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本日、8月15日は終戦記念日。
第二次世界大戦が終戦した日となりますが、
今回ご紹介するのは、日露戦争で亡くなられたこの地方出身の
兵隊さんをモデルに造られた軍人像が奉納されている常昌院になります。
ご住職に挨拶をして許可をいただいてから本堂に入ります。
日露戦争の戦勝記念として戦没者の功績顕彰する英霊殿を兼ねた
本堂として造られています。
本堂に入るとすぐにご本尊の後ろにビッシリと並ぶ
軍人像が目に入り、手を合わさずにはいられません。
こちらの常昌院には、上にも書きましたが日露戦争で亡くなられた
この地方出身の兵隊さんをモデルにして作られた軍人像が祀られています。
生前の写真や写真がいない人物は遺族から話を聞いたりしながら、
名古屋の人形職人が木像を造り、明治39年に223体の木像が完成し
焼津駅に到着した時、遺族や関係者が国旗を掲げ出迎えて、
行列を組み常昌院まで送ったとのこと。
こちらの扁額は、日露戦争で満州軍総司令官を務めた
大山巌が書いたもので「忠魂護国」と書かれています。
亡くなられた魂が国を守るという意味。
この軍人像が祀られている本堂の中は、
悲しい空気が漂い気軽に撮影出来るような場所ではありませんでした。
しばらく心を落ち着かせ、ご住職に撮影の許可をいただいて
再度手を合わせてから撮影を始めました。
写真などを基に造られているので、一体一体もちろん顔の造りも違いますし
服装は階級の違いや所属部隊の違いなどで様々です。
中央の大きな木像は、陸軍歩兵大佐だった方。
平和のありがたさを感じずにはいられない場所となっています。
最後に手を合わせ、ご住職に挨拶をしてからお寺を後にしました。
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SPOT:山梨・静岡
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凱旋門といえば、ナポレオンの命によって建設された
パリのエトワール凱旋門が有名ですが、
そもそも凱旋門とは戦勝記念碑で、
戦地から帰還した兵士を歓迎する為に造られたものであります。 日本でも日露戦争後には各地に凱旋門が造られ、
上の絵葉書にある新宿や浅草の雷門がある場所、京橋など。
それらは一定期間後に取り壊しされているのですが、
現在でも日本に2ヶ所だけ凱旋門が残っているのです。
そこで今回ご紹介するのは、静岡県浜松市に残る
渋川凱旋紀念門になります。
もう一か所に残る凱旋門は鹿児島県姶良町にあります。
明治39年、日露戦争に出征した地元軍人の
戦勝を紀念して六所神社参道に造られた凱旋門。
幅3.2m、高さ3.6mとパリの凱旋門や
絵葉書にある新宿とは違い、かなり小振りなものになります。
門の脚部分には、凱旋紀念門を造る際に寄付をした方の名前や
日露戦没従軍者の名前が刻まれています。
100年以上も前に造られたにもかかわらず、
今の状態を維持しているということは
住民によって今でも大切にされていることが窺えます。
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今回ご紹介するのは、大井川鉄道の機関車トーマスとSL。
この日は、廃墟廃校巡りの予定だったのですが、
急遽途中から予定を変更してトーマスを見に行ってきました。
6月7日〜10月12日の決められた日時に限り
大井川鉄道に機関車トーマスが実際に走ります。
そして、その日は千頭駅にてトーマスフェアが行われるというので
見学に行ってきたのですが、私たちが到着した時にちょうど
トーマスが客車と離れ、転車台にて方向転換をしている時でした。
タッチの差でトーマスの転車台での姿を見られませんでした。
上の写真の右側がトーマスで左側がヒロ。
普段は閑散としているだろうと思われる駅もこの日ばかりは
トーマスに会いに各地から親子連れのお客さんで賑わい、
出店なども出ていてお祭りのような雰囲気で楽しいひと時。
そうこうしているうちに今度はSLがホームへ到着しました。
こんな間近でSLを見るのなんて何年振りか分からないので、
あっという間に興奮して完全に撮り鉄のようになっていました。
今走ってきたばかりのSLの運転席で作業をしている方も
このようにホームから間近で見られます。
そして、ビックリしたのが実際に運転席に入って撮影もさせてくれたのです。
殆どは親子連れの方がここで記念撮影をしていたのですが、
迷惑にならないようにサッと内部の撮影をさせてもらいました。
客車の内部はかなりレトロで、
こういう客車に乗って観光するのも面白そうですね〜
今度はトーマスが煙をモクモクさせながら発車の準備を始めます。
トーマスが客車とドッキングを完了して出発していきました。
この時私はSLの転車台での方向転換を見逃さないように
転車台の目の前で陣取っていました。
こちらがその転車台になります。
千頭駅の転車台は1897年にイギリスで製造され、
1980年に千頭駅へ移設。2009年には機械遺産に認定。
遂にSLが転車台へやってきました。
こうやって間近で見るとやはり迫力もあり格好良い!
そして驚いたことに、この転車台はご覧のように手動。
意外と簡単に動かせるらしいのですが、女性職員も手伝っています。
方向転換が完了し、この後客車とドッキングして折り返し運転となります。
なんだかんだで結局2.3時間は滞在してしまったので
殆ど廃墟は巡れませんでしたが、
かなり鉄分を補給して充実した日となりました。
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今回ご紹介するのは、静岡県下田市にある下田城美術館。
残念ながら現在は休館?廃業?してしまっていますが、
管理人の方がいて今でもしっかりと管理されています。
駐車場にある立看板。
これだけでもB級スポット臭がプンプンしています。
以前ご紹介した熱海城と同じように観光用に造られたお城で、
下田城も実際にはあったお城のようですが、ここは史実とは全く関係ありません。
ここ下田城は東京オリンピック翌年の1965年に造られ、
お城の中には唐人お吉の生涯を人形を使って再現してあったようです。
その後、1995年に東京の四谷にある隕石やUFO関連のお店「宇宙村」を
経営している景山氏が下田城を買い取り、下田城美術館として
ここでも隕石などを展示していたようです。
現在、下田城美術館は営業していませんが、管理人の方に許可をいただき
敷地内へ入らせてもらいました。ただ、上の写真に写るようにお城の瓦など
かなり危険な状態になっているので、お城には近づかないでとの事。
かつて、ここで展示されていた隕石は、四谷の宇宙村に現在はあるようです。
この小劇場では何が見ることが出来たのか気になります。
運試しの池。
上の写真の左下に金運と書かれた丸い桶のような物が写っていますが、
あの桶の中へお賽銭を投げて見事中に入れば幸運がつかめるというもの。
営業していた時の様子も気になりますが、今回は敷地の中へ
入らせていただき雰囲気は十分に味わえたので、
営業していたときに行ってガッカリするよりかは良かったのでしょうか。 |
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前回の続きで、今回も天竜二俣駅のご紹介となります。
ここに残る転車台の見学会の素晴らしいところは、
実際に電車を転車台に乗せて動かすところを見学できるところです。
扇形の車庫に入っている電車が、これから転車台に乗ります。
電車が転車台にセットされました。
ゆっくりと回転していきます。
回転が終わり電車の向きが変わりました。
施設内にある現役の転車台を見学できるだけでも有難いのに、
こうやって実際に目の前で回転させるところを見学できるのは本当に感謝です。
扇形の車庫の中はこんな感じになっています。
こういった昔使われていたアイテムが展示されている場所もあります。
前回の記事でも触れましたが、このホームで使われている支柱などには
かなり昔の古レールが再利用されているのです。
こちらは、1911年アメリカのカーネギー製鋼会社で作られたもの。
こちらが、1929年八幡製作所で作られたものになります。
ここ天竜二俣駅は、特に鉄道マニアというわけでもない方でも
十分に楽しめる場所だと思います。
もし、近くに行かれることがある際には、是非とも見学してもらいたいですね。
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