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ワールドカップもいよいよ決勝戦。大会前からあれほど心配された南アフリカの治安でしたが、どうやら何事もなく無事に終わりそう・・・でも、そんな安堵も、ただの一時の気休めでしかないのかもしれません。本書は、毎日新聞ヨハネスブルク特派員として4年間アフリカに在住した著者が、アフリカ社会の今を綴った渾身のルポです。

悪化する南アフリカの治安、オイルマネーによる繁栄の陰で「犯罪輸出国」の汚名を着せられるナイジェリアの組織犯罪、ルワンダの大虐殺と隣国コンゴの紛争、「史上最悪の人道危機」と言われるスーダンの内紛と国内の弾圧、無政府国家と化したソマリア・・・数年前から、CNNやBBCのニュースなどをたまにチェックしているのですが(日本のメディアでは殆ど報道が無いので)、今までバラバラでおぼろげだった知識や情報が、この本ですっきりと整理されました。

何と言っても、著者の体当たり取材がすごい。南アフリカのスコッターキャンプ(不法居住区)やコンゴの難民キャンプを訪れるのは勿論のこと、実際の殺人や少女売春の犯罪者たち、さらには、反政府組織のリーダー達にまで実際にインタビューする。時には、命を危険にさらし、密入国という手段までとりながら。それだけの取材ですから、迫力と臨場感は素晴らしいものがあります。

私はルポとか読んだことがないですし、はっきり言って、ジャーナリズムにも余り興味が無いのですが、この著者の姿勢には、真のジャーナリズム魂のようなものを感じました。ここまで体と命を張って「伝える」ことの大切さ。巧みな文章表現で飾ったり、作者のイマジネーションや創造力に頼るのではなく、この「真実をありのままに伝える」ということがもつ表現力の大きさ。さらに、素晴らしいと思うのは、真のジャーナリズムが飽くまで「真実をありのままに伝える」という客観性を追及しながら、報道する側の強いメッセージや意志に支えられていることです。

著者の目の前には、少女を騙して売り飛ばす犯罪者がいる。著者は、騙され売り飛ばされた少女の写真を撮る。思わず1人の少女が顔を隠す。或いは、何百人もの無抵抗な住民を虐殺してきた男がいる。男は何食わぬ顔で自分の主張の正当性を語る。著者はその男にインタビューをし、写真を撮る。その時、報道する側に、対象への怒りや同情の露出があってはならない。ある意味から言えば、とても冷酷で非人道的な視線がそこにあるかのようです。

しかし、一方で、本書の中では、あるメッセージが繰り返されます。
ガストロウ氏へのインタビューの中で、私が思わず膝を打ったのは、「犯罪と格差」の関係についての言及であった。
「南アはアフリカで最も経済水準の高い国ですが、南アよりはるかに貧しい他の国々の方がずっと治安が良い。要するに、誰もが一様に貧しい社会では犯罪、特に組織犯罪は成立しにくい。巨大な所得格差が生じた時、貧しい側は犯罪を通じて「富」にアクセスしようとする。アフリカで突出した経済力を持つ南アは、アフリカ各地の犯罪者にとって「富」にアクセスできる場所であり、同時に世界的な犯罪の中継地点にも使える国なのです。

そして、各所に散りばめられたメッセージは、終章末尾の著者自身の言葉に集結していきます。
 我々は遠いアフリカの犯罪や紛争のニュースを聞きながら、今の自分の暮らしとはたいして関係のないものと思う。南アの公立病院の惨状を知り、怒り、哀れみ、同情することはあっても、その先の具体的行動に進む人は稀だ。私もそんな無力の人間の一人に過ぎない。
 貧困と繁栄。この二つは決して交わることのない関係に見える。だが、私がアフリカ各地で見てきた現実は、両者が不幸にも「暴力」という架け橋によって結ばれ始めていることを示している。
 コンゴ民主共和国とスーダンでは、鉱物や石油といった我々の生活に不可欠な資源が暴力の「原資金」となり、人々を苦しめていた。南アとモザンビークでは、巨大な格差から生じる絶望や憎悪が犯罪となって社会に染み出し、結局は富裕層の暮らしをも根底から脅かす事態となっている。産油国ナイジェリアの犯罪組織は世界を蝕み、無政府国家ソマリアの混乱は海賊の出没という形で国際社会を揺さぶっている。
 地球規模の格差社会の底辺に置かれたアフリカから染み出す犯罪などの負の側面は覚悟の上で、競争礼賛で弱肉強食の道を突き進むのか。一方、先進国側も暴力の拡散には耐えきれず、資本主義の暴走に一定の歯止めをかけ、命の価値を平準化する努力に取り組むのか。私たちは今、命の価値を巡る一つの岐路に立たされているのではないだろうか。

強いメッセージと意志があるからこそ、どこまでも客観的で冷徹な目で真実を捉え、伝えようとする。そういうジャーナリズムの本髄についても考えさせられる作品でした。こういう方が日本のマスメディア業界の中にいる、ということは一つの希望でもありますね。徒に批判を繰り返し、問題をあげつらって、何のメッセージも意志も打開策も提示しない今の日本のマスメディアの中に・・・

そして、ただ本を読んだりニュースを見ているだけ、一時的に関心を持っても確固とした意志や具体的なアクションに結び付けられない自分自身にも反省の気持ちが沸いてきます。しばらくは、年に数回のユニセフ募金や、毎月のアフリカ難民食糧支援への寄付を続けながら、自分なりにこの問題について、学び、考え、問い直すことを持続していきたいと思います。
 またまたご無沙汰してしまいました。もう毎度のことですが・・・

 ちょっと体調を崩して入院したり、自宅療養したり・・・もう回復して、普通に会社にも通っていますが、なんとなく精神的にもパソコンに向かう元気が出てこなくて、ふと気づけばもう新緑も盛りになろうという季節。今年は寒さがいつまでもぐずついていて、ちょっと拍子抜けしますが・・・再びぼちぼちとブログを再開しようかな、と思っています。

 療養中は、前回もそうでしたが、あんまり集中力を使わなくてすむ本を読んでいました。明るい気分になれるかしら、と思って、昔大好きだった「くまのパディントン」や「すてきなケティ」シリーズを読んだり・・・そして、入院中の無聊を慰めるために、漫画「オルフェウスの窓 愛蔵版」まで入手しました。言わずと知れた「ベルサイユのばら」の作者池田理代子の長編大作。普通に文庫版だと10巻近くまでなると思いますが、この愛蔵版は電話帳並みの厚さで全4巻。はっきり言って、病院に持ち込むのも重たかったですが・・・(笑)

 ストーリーは複雑過ぎてよう説明しきれませんが、ロシア革命時代のドイツとロシアを舞台にした物語。ドイツ・レーゲンスブルクの名門音楽学校から話は始まります。主人公は、音楽学校の生徒で、莫大な遺産を引き継ぐ為、実は女でありながら男として身を偽って暮らしている美貌の少年ユリウス。音楽学校に古くから伝わる伝説では、学校の「オルフェウスの窓」と呼ばれる窓を介して出会った男女は、オルフェウス伝説と同じく悲恋を宿命づけられていると言います。この「オルフェウスの窓」から偶然ユリウスを見かけてしまう二人の男性、後に天才ピアニストとしてヨーロッパ中に名を馳せるイザークと、ロシアの貴族ながら身分を偽って革命活動の為に亡命しているクラウス(本名アレクセイ)、そして主人公のユリウスの3人を巡って、数々のドラマが進行していきます。

 この「男装の麗人」主人公像は、「ベルばら」に続く、池田理代子先生の得意技です。「ベルばら」の世界も中々すごかったですが、「オルフェウスの窓」でも、ユリウスとイザーク、そしてクラウスをめぐる恋愛シーンは独特の「禁断の愛」な感じが漂っていて・・・なんかかなり偏っていて屈折してるなあ、、と思いつつも、なんだか面白い。後半で、ユリウスが既に女性だということを明かしてクラウスと結ばれてからも、なぜか彼女は男装のまま「ぼく」という言葉を使い続けるあたりに、池田理代子先生のただならぬこだわりを感じます。男装したユリウスをクラウスが抱き上げ、「お台所にぼくがつくったシチューがあるよ」「シチューよりお前が食べたい」などという宝塚ファンと「ボーイズ・ラブ」を偏愛する現代の腐女子が鼻血を出して喜びそうなシーンが興味深かったです、はい。

 この漫画は、地元の市立図書館に置いてあって、中学生の頃初めて読みました。フランス革命時代を描いた「ベルばら」、ナポレオンを主人公にした「エロイカ」と共に、世界史への興味を広げてくれた漫画でもあります。当時は特に「オルフェウスの窓」にはまっていて、友人と共に「あー革命が起こればいいのに〜」ととんでもないことを言っていましたが、それくらいドラマチックなこの作品に心酔していたのです。

 20年近くぶりに改めて読んで、ストーリーはそれなりに面白かったものの(&宝塚の魅力が全くわからない私にとって、前述の一種独特な世界が非常に好奇心を刺激したものの)、数々の登場人物たちが余りに「恋愛体質」なところには、正直ちょっと拍子抜けいたしました。だって、激動の時代にあって、誰もかれもがみんな、あっさり全身全霊を尽くして恋愛にのめりこんでしまうんですもの・・・そんなに全員悠長で暇ではないだろうが、、、と、私の中で少し冷静な三十路女の呟きが聞こえました。

 しかし、何と言っても次々と登場人物たちが織り成す恋愛物語と強引なストーリー展開に自然とひきつけられてしまうので、殺風景な病室での時間も、どっぷりと漫画の世界に浸ってやり過ごすことができました。池田理代子先生に、感謝、感謝。それにしても、余りに厚くてサイズも大きい愛蔵版は、家の本棚に入りきれず床に詰まれたままなのが、心苦しいばかりです。


 
 何だ漫画かよ、とバカにすることなかれ。吉田秋生センセイの最新作です。

 吉田秋生は、デビューが1977年という漫画界の大重鎮ですが、その感性と冴えは今でも全く色あせない。大作では、「BANANA FISH」や「夜叉」なんかが有名ですが、私は「ラヴァーズ・キス」や「桜の園」みたいな、短い作品の方が好きなんです。

 この「海街Diary」は、「月刊Flowers」に不定期に掲載されているので、一応一話一話で読みきりの体裁をとりながらも、話は繋がっていて連作になっている、というちょっと変わった構成。両親は離婚してバラバラになり、鎌倉の祖母の元に残された3人姉妹、その祖母も数年前に他界し、殆ど消息を絶っていた父親が死んだところから話は始まります。長女でしっかりものの看護婦サチねえ、地元の信金に勤める酒豪のよしの、アフロヘアでスポーツ店に勤めるちかの3人姉妹に、理由あって、父親の再婚相手の娘(=異母妹)、中学生のすずまで加わり、4人姉妹の物語が展開していきます。

 私は、この本の1巻、新幹線で東京から帰る途中、駅の本屋さんで「お、吉田秋生の新作なんて出たんだー」とついでに買ってみて、不覚にも新幹線の中で第1話から泣いてしまいました。そして、今か今かと楽しみにしていた第2巻・・・最後の表題作でまたもや泣いてしまいましたとさ。私はめっぽう家族ものに弱いので、何て言うかちょうどツボなんですよね、、、しかも、吉田秋生独特の盛り上げ方、カット割、セリフがまた泣かせ上手。

 しっかりものの長女サチ姉と、色々苦労して妙に老成している末っ子のすず、この2人がちらっと見せる弱さがぐっときます。第2巻の最後、
「誰かに傷つけられたと思っても いつの間にか別の誰かを傷つけている」
という言葉は、吉田秋生さんだから出せるふかーい響きがあります。

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