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こんにちは。
慣れない育児に奮闘中です。
男の子は夜泣きが多いって病院で聞いたんですけど…
ホント夜は寝かしつけに一苦労しています。
ところで妊娠発覚と共に誕生しましたこの“妊婦日記”ですが
今回、出産の時の事を記して終了したいと思います。
※痛みをともなう話が苦手な方はスルーして下さい。
6月27日の夕方5時、ソファで横たわってTVを見ていると
突然パシャンとはじける感覚が下腹部に…。
まだかまだかと言いながら手伝いに来ていた母と
ついさっきまで近所をお散歩していたのが効いたのか
破水から始まったお産でした。
“おかあさん!! バ、バスタオルもってきて!!” と叫ぶ私。
あわててかけつける母と旦那。 いよいよ始まったって瞬間でした。
この時は痛みとか陣痛とかまだなく冷静に病院へ連絡しすぐ向かいました。
今回は間違いなく破水ということで24時間以内に陣痛がこなければ
促進剤を使って出産しましょうという当直医の診断でした。
LDRへ泊り込みになった旦那と私。 病室でTVを眺める旦那。
覚えているのは夜の10時頃から軽い陣痛らしき痛みを感じ始めたこと。
明日には出産が控えているのだから少しでも眠ろうとすればするほど痛みが…。
母子手帳によれば本格的な陣痛開始は深夜2時頃らしい。
どんどん押し寄せる痛み。
“運がよければ明くる日の午前中には生まれるかも”など聞かされながら
順調に時は流れていました。 この時は痛いながらも冷静な自分もいて
早く朝にならないかなぁって思っていたのを覚えています。
それからの記憶はあったりなかったりするのですが気がつけば翌日のお昼でした。
すっかり体力も落ち始め…
でも子宮口が全開していないのでまだいきんではダメと言われ…
強い陣痛が来るたび助産師、旦那、母にお尻をおさえるように指示する私。
そんな状態で子宮口が全開するの待つこと確か5時間。
夕方になり苦しむ私に助産師さんから “rukaさん!!全開しましたよ!!!”とお告げが。
やっと!!!!!と喜ぶ私。 でも記憶によればそこからが一番苦しかった。
促進剤を投与し何度も何度も押し寄せる陣痛の波にあわせていきんだ。
全開しているのだから普通なら何度かいきめば激しい痛みと共に生まれてくるはず。
しかし気がつけば医師2名、助産師&看護師10数名以上に見守られ…
男の医師2人&ベテラン助産師が代わる代わる私の上にまたがり全力でお腹を押し…
頭は見えているとのことで子宮口を無理やりひろげられ何度も何度も強くいきみ…
がしかし、それでもあかたんは出てこようせず…。
そんなことをどのくらいしていたんだろう。。。。。
スタッフも私も体力の限界ってところまで試みたと思います。
ベテランの医師が “一旦休憩を入れないと無理な状況” と判断し
仕切り直すことになりました。
これ以上続けるなんて死ぬかも…と思いながら押し寄せる陣痛に耐えていると
“破水から始まっているのでこれ以上分娩を続けるのは
赤ちゃんの感染症が心配、また母体の衰弱により困難。”
と告げられあっというまに緊急帝王切開の準備が始まりました。
もう何をされても怖くなかったし激しい痛みも感じられなくなってたかな。
麻酔が効き始め…
お腹を切られ…
あかたんの声が聞こえた時…
涙が流れました。
感動とかそんなものではなく
あかたんが元気でいてくれたことに
ただただホッとしたというか。
お顔を見せてもらった後、私は手術の後処理。
あかたんは新生児室の保育器へすぐさま運ばれていきました。
羊水を大量に飲みこんでいたらしく仮死状態で生まれてきました。
なので大きく生まれたにもかかわらず当初は保育器の中で過ごしました。
私も数日は動けませんでしたので写真を見ながらベットで過ごしてました。
保育器から出れるようになった時授乳の時だけあかたんが個室へやってきてくれました。
この後入院生活にもいろいろエピソードはあるのですが
時間もないので出産の時のお話で終わりにします。
子宮口全開&帝王切開とかなり壮絶なお産だったのですが
今となれば母子共に無事でなによりといった感じです。
私にとって出産とは痛みより押されて苦しかったことの方が大きいかな。
ではではこれにて19時間に及ぶあかたん誕生までのお話は終わります。
辛かったけどあかたんの兄弟も欲しいなと思う気持ちもあり。
自分でいうのもなんですけど女ってホントすごいですね!!
妊婦日記 ☆ 完 ☆
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