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ご存じの方も多いとは思いますが、コノハナサクヤヒメノミコトという女性の美しさを象徴する女神様のお姉さんにあたる女神さまです。
そしてとても醜い女神さまとしても知られています。しかしこの女神さまが生命長久の象徴でもある神様で在り、二人の親神様でもあるオオヤマツミノカミ様が二人をいっしょに今の天皇家に嫁がせたのにこの姉神だけを醜さを嫌って送り返したことで短命な運命を得てしまったというのは有名なお話です。 この女神さまが最近よく氣視の中に出てこられます。実は私はこの女神さまが嫌いではありません。妹神様であるコノハナサクヤヒメ様はよく氣視の中にも出てこられますが、この美の象徴である神様と比較しても同じようにこの女神さまも好きです。人に嫌われるような存在が実はとても良い人だという私自身の信念があり、人を見た目で判断することの愚をちょっとだけ理解してます。 イワナガヒメの命のイワナガというのは「常盤」(トキワ)という意味で常緑つまり常に緑が生い茂っている状態を表しています。つまり生命が混沌として猥雑ではあるけれど湧きたつように存在し続けている様子を美しいとみるか醜いとみるか、私はそれもある意味美しいのではないかと思います。 人は四十兆個の細胞の塊です。その本質はつながりつつ爆発し続けている生命の脈動だと思います。それが美人やイケメンという一瞬の形にだけ価値を見出して生きて行くのは全く意味の無いことのように思います。心根の、魂の美しさにこそ意味があることをイワナガヒメノミコトは知らしめているように思えてなりません。 |
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日本人というのは基本的にまじめな人が多いです。心が疲れてしまっていても「頑張らなくては」と思ってしまう人がほとんどです。
いつもそういうお客様には言っています、「頑張らなくていいですよ。」と。日本人は放っておいてもいつのまにか頑張って無理してしまうんです。そんな人に「頑張れ!!」って言うのは酷です。 気持ちを楽にしてのんびり何にも考えなくて何にもしないでぽかーーんとしていればいいんです。それでも心というのは自然と正しい形に戻ろうとするものです。自分の心や体が元々持っている自然治癒力に任せていればいいんです。自分が思っているほど人の心も体もバカではありません。 いつのまにか自然と治って頑張れる状態に戻ります。そしたらのんびりと歩いていけばいいんです。自分に甘いのは良くない・・・・そんなことはありません。自覚があるならどんなに甘くしても問題は無いと私は思います。 人は頑張らなくてもいいです。特に日本人は。もちろん外国の方でも真面目な方はいっぱいおられます。でも外国の方って基本的には自分を大切にしますね。日本人は自分を二の次三の次にしてしまう部分が多いです。それは長所でもあり欠点でもあるのかな。のんびりと多少は自分を大切にと言う思いで生きて行きたいものです。 |
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日々感謝の念を全てのもの、ことに対して感じて送ることがとても大切だと最近つくづく感じています。
人も物も事も順調に何事も無く営まれて行くのは感謝によって滞りが抑えられて進んで行くからこそなのだと思えます。自家用車に対しても、我が家に対しても家族に対しても、もちろんお客様に対しても感謝の念を常に持ち、差し上げて行かなくてはならないと思います。 ありがとうございます。その気持ちが基本にないと何事もうまくいかないように思います。時々ふっと忙しさにかまけてそういう思いを忘れてしまうことがあります。すると間違いなく何がしかが不都合になります。動かなくなります。覿面です。 自分の身体に対しても日々きちんと動いてくれてありがとうと思います。大切に使わせていただきますと思います。なにしろ人の生活なんて「奇跡」の集合体みたいなものだものなぁと思ってしまいますね。 |
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母が我が家の一階の庭で雀たちに餌を与えています。5坪ほどの庭ですが、岩山が作ってあって滝が流れるようになっています。その下は池になっていたのですが、池はつぶしてしまって小石が敷き詰められています。
その一角に餌台を置いて雀に餌を与えているのですが、何しろ雀がたくさん集まって一日中大騒ぎです。よっぽどこの庭が居心地が良いのか、ほぼ一日中チュンチュン、ピーチクパーチク遊びまわって餌をもらって居座っています。 朝起きて二階の店舗スペースの窓から庭を見下ろすと庭のプラスチックの塀の上にきちんと並んで雀たちが餌を待っています。とても可愛くてほっこりとする光景です。 雀たちはやはりとても臆病で庭を見渡せる一階の母のいる居間に私が入って行くだけで逃げて行きます。けれどもやはり餌の魅力には勝てないのか逃げてもまたすぐ庭に戻ってきて餌台の近くに来ています。 以前にも書いたことがありますが、一度道に落ちていた雀の子を保護して育ててから野生に還したことがありました。その直後に娘が誤って金具を飲み込んでのどに詰まらせたときに、お医者さんですぐに吐き出すことが出来て命拾いしたとき、これは雀の恩返しかなと思ったことがありました。 最近は雀が減っているという話も聞きますが、こういう小鳥たちが平和に安全に暮らしていける環境が守られて行くことを願ってやみません。 |
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悪縁というものは誰でも切りたいと思っているものです。生きて行く上では柵(しがらみ)というものが付いて回ります。情の篤い人ほど切りたくても切れない因縁というか宿縁に絡み取られていることが多いようにも思われます。
縁切りと言えば「縁切り地蔵」というのが有名で地蔵菩薩様が縁を切ってくださる仏様として知られていますが、実は確実に縁を切ってくださる仏様が他にもおられることが最近分かりました。 氣視させていただいているうちにわかったのですが、実は千手観音菩薩様です。 どうも「秘」とされているようなのですが、千の手の中に人の悪縁を断ち切る力を持った「手」があるようなのです。これはたぶん相当切羽詰まった場合にのみ発揮される顕能らしいです。思いつめて悩みに悩みぬいた場合には近くにある千手観音様にお願いしてみると悪縁を断ってくださるかもしれません。 |








