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ホラー小説の巨匠スティーブン・キング原作、フランク・ダラボン監督作品。このコンビでは『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』に継ぐ三作目。 本作品のラストは原作から変更されており完全にオリジナルである。“結末の無い結末”であった原作のラストを原作者の了承のうえで差し替えたとのこと。因みに原作者はこの結末を気に入り「執筆中にこの結末を思いついていればこのとおりにしたのに」と絶賛。ここに原作者の意図を読み解く鍵があるのかもしれない。 ストーリ展開としては同じくキング原作の「セル」なんかも良く似ている。閉塞的な状況が閉ざされた空間なのかある程度自由の利く世界なのかという違いはあろうが。 メイン州のとある町を襲う史上最も激しい雷雨。そしてその雷雨の後に町を覆った霧。霧に潜む見たこともない化け物。屋外の霧の中に出て行けば正体不明の化け物の餌食に。スーパーマーケットに閉じ込められた人々は生き残りと状況打開のために動き出す。極限まで追い詰められた状況の中で希望に望みを託すもの、宗教にすがるもの、さまざまな考えが交錯し、争いや懐疑を生み出す。神の預言に従い”生け贄”を差し出し救いを求めようとする一群、かたや自らの行動で状況を打開しようとする少人数のグループ。そしてそのグループは自分達の力で生き延びるべくスーパーマーケットを出て外の世界に飛び出していくのだが・・・。 この結末は納得できないという人も多い。もしこれがハッピーエンドだとしたら「最後まで希望を捨てずに頑張ることが大事なんだ」ってことですごく分かりやすいだろう。でもこういう結末に納得しているということは原作者や監督が言いたいポイントがそういうことじゃないんだろうね。 極限の状態での判断や意思決定や言動は、傍観者たる我々が判断すれば、「あいつは狂ってる」とか「あいつは嫉妬心(僻みやいじけ)で正常に物事を考えられなくなっている」ってことになるんだろうね。僕自身、俄か預言者のミセス・カーマディをオリーが銃で撃ったときには不謹慎にも「よくやった、お前は正しい!」なんて呟いたりしたもんね。が、本当はどっちが正しいとか何が正しいとか誰にも分からないのかもしれない。 あと少し決断を遅らせていればハッピーエンドになっていたかもしれないし、(映画でその結末が語られていないのだから)実は俄か預言者に率いられた一群は助かっているかもしれないのだ。そして自分達の宗教観をますます強めたかもしれないのだ。あるいは同じ状況設定でミセス・カーマディを主人公に映画を作ったらもしかしたしたら『アイ・アム・レジェンド』になることだってありうる。結果で物事を判断してはいけないし、自分達の論理(それが一般的な正義という概念に則っていたとしても)による判断や決断や行動が正しい結果を生まないこともあるのがリアリティーであろう。自分の置かれた立場によって物事はまったく違って見えるということもできる。ショーシャンク・・・のアンディーは成功例であるが見えないところで失敗例は一杯あるってことも言える。 ある意味、アメリカが911のパニック的ショックで閉塞状態に陥った以降自分達の論理を振りかざして取った一連の行動が裏目裏目に出ていることを象徴さえしているようにも思える(考えすぎ?)。 いわゆる社会的弱者が理不尽に苛められて苛められてそれでも頑張って生きてきたのに結局は不幸なまま悲惨な最期を遂げたなんていうストーリーならとても後味の悪い作品なんだろうけれど、この作品にそういう後味の悪さを感じなかったのは、原作者の状況設定の巧みさと作品に込められた主張の賜物だと思う。
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なるほど、と思いました、アポロさんの『アメリカが911のパニック的ショックで閉塞状態に陥った以降自分達の論理を振りかざして取った一連の行動が裏目裏目に出ていることを象徴さえしているよう・・・』という考えは正しいように思えます。
ショックな作品ではありましたが
観てよかった!
そんな作品です。
TBさせていただきますね♪
2009/4/1(水) 午後 0:57 [ ☆chikori☆ ]
コメントありがとうございます。
私自身911の時にはマンハッタンでこの世の終わりかもしれないという体験をしましたので何かにつけて911に結び付けて考えてしまうというきらいはありますが、この映画は自分達の論理の振りかざしがいかに危ういものかというのを考えさせられる映画でした。
2009/4/1(水) 午後 1:49 [ アポロ ]