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氣視の中でポイントとなるものが時々出てきます。「鈴」もその一つで、最近これが上位の巫女さんを表していることが分かりました。と言うか高度な霊感の持ち主を表しているのでしょう。
巫女舞には時々たくさんの鈴を付けた楽器が使われますが、これもそういう霊的な象徴として使われているのかもしれません。鈴の音は邪気を祓うものなのでしょう。当院では水晶にあてて使う邪気祓い用の音叉を使用していますが、澄んだ単一の音というのは邪気を祓う力があるのかもしれません。 しかし不思議と私の周りには鈴というものがありません。時々近くに来ることがありますが、いつのまにか無くなっています。私にはきっと必要ないということなのかもしれません。元々守護神様が剣の空を切る音を象徴した邪気祓い専門の神様でもありますから、必要なしと思われているのでしょう。 猫に鈴を付けるのは猫がきっと霊的な力の強い生き物だからなのかもしれませんね。 |
霊性
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我が家の衣類乾燥機が故障して新しいものを購入しました。北陸の気候は湿気との闘いでもあり、一年の半分は洗濯物が乾きにくい気候だと言うことです。
それで不要になった乾燥機の処分を開始。家電リサイクル券を郵便局で購入。この際にはメーカー名が必要です。そして不用品の持ち出しですが、何しろ大きいものなので太めのナイロンロープを巻いて手掛かりにして四階から一階へ降ろすのがもう大変です。何とか車に積んで(車がSUVでよかった。荷室が広くてよかったと何度も思いました。)廃棄家電の引き取り所へ出向きました。 金沢市では日通さんの取扱所がそういう役目になっていて以前から何度か行っているので簡単に搬入できました。 それにしても周りを見渡すと廃棄家電の山が幾つも並んでいました。エアコンやら洗濯機やらきちんと梱包されて廃棄されるのを待っていました。長い間人に便利に活用されて、役目が終わってこうやって原材料に還元されて行くわけです。何だか心の中でご苦労様と言いたくなりました。もちろん我が家の乾燥機にも感謝の言葉は伝えました。 付喪神と言って命の無い器物にも日本人は長い間人が使っていくと魂が宿ると考えていました。使い捨てのわらじでさえも街道の脇にまとめて山にして肥料にして使い切るとしていたのが日本人の歴史です。 使っている器物にも愛着と責任を持って接していった方がいいなぁと思います。廃棄家電の山に「ありがとう。ご苦労様でした。」と心の中で言葉をかけてリサイクルセンターを後にしました。 |
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鑑真和尚と言えば中国の高僧であり、請われて日本への渡航を繰り返し三度目にやっと上陸を果たした徳の高い方であり、唐招提寺の主でもあられた方です。
この方は時の帝や厩戸皇子などとの交流があったとも言われていますが、帝からは「白壁」と呼ばれていたらしいです。あくまで私の氣視の中でのことですので確証もありませんし、推測に過ぎません。 でも何故「白壁」などと呼ばれていたのでしょうか?月の光に照らされて人の影が白い壁に映った時にその本質が影の形にしっかりと浮き出るからでしょうか?中国で有名な赤壁の戦いと比してのことなのでしょうか?それとも鑑真和尚の故郷には石灰岩の白い岸壁でも多くあったのでしょうか? 目が見えなくなられた和尚のそのお姿に白壁を思われたからなのでしょうか。今となっては私の妄想の中の類推に過ぎないです。 それでも氣視の中でこういう偉人の隠れていたエピソードのようなものが視えたりすると何だかとても楽しくなり、その過去の偉人の人となりがちょっと身近に感じられたりして嬉しくなります。あくまで私の妄想の中のお遊びになってしまいますが・・・。 |
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物事には必ず原因と結果があります。けれど忘れてはならないのは、この間に必ず「過程」という長いか短いかは限りませんがそういうものが入っていると言うことです。
人は安易に結果だけや原因だけを見てしまいがちですが、実はこの過程というものがとても大切でそれがあってこそ人の心というのは何かを得ることができるのではないかと私は勝手に思っています。 でもたまに人にはこの過程というものをすっ飛ばして結果が訪れることもあります。青天の霹靂だったり、棚から牡丹餅だったり、突発的な事態だったりということです。これは人をとても動揺させますし、人生を転換させたりもします。 でも私はふと思うんですが、こういう結果が突然現れることにしても必ずどこかでちょっとした「過程」というものが在ったりしていたのではないかなと。それを支配しているのはもしかしたら神仏やらなにやら霊的なものなのではないかなと。そしてそれは普段の人の心がじっくりと原因となる波動を生み出していたせいなのかもしれないないなと。 まぁこんな言い方で逃げてしまうわけではないですが、どんなことにもこの世の中では起きたことには必ず何らかの意味があると思います。それを考えていくのが人の人生の意味なのかもしれません。 |








