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今、荒俣宏氏の「新帝都物語」を読んでいます。この本の中に出てくる晴明紋とも呼ばれる五亡星形の印があります。本の中では「ドーマンセーマン」と呼ばれています。
この形は子供の頃からお米を計る枡の底に描かれていて記憶に残っていたものです。何故、米枡の底に描かれていたのか?清めの印だろうと思われるのですが、自分自身の子供の頃からの記憶の底にあるだけに妙に生々しい印象があります。
「米」というのは人の生活や命に欠かせない大切なものです。昔は「米」という字を解して八十八回お百姓さんが手間をかけて作られた大切な一粒だと教えられたものです。それを計る枡についていたモノです。
第一に「計る」という行為がとても大切な行為なのだとこの「新帝都物語」では書かれています。「国産み」の行為を神様が為されたときにも物差しとぶん回しと呼ばれるコンパスのようなもので「計る」行為をして国産みを形付けたとされています。
人が口に毎日入れる基本となる食べ物である「米」を計る行為というのも「人の心と身体」を生み出す大切な行為なのでしょう。それを清浄なものにするために「ドーマンセーマン」が使われていたというのは、もしかしたら呪術的にとても大切な事だったのかもしれません。
それが失われて、人の口に入るものが少しずつ穢されていったのだとしたらちょっと怖いような気がします。
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