒蔵や倉庫などが並んだ通路へ出るのですが、

ここはもう素敵すぎて写真で見て知っていたといえ

言葉が出ないくらいです。

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平成の時代、しかも埼玉県でこのような光景を

目の当たりにすることが出来るなんて考えもしませんでした。

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上の写真に写る大衆酒場や食堂、耳そうじの看板は

おそらくロケか何かで使われたのがそのままになっているのだと思います。

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とても素晴らしい七ッ梅酒造も

建物の老朽化が進んでいることは間違いありません。

危険の為に立入禁止の酒蔵もありますし、今後どうやって

その老朽化した建物と折り合っていくのか気になる所ではあります。


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11月21日〜24日までさいたまスーパーアリーナで行われていた
 
「零戦里帰り記念展示会!日本初!3分割状態で細部まで公開」
 
に行ってきましたのでご紹介します。
 
 
この展示会は運搬用に分解した零戦をそのまま展示するもので、
 
エンジン部と、中央胴体・主翼、後部胴体・尾翼に3分割された
 
零戦を見学することが出来ました。
 
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飛行可能な零戦は世界でたった5機しか残っていないのですが、
 
この零戦はその中でも唯一日本人が所有している大変貴重な零戦となります。
 
来年、終戦から70年という節目を迎えるので、
 
現在は来年に日本でこの零戦を飛ばすことを目指しています。
 
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こちらは、実際に零戦に積んであった栄発動機。
 
修理できる状態ではないので、このエンジンは現在使えない為に
 
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空を飛ばすときにはこちらのエンジンが使用されています。
 
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こちらが胴体部分。
 
これまでアメリカに保管されていた「零式艦上戦闘機22型」。
 
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ちなみに、機銃はレプリカとの事。
 
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機体の上でお話をされている方が、
 
この零戦の所有者である石塚政秀さん。
 
機体やこの展示会についてはこちらのサイト
 
詳しく書かれていますのでご覧ください。
 
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入場料とは別途お金は掛かってしまいますが、
 
このようにコックピットに入って記念写真を撮ることも出来ます。
 
私はしませんでしたが、本当に貴重な体験になりますね。
 
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機体が分割で展示されているので、
 
このように胴体内部も見ることが出来ます。
 
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並んでいる計器や操縦桿、フットペダルまで見られます。
 
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実際にコックピットに人が入ると
 
こんなにも狭いのが良く分かります。
 
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こちらは尾翼部分になりますが、赤帯一本の赤城仕様なのは、
 
映画「パールハーバー」の撮影で使用したからとのことです。
 
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胴体部分と同じように、中をのぞき込むことができて、
 
最速・最軽量を目指していた当時のことが窺えます。
 
 
 
この零戦を元の形に戻したり、管理するだけでも
 
莫大な費用がかかるうえに、日本の空に飛ばすことも
 
解決しなければいけない問題が多いようです。
 
来年、日本の空を飛ばすことが実現出来た時には
 
是非ともまた見学に行きたいものです。
 
今回は本当に貴重なものを見学させていただきました。
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今回は飯能市に僅かに残る昭和な町並みをご紹介したいと思います。
 
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アスファルトに舗装されていない細い路地の両脇に建ち並ぶ家屋群。
 
まさに昭和の雰囲気そのまま。
 
こんな場所が今でも残っているというのは本当に驚きです。
 
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数年前からこの場所は気になっていたのですが、なかなか行く機会もなく
 
昨年にようやく散策することが出来ました。
 
数年前に見たときよりも家屋が少なくなってきているように思えますし、
 
この周辺は更地になってしまっている場所や新しい住宅が建ってきていたので
 
この場所もいつまで残っているか分からないかもしれません。
 
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行ってみれば分かりますが、すぐ近くには大型店舗などもあり、
 
よくこの一角だけ今まで再開発されずに残っていたものだと驚くような場所に残っています。
 
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本当は細い路地の中にも入って細かく町並みを見てみたかったのですが、
 
ここは今でも現役で使われ住んでいる方がいますので
 
それは止めておきました。
 
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ズームで撮影したので少し分かりづらいかもしれませんが、
 
写真中央には井戸が写っています。
 
さすがに今では使われていないかもしれませんが、
 
かつては、あそこで井戸端会議などがあったのでしょうね^^
 
 
飯能市にはここ以外にも昭和な雰囲気の場所がまだ残っているので
 
散策するには面白い場所だと思います。
 
 
ブログ村も再開しますので、クリックしていただけると幸いです^^
 
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ちょっと間があいてしまいましたが、旧陸軍桶川飛行学校の記事の続きになります。

写真では分かりづらいかもしれませんが、陸軍と書かれた境界石もあります。

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ボランティアの方が色々と説明をしてくださり貴重なお話を聞いた後に
様々な場所を撮影させてもらいました。こちらは敷地の片隅に残る弾薬庫。

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守衛所と売店として使われていた建物。

建物内部には控え室のような場所があるのですが、かつてそこで特攻隊の方と
元整備士で現在はボランティアをされている方が、特攻前の本音をお話していたそうなのですが、
妻子がいるのに行きたいわけないと涙を流されていたそうです。

戦争を知らない人間ではその胸中は想像も出来ないようなことですが、
実際にその場にいた方から直にお話を聞くだけでも伝わってくるものはありますし、
機会があれば皆さんに足を運んでいただきたい場所です。

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守衛所の建物も終戦後は住宅として使われたようで、その痕跡が今でも残っています。

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こちらは車庫として使われていた建物なのですが、
やはり終戦後は住宅として使われています。

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車庫の内部もこのように間切りされて部屋が増築されています。

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かつて住宅として使われていた痕跡もこのように見ることが出来て
廃墟ファンとしても楽しめる一面はあります。

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ボランティアの方の説明は1時間くらいはかかってしまうかと思いますので
是非、時間のある時にでも当時の話を直に聞いていただければと思います。

私は、1時間くらいの説明を受けたあとに撮影を開始して、
熱心に写真を撮っていたらボランティアの方からお茶を勧められたので
お言葉に甘えて談笑をしていたら、なんだかんだで3時間以上もいてしまいました^^;

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今回ご紹介するのは埼玉県桶川市に残る旧陸軍桶川飛行学校跡。
 
敷地内には、当時の兵舎や守衛所、車庫、弾薬庫などが残され大変貴重な場所となっています。
 
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桶川飛行学校は、昭和12年に熊谷飛行学校の分教場として開校。
 
昭和20年2月の閉校までに推定1500〜1600名の航空兵を教育していますが、
 
昭和18年9月に卒業した少年飛行兵第12期生は45名中18名、
 
昭和19年3月卒業の特別操縦見習士官第1期生は80名中20名近くが戦死。

昭和20年2月以降は特攻隊の訓練基地として使用され、同年4月5日、陸軍初の練習機による
 
特攻となる振武第79特別攻撃隊12名が知覧基地に向け出発しています。
 
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敷地内に残る建物は、終戦後は大陸からの引揚者などの住居として使われていました。
 
間仕切りを設置し、床を張り畳を敷いて、60戸から70戸、最大で300人近くが暮らしていました。
 
驚くことに平成19年3月まで、ここで暮らしていた方がいたそうです。
 
最後の住人が転出したため、市は国との約束で、ここを更地にして平成22年3月末までに
 
国に返還することになっていましたが、保存要望の署名に応えて、桶川市が敷地を購入しました。
 
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現在では、ボランティアの方々の努力によって建物が維持されて、
 
土日祝日などは一般公開されています。ただ、敷地内に残っている建物が今後も
 
保存されていくというのが決定しているわけではないとの事で、建物を保存させる方向で
 
ボランティアの方々が今でも各方面で活動中です。
 
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昭和20年4月5日、ここ桶川飛行学校から知覧基地へ向けて特攻隊が出発していきます。
 
知覧基地とは、特攻機の出撃地のことで、ここから多くの特攻隊員が出撃し、戦死しています。
 
桶川から知覧基地までは整備員も同乗していったのですが、その時の整備員の方が
 
現在はここで語り部として活動されています。
 
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その時の様子など細かくお話をしてくださりましたが、今でも目に涙を浮かべており、
 
何十年経とうがあの日のことは忘れられないと仰っておられました。
 
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兵舎の内部には、当時の写真や手作りの資料などが展示されています。
 
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こちらは、かつて使われていた共同トイレ。
 
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トイレの裏側は残念ながらここまで崩壊してきてしまっています。
 
かつては、トイレ裏に講堂や操縦訓練場などもあったようなのですが、
 
火災で焼失してしまったのか現在は残っていません。
 
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この建物は、戦後に増築された建物で、最後まで人が住んでいました。
 
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つづく
 

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