霊性日記

霊性の時代の始まりかな?不思議なこと面白い!

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2019年03月

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釣り

 今はほとんど行かなくなってしまいましたが、子供のころ小学生から中学生くらいまでてしょうか、釣りにはまっていました。

 ほとんどが淡水から汽水域の釣りで、金沢の近くには河北潟という大きな湖があり干拓されて半分くらいになっていましたが、その周辺の田園地帯には小さな川が幾つかあって、そのあたりが鯉やフナの絶好の釣り場になっていました。
 弟や友達と連れ立ってよく行きました。何十匹も釣れることもあれば一匹二匹しか釣れないこともあり、それでもおにぎりを持って一日がかりで行ったものです。おにぎりを食べようとすると手が魚臭くて、それでもおにぎりがおいしかったことを覚えています。

 これも金沢の近くなのですが、大野湊という漁港があってこの近くにも良い釣り場がありました。リール竿とリールを買ってもらって初めての投げ釣りに挑戦したのもこの汽水域の釣り場でした。子供の竿に30センチ以上のスズキの子がかかったこともありました。

 大人になって子供が出来て、娘が小学生くらいなった時に釣りの面白さも一度味わわせてあげたいと釣り竿を二本買って娘と河北潟に行きました。娘と何匹かのフナを釣り上げて楽しんだ後帰りました。娘は釣りにはまることは無かったようです。それでも娘は私のバードウォッチングの趣味にはいっしょにはまってくれて今でもいっしょに野鳥観察には行きます。
 釣りは楽しい趣味です。自然と簡単に触れ合える面白い遊びだと思えます。

思い出の氣視

 今でも思い出す印象的な氣視があります。ある女性の氣視だったのですが、古代たぶん縄文時代だと思います。巫女さんとして生きていた過去世の彼女は海岸に立って、何か不思議な太鼓のような楽器を打ち鳴らしながら祝詞のようなものを海に向かって謳っていました。

 すると沖から何十頭かのイルカかクジラの群れがやってきました。そしてその中から何頭かを男たちが狩っていました。それは海の神様からの贈り物を頂いて供物とし、また自分たちが食物とする光景でした。

 あまりにくっきりとしたビジョンだったのと、後に色々と現実の事象とつながった証明が為されて行ってそれはきっと本当に過去に在ったことなのだろうと分かっていきました。
 それは能登半島の穴水から真脇のあたりで起きたことであり、彼女の姓がそのあたりに古くからあるものだということ。そして何よりも真脇遺跡の資料館で彼女が打ち鳴らしていた土器の壺に皮を張った楽器のような発掘品の再現物を見つけたこと。そして真脇のあたりでイルカを獲って食べていた骨などが見つかっていること。そして今も七尾湾にはイルカが住み着いていること。

 これらのことを私はずっと後になって知りました。能登という土地は本当に古代の世界と今もつながっている不思議な土地です。今でも能登を車で走ると何だかほんわかとした古代の風を感じます。

 氣視させていただいたことが現実ときちんとつながった稀有な出来事として今も記憶の中に残っています。

昔は

 昨日は朝起きたら近所の家々の屋根が白くなっていて驚きました。また雪が降ったんだと思いました。けれど昔は、と言うか私が子供のころは四月初めころまで街路樹の根元には雪が固まって残っていたものです。
 そして北陸の冬というのは毎日毎日どんよりとした暗い雪雲が空を覆っていたものです。この気候風土が暗い性格の北陸人を育むのだろうなぁなんて思っていたものです。

 それが最近は冬でも晴れ間もあってまるで太平洋側のような気候の日々があったりします。これも温暖化、異常気象なのでしょうか。だから三月に雪が降って積もったと言って驚いているわけですから、人というのは環境にうつろいやすいものだと思います。
 そういえば昔のこのあたりの降る雪というのは本当にべっちゃりと水を含んで重い雪だったように覚えています。スキーに行っても転ぶとべちょぺちょになって濡れて寒かった記憶があります。最近の北陸の雪はちょっと軽くなったように思えます。
 こんな風に変化した気候風土は北陸人の気質というものも変えていくのかもしれません。そういえば新幹線で東京まで二時間半で行けちゃうと言うのも驚異です。太平洋側がとてつもなく近くなった感覚があります。

 昔と今では人がどんどん変わって行っていくのかもしれませんね。

スッと

 本当にスッと映像が流れ込んでくるように視える氣視もあれば、モヤモヤと何が視えているのかよくわからない氣視の場合もあります。その方の「氣」の流れる状態や「氣」そのものの力や量、タイプにもよると思われます。

 本当にわかりやすく映画を観ているようなイメージを捉えられるのは初めて施療する方の場合が多いです。何度も施療を重ねてくると視えにくくなるような感じがあります。それは氣を視るということがとても大切な宝物的な情報なのかなと感じたりもします。それは私の驕り昂ぶりなのかもしれません。
 占いのように何度でも簡単に読める、視させてもらえるものではなくて、心と身体を癒すのに必要な情報だから与えていただいているように私は思っています。

 だから常連のお客様の氣視については「氣の道」がお互いにつながっていることで楽に視えるということももちろんありますが、身体の状態の東洋医学的な診断を強く参考にしてお話しさせていただいています。健康こそが大切なことだからと考えているからです。もちろんスッと映像が入ってくることもあります。
 それは小さな奇跡だと思っていただけると嬉しいかなと思います。

何のために

 何のために生きているんだろう?そう思うことは時々あります。若い時も時々そんなことを思ったことがありました。それはちょっと生きることに疲れた時だったのかもしれません。

 そんな時にテレビを見ていてハッとさせられたことがありました。ハワイの警察官にインタビュアーが「貴方は何のために生きているのですか?」と尋ねたのです。その頑強な肉体をした男性は「家族の為」一言そう答えました。

 そんな簡単な、単純な目的。俺は家族のために生きている。昔見た「誰が為に鐘は鳴る」という映画の中で主人公が戦場へ命を懸けて走り出すときに愛する女性に「何故戦いに行くの?」と聞かれたときに「愛するもののために」と答えて去って行ったシーンを思い出しました。

 そうか人は愛するもののために生きていいんだと思いました。家族のために。そういう簡単なところに答えはあったんだと思ったものです。

 いや本当は人というのは愛する者たちの存在がある故に、生かされている存在なのかもしれません。生きているのは自分の意思だけれど、その意思を支えているのは愛する者たちの存在なんだなぁと思います。
 御仏の教えに「生かされていることに気づきなさい」というものがあります。だからこそ全ての存在の中に御仏はおわしますという教えが続きます。きっと人はそんな単純な愛のシステムの中で生きているものなのだろうと思います。

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