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浜田省吾

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父の日(I am a father)

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今日、6月の第3日曜日は「父の日」だ。
昆明からふるさとの父へ電話をかけてみた。
まず母が受話器を取った。私の妻と子供達がプレゼントを贈ったことを話してくれた。
とても感謝し、喜んでいた。(My家族ありがとう!)
そして父に換わった。父は今年で74歳になる。変わらず元気そうな声でホッとした。

父は二十歳の頃から67歳(たぶん)まで百貨店に勤務していた。その歳まで役職を頂いて仕事を
していたのだから、会社にとって重要な役割を果たしていた人に違いない。仕事をしている頃は、
胸ポケットにチーフを必ず入れたスーツ姿が印象的だった。

しかし、百貨店勤務という事情から、子供と休みが重なる事はなく、父親の印象というと
「仕事をする親父」というイメージが強く残っている。
少ないオフの思い出といえば、幼少の頃に絵を時々描いてくれた。汽車に飛行機。
当時はとても精巧に見えてかっこよかったが、今思い出せば、飛行機は零式戦闘機やB29だったと思う。
少年時代に戦争を経験したのだから当然のことだろう。

園児の頃は仕事の休みが月曜日だったため、月曜日だけはバス停に迎えに来てくれたことを覚えている。そして家に帰るとテレビに「遠山の金さん」が流れ、父は寝っころがって、新聞やサンデー毎日に
目を通している光景が思い出される。

私は次男だったため、昔から父親に「将来は東京でも大阪でも自由に行けばよい、ブラジルでも
かまわない。」と言われていた。たぶん、やりたいことを見つけて頑張れ!という意味であろう。
しかし、なぜかブラジルの言葉がついてきた。海外でも何処でもいいからという意味であろう。
親父の時代には、ふるさとからもそれだけ沢山の人が夢を持ってブラジルへ渡ったのだろう。

高校生まで一緒に住んでいた頃は、反抗することもかっこ良い事と思っていたと思う。
本当は照れくさくて、なるべく親父との会話を避けていた気もする。

親父がこの歳になっても元気でいてくれる事が心からうれしいという気持ちになった。
なるべく会って親孝行をしたいと近年は特に思う。しかし、東京と鳥取の距離は遠い。
たまに会うと、やはり自分は昔のままだ。照れがあるのだろう。会話が少なくなってしまう。
とにかく自分が親になって、親のありがたみが良くわかった。
親父、ありがとう!勿論おふくろも。そして、益々元気でな!!

最後に文庫本と曲の紹介です。

○父の目方(選:宮本輝)「寄せられた35人の父の思い出。子から見る父の姿が綴られた、真実の
内容です。かなり感動します。」

○I am a father(詩、曲:浜田省吾)「家族、子供を持つお父さんへの応援歌です。家族への愛をストレートなロックなサウンドで歌い上げています。純粋に魂に響き、涙があふれてきそうです。」

少年だった自分も今では2人娘の父親「I am a father」です。頑張らなきゃ。
今日は長くなりました。

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