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岐阜の美濃路から杜の都仙台へ舞台を移し、新たな歴史が始まった
全日本実業団対抗女子駅伝は、1区からトップを走り、一度もトップを譲らなかった
第一生命の完全優勝で終わりました。
わがチームは、、、無念の22位。
20番台の順位は1999年の20位以来。
今年は東日本大震災復興祈念大会ということもあり、元気な力を繋ぐ「絆」をテーマに臨みました。
その意気込みは1区藤永がスタートから先頭を引っ張る姿に集約されていたと思います。
しかし、チーム成績、個人成績は以下のようでした。
直前合宿は中国・昆明で行いましたが、実は、、、
駅伝が迫ってきた合宿後半に連続してアクシデントが起きました。
【加納由理の急性気管支炎と肋骨疲労骨折】
加納が急性気管支炎になりかなり咳き込みました。
症状が治まり練習に復帰しましたが、インターバル練習後に背中に痛みが出はじめ、
帰国してから精密検査を受けたところ右背部第10、11肋骨に疲労骨折初期症状が確認されました。
繰り返す咳と呼吸器系の追い込みが、肋骨にかなりのストレスを与えたと思います。
駅伝後のオリンピック選考会となるマラソンのことなどを考えると加納の欠場も考えましたが、
「みんなで頑張ってきたので、私が笑顔で襷をゴールへ運ぶ!」と痛みをこらえながら
走ってくれました。本来ならエース区間の3区を予定していましたが、
アンカーで復興祈念にふさわしい頑張りを見せてくれました。
【中尾真理子の足指末節骨疲労骨折】
中尾も合宿後半に足指から針が付き出てくるような激痛がはしる症状に見舞われました。
当初はモートン神経腫などを疑いましたが、レース翌日に精密検査を受けたところ、
指先の疲労骨折が確認されました。中尾もかなりの激痛に耐えての走りになりましたが、
襷の絆を途絶えさすことなく繋ぎました。
【村岡温子の発熱】
村岡も合宿後半に発熱し、それから体調は回復したもののパフォーマンスはなかなか
回復に至りませんでした。それでもロード、駅伝に強さを発揮する選手ですので、昨年と同じく
エース区間の3区をに起用しましたが、今年は思うように体が動きませんでした。
こんな風に予期せぬアクシデントが連続して起こり、チーム本来の力を発揮することが
できませんでした。
レース当日にコンディションが合わせられなかったのも実力のうち。
コンディショニング、ピーキングの難しさを改めて痛感しました。
しかし、疲労骨折するまで、発熱するまで追い込んだ、選手たちは極限まで頑張った証拠です。
強化と故障の差は紙一重。スタッフのそのあたりを見極める塩梅が甘かったと言えざるを言えません。
反省しなければなりません。
選手たちに辛い、悔しい、痛い思いをさせました。
反省するとともに大きな勉強をしました。
しかし、私たちの力はこんなもんじゃない。
来年は必ずリベンジ。「強いチームを」お見せします。
ご声援して頂きました皆々様、本当にありがとうございました。
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2011年12月21日
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