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19歳の誕生日に、シルバーのアクセサリーを貰うと、そのコは幸せになる。
上記、私世代の都市伝説だろうか?
ま、それはさておき、自分の19歳の頃を思い出してみる。
大型自動2輪免許を取得した歳だ。最初は16歳で中免を教習所で取ったのだが、
1か月持たないで、取り消しになった。マァジャンの裏プロを目指していた頃だ。
その日、終卓し、友達の一人が、もう電車がないっと騒ぐので、
私が当時乗っていた、2サイクル3気筒のカワサキKH250に乗せて、環七を走っていた。
深夜1時。世田谷に差し掛かったあたりで、ネズミとりにつかまった。速度超過。
後ろに乗っていた奴が、「KHか。やっぱ2サイクルは加速がいいな。オレ、ヤマハRZ250、買おうと思ってさ」
と言っていた。RZは当時、発売されたばかりの250クラス、最速のマシン。
私は無言でアクセルを捻った。時速40キロ制限の環七を97キロで走り抜け、
57キロオーバーでの検挙だ。赤切符をきりながら担当警察官は、私にこう言った。
「50キロ越えのオーバーか。12点減点。今日からなんだよ、この法律。実施、第一例かも知れないな!」
なんだかうれしそうな口調だったのを、悔しい私はそっぽを向いて聞いていた。
それまでは25キロオーバーの6点減点が、最高処分だったのだ。赤切符は裁判所で裁かれるので、
行政処分ではなく、前科になる。そして、その日は3月1日。3月に入ってから、1時間ちょうどで、
私は捕まったのだ。50キロオーバーは12点減点の、法施行日が3月1日だった。
法施行から1時間の摘発。実際、全国レベルで見て、本当に施行第一例だったのかどうかは確認していない。
そんな気分でもなかった。そして自動車免許を取った後、大泉にあった大型バイク練習コースに通い、
3回目の受験で、大型自動2輪免許を取った。
以前も書いたが、100人受けて、受かるのは2〜3人といった難しさだった。一桁の受験回数で合格すれば、
快挙と言われた頃だ。合格したその日、府中運転免許試験場の試験コースで、
受験者たちからの拍手の中、私はガッツポーズを披露した。
最初の愛車は、カワサキZ750GP。バイクでは珍しかったインジェクションである。
そうこうするうちに、今のカミさんと仲良くなり、大型の自信もあって、よくバイクでデートした。
明大前で暮らしていた私のアパートによく来るようになったのも、その頃だった。
あれから30年が過ぎ。だが、19歳の都市伝説を実行しておけばよかったな・・・と、
思う私がここにいる。カミさんはどう感じているのか、この30年。毎日、激しい勤務で疲れ果て、
帰ってくる彼女の代わりに食器洗いをし、スリッパを履きやすく置き直す私がここにいる。
コピーライター・作家 江古田潤
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こんにちは。 RZ250 懐かしいなぁ。
イヤ、私は乗れませんけどね。
当時、免許というものを何も持ってなかった頃
よく、友人に乗せてもらってました。
いま思えば私の足でした。(笑。
しかし、そんな都市伝説があるんですか。 驚いたぁ。
思い返すとそれ、実行してます。 嫁さんに。
もう、四半世紀を超えますが。
嫁さんが幸せを感じてるかどうかは・・・?
都市伝説ということで。
2013/3/27(水) 午後 6:14
よるだてつやさん、再臨いただき、ありがとうございます。たしかにRZ、時代の覇者でしたよね。私も友達の所有車を借りて走ったことがあります。六千三百回転からの加速は、宙に浮いたように感じました。あ、こりゃ勝てないなって。都市伝説のほうは、私もなんだかなぁって感じで・・・。でも、奥様、きっとシアワセなんですよ。だから、四半世紀も連れ添っていられるんです。おめでとうございます。シアワセな結婚で。 江古田潤
2013/3/28(木) 午前 4:36 [ じゅん ]