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生きている人が送ってくる怨念が形になったものが生霊と呼ばれるものですが、これは本当に凄まじいというか哀れすぎるというか、情けないものがあります。
相手のことを思いやる気持ちというのは「愛」があれば素晴らしいものになるはずなのに、愛のかけらも無くて悪意のみになってしまうとひどいものになります。 先日視させていただいた生霊の本質は「悋気」でした。やきもちというか妬みですね。自分は一人になってしまって不幸なのにあいつらは家族揃って仲良く幸せにしている・・・許せない・・・そういう念が生霊という形になって憑いていました。 事情をお聞きしたところ同情すべき点がこの生霊さんにも無いことも無いのですが、送られてきている憑かれた方達には全く何の落ち度もなく迷惑極まりないことなので、念を返す仕掛けを用意させていただきました。 可哀想ですが、悪念は倍になって生霊さんの本体に還ります。人を呪わば穴二つというように人に対して悪意を持つということは自分自身に対しても悪いものを呼び寄せる形になります。決して行ってよいことではないのです。 人の悪口や陰口というものはよく考えると自分自身の本質だったりすることが良くあります。バカと言っている人がバカというのは真実だと思います。車の運転などをしていて無理な割り込みをされて少し腹を立ててそのまま見ていると、割り込んだ車は必ず同じように無理な割り込みをされているものです。 念の強い人というのは体質的に時々おられます。そういう方にはあまり他人に対して強い思いを送らないように注意させていただいています。そうしないとご自身が不幸になりかねません。人に対しては感謝と幸せになってほしいと願うことを基本にしていきたいものです。 |
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日本三霊山の一つでもある霊峰です。金沢の南に位置していて今回のような台風の強風や雨雲を防いでくれる役割を果たしてくれます。
金沢を含めて加賀から能登の南部あたりまでが台風の強風から結構守られることが多いようです。けれど冬はこのお山のお陰で時に多くの降雪がこの地域を襲います。二年ほど前にも豪雪が襲いました。それでも最近は都市機能がマヒするようなことにはならず、地下水を利用した融雪装置が細かな路地まで敷設されています。 白山はもちろん活火山で大量の土砂が白山全体にあってそれが動くことで地形が変わりやすいこともあり砂防の施設がそこかしこに作られています。しかし広い地域に深いブナ林が広がっていて豊富な動植物が見られるお山でもあります。 金沢の市街地から白山を見ることはなかなか難しいのですが、それでも見晴らしがよい時と場所に恵まれればそのいつも白い頂を仰ぎ見ることはできます。 このお山と隣の富山の立山連峰のお陰で金沢は海の幸山の幸にも恵まれて美味しい食事がいつでも味わえる土地となっています。白山に恵まれたことをいつもありがたく思っています。 |
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自分が何のために生まれてきたのかわからないと嘆く方が時々おられます。私もある年齢まではそういうことははっきりとわかりませんでした。
しかし天職とも思える今のお仕事を頂いて自分の役割の一部が何となくわかるようになりました。そして産土の神様を知ることにより、ほとんどの「自分のお役目」というものが理解できたかなと思います。 天職を見つける、そういうお仕事に就ける、もしくはそういう立場になれるというのはとても幸せでなかなか無いことだと思います。ただどんな仕事でもそこに何らかの価値を見出して生きて行くということは大切なことだししなくてはならないことなのかもしれません。どんなお仕事にも何らかの意味で社会を構成していくどこかの部品になっている「意味」があります。その意味をきちんと把握することは大切なことなのだろうと思います。 産土の神様はその人が生まれた時に住んでいた場所の一番近くにある神社の主祭神になります。私はその神社を見つけて再度訪れて神様を確認させていただき、その神様の性格や素性と言うようなものを調べて納得しました。あぁ私はこういう事のために生まれていきていくんだなぁとわかりました。 どんな人にもお役目があります。その役目を果たして行かなくてはなりません。そのお役目を全うした時にその人の寿命は尽きるのかもしれません。 |
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この女神さまは氣視しているとよく視る方ではあります。女性の方でこの神様の守護を受けておられる方は多いようです。
この神様のメッセージで時々あるのが、家の中に生花を飾りなさいというものです。立花というか生け花というか家庭の中にそういうものがあるとこの女神さまは加護の力を及ぼしやすくなるようで、言われた方もほとんどの方が嬉しそうにそうしますとおっしゃいます。 花の持つ無償の愛の力というものは「家庭」という空間の中に温かい波動を生み出すものになるのだろうと思います。 美しさの象徴でもある神様ですが、生きとし生けるものすべてに対する愛というのは神様のほとんどが持っておられる波動だと思います。富士山の神様でもありますが、それよりは花々の神様と考えたほうが実像に近いのかもしれません。 |
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その方を氣視すると雨が降り続けているのが視えました。視ていると段々雨が綺麗な光を伴って降っていることが分かりました。
雨の女神様に愛されているんだなぁと思いました。施療が終わってお話を聞いて見ると大病を患って最近までずっと寝込んでおられたそうで、やっと元気になって当院を訪ねてこられたのだそうです。 そうか、身体の瘴気を雨が禊の雨として洗い流していたんだなぁと思いました。よかったね。もう大丈夫。心も体もきれいになって生まれ変わったんだねと思いました。 雨の女神様と考えて気づいたのが以前行った中能登町の雨の宮古墳群にある雨乞いの女神様の祠でした。ご本人に雨の女神様の守護のことをお話して、古墳群に行けたら行ってください、きっとご加護が強くなりますよとお伝えしました。 雨の女神様を後で調べてみると「タカオカミノカミ」様であることがわかりました。京都の貴船神社の神様であり、日本のすべての水に関わる神様の中心に居られる方です。 先日の山形県への旅でも禊の雨が降りましたが、どうも我が家では母親から私へと遺伝のようにこの神様の守護が伝わっているように思います。たぶん白山ヒメ神社の菊理姫様ともこの神様は親戚関係にでもあるんじゃないかなと思います。 この方は女性の方だったのですが、結婚も子供を持つこともあきらめておられましたが、大丈夫結婚も子供を授かることも必ずできますよとお伝えしました。一度しかない人生です。夢を失くして生きて行くなんてもったいないですものね。 |









