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その1から続く・・・・・・・・・・ 【前半】 Kick Off直後から、シカゴ団の動きはNYチームを上回っていた。FWのボール奪取には力強さがあり、BKは攻守ともに前進を意識していた。 前半10分。でました〜。駒形の”何だ?この野郎。やるなら、やってやるぞ。“と喧嘩を挑発。亀井は、思った。「駒形さん、またやってはるわぁ。俺も挑発したいけど、レフリー(三本)に成敗されんのん、いつも俺やもんなぁ。」亀井はここで堪えたが、後に成敗されることを、彼は当然このとき予感していなかった。 NYチームに焦りがでてきた。ボールが奪えない、前進できない。故にペナルティが多発しだした。殆どがNY陣でゲームが進行していた。しかし、シカゴラグビー少年団は敵ゴール前まで進んでも、トライが奪えなかった。 この時、フィールドの外で待機していたロマンス・グレー三戸は苛立っていた。この苛立ちが、後に彼を年齢と相反する動きにさせることとなる。 前半(25分)終了。スコアは、0−0の均衡であった。後半に向けて、シカゴ団は相手の動きを封じ込め、FWでどんどん前進する作戦をとることにした。 Chicagoの Kick Offで開始。Kick Offがダイレクトでタッチラインを越え、NYはスクラムを選択した。そのNYボールのフィールド中央スクラムを、シカゴFWはPushした。左に回ったスクラムサイドから、左フランカー田代がボールを拾い、敵SOへ「どすこい」と体当たり。基本に忠実なダウンボールからラック形成。素早く活きたボールが出され、右へ展開するが、SH木村のパスはショートバウンドとなった。そのボールをCTB三戸が好捕のうえ、敵CTBのタックルを素早くかわしきり、40mを独走。敵ゴール前でNYチームのデフェンスに追いつかれるが、NYふたりのタックルを引き摺りながら、驚異的な足腰のロマンスグレーは、右中間へ両軍の初トライをもたらした。 Chicago 5 − 0 New York 7分 NY陣22m左中間でChicagoはペナルティキックを獲得。NYチームがそのペナルティに対 して、ラグビー協会公認レフリーの三本に暴言を吐いた。その暴言に対するペナルティにより、 更に10m前進。SH木村のチョン蹴から右に展開しようとしたが、そこにはSO大春ではな く、マウスピースをつけて「映画・猿の惑星」のメイク状態の右フランカー小嶋がパスを待ち 受けていた。ボールはショートバウンドとなり、小嶋はボールをトンネルとなったが、FB寺 尾がボールを拾い、NYのBKの裏へショートパントを上げ、自ら好捕。そのままNYデフェ ンスふたりにタックルされながら、右中間にトライ。寺尾はトライ後のゴールも成功させ、更 に2点が追加された。 NY陣ゴール前5m右中間NYボールスクラム。シカゴFWは、強いPushから敵ボールを奪 い、No.8寺林が、左スクラムサイドを大きな顔の重量を利用して、強引にトライ。 Chicago 17−0 New York しかし、スクラムトライ後の敵Kick Offから、フッカー亀井とロック服部がお見合いとなり、ボールを確保できずに、敵ボールスクラムとなった。 トライ後の気の緩みに、「大魔神怒る」が炸裂。服部を蹴るつもりであったが、近くに居た亀井を蹴りつけた。大映映画「大魔神怒る」では、大魔神は悪いお代官を成敗するのであるが、我大魔神は団員を成敗する。亀井はレフリーではなく、大魔神に成敗された。亀井は今回も納得のできない成敗のようであった。 又、大春は、疲れの見えた長老プロップのブル福田に、「ここでスクラムを押せ!」と一喝。地検特捜部の脅しにも屈しなっかた50歳を越えた福田は、大春の言葉に燃えた。 後半15分。NY副将フランカーの北林の独走トライと思われたが、超人的なバッキングアップでタックル。ピンチを救ったロック錨。やはり、朝焼けのマンハッタンで走り込み、駒形を熱くさせた程の男であった。タックル後のこぼれたボールを、Chicago陣ゴールで押さえ込んだのは、薬物中毒疑惑(実は薬物ではなく、栄養補助食品と自分の身体を酷使することの愛好家)の粟島であった。シカゴラグビー少年団は大きなピンチを脱し、全員が完封勝利を目指していた。 シカゴ陣10m右中間NYボールスクラム。NYチーム-は、左オープンに展開。NY CTB浦添が、シカゴBK陣とFW陣の間を突破。そのまま左中間にトライ。 ノーサイドの時刻に、仕事の都合でNYに来られなかった団員達も、各々の地でシカゴラグビー少年団の「勝利」を信じ、心が熱くなっていた。滝は自宅に居ながら、シカゴとニューヨークの時差を忘れ、「少年団勝利」の連絡がこないことに苛立っていた。 芳賀は、緊急の仕事に対処しながら、常に時計を気にしていた。 状況はどうであれ、すべてのシカゴラグビー少年団員が、目標・課題をもった練習に励み、呑み会では友としてのコミュニケーションを通じて、心がひとつになっていたことが、大きな勝因と思える。 FW:1駒形 2亀井−脇 3山田 4服部 5錨 6田代 7小嶋 8寺林 HB:9木村 10大春 BK:11駒谷 12沼野 13成澤 14粟島 FB:15寺尾 FW:1福田 2山口−亀井 3山田 4副島−服部 5錨 6田代 7小嶋 8寺林 HB:9木村 10大春 BK:11山田 12沼野 13三戸 14粟島 FB:15寺尾 レフリー:三本 タッチジャッジ:渡辺・植木 ビデオ収録:大場 【懇親】 シカゴとNYの対戦後、シカゴ団とNY団の混成チームでIRISHのCT GEY RFCと対戦。 IRISHチームは、基本に忠実なプレーを披露。寛平(小嶋)は、プロップで出場しながら、モール・ラックでも全てのボールに絡んでいた。又、50歳を超過したブル福田も重いスクラムに耐え、明日への活力を補充していた。植木もボールへの執念を全身から彷彿させる姿を見せた。 CT GEY RFC主将のPlayer of the dayとして、シカゴ団 SH木村とNYJ CTB浦添にその賞が与えられた。浦添は言った「シカゴチームの両フランカー(田代・小嶋)のタックルは、ひじょうに痛く、恐ろしかった。」 普通は記念品の授与であるはずが、ウイスキーを一気呑みだけの表彰であった。しかし、木村は大人であった。「この賞は、シカゴラグビー少年団員全員の気持ちがひとつになったから、自分を活かせることができました。この全員の知恵と汗、そして喜びを祝って、このグラスの酒を一気に飲み干します。」と流暢な英語でスピーチをした。副団長の脇の眼が潤んだ。 NYJチームからMVPが発表され、攻守共に大きな活躍をFB寺尾がMVPに輝いた。寺尾は言った「私は、産婦人科医です。普段は遺伝子の研究で毎日電子顕微鏡を凝視しており、ラグビーでストレスを発散しております。このような賞を頂戴して、誠に光栄です。産休。」 Restaurantから二次会への場所が変わり、飲酒の封印を自ら解禁した駒形は美酒に酔った。 シカゴラグビー少年団員全員が、勝利・酒・ゲーム・カラオケ・エメロンシャンプーに深夜まで酔った。 しかし、さすがニューヨーク。午前4時まで営業している居酒屋があった。我々もやはり日本人。二次会からは各自解散をしていたが、気が付いてみると、シカゴラグビー少年団全員がここに集まり、ラーメンを食していた。しかし、体調不良のデトロイト山田とカロリー天敵の田代は、ここには居なかった。 時刻は午前2時を過ぎていたが、駒形は「俺はラグビーをやっていてよかった。シカゴへ来てよかった。シカゴラグビー少年団があってよかった。」と酔ってはいたものの、珍しく標準語でマンハッタンの電柱相手に語っていた。・・・今日は誰が面倒見るの? 駒形管理役 錨。 10月3日。各々勝利と吉牛と摩天楼の余韻に浸りながら、NYのホテルを後にした。 ホテルを後にしたが、日曜日・月曜日とNYに残り、マイクラブを持参して日・月とゴルフに没頭する者もいた。「インク屋さん、あんたや。」 10月4日。諸事情でNY遠征に参加できなかった、芳賀、滝、春名、岸川、昨年ロス・ゴジラから助人で参加したマサシ、シカゴソフトボールチームMJの「荒井注」からお祝いの讃辞が届いた。 交通事故の被害にあい、練習にも試合にも参加できず、NYの遠征に同行して試合をビデオ収録した大場からも、皆を称える讃辞が寄せられた。 試合を目の当たりにして、参加することができないもどかしさを、寺林も木村も昨年経験しており、大場の気持ちを十分理解できていた。 当対戦で、沼野&三戸のタックルにより、足を骨折したNYJの副将河内君へ、シカゴラグビー少年団全員の快気を願うサインをしたラグビーボールを贈ることが決まった。 寺林団長は、NYJに「我々は、NYJに追いつけと練習に励んで参りました。今回の試合では、我々勝利をおさめることができましたが、決してまだまだNYJを追い越したとは思っていません。それよりも、ラグビーを通じて多くの方々と懇意にでき、NYに来ることもできました。ラグビーという友の架け橋を大切にしていきたく思います。」とコメントを残した。 末筆ではありますが、遠征時ホストをしていただいたニューヨーク・オールジャパン・ラグビークラブの皆様にこの場を借りまして、厚く御礼を申し上げます。 これからも、我シカゴラグビー少年団と末永いお付き合いの程、宜しくお願い申し上げます。 終わり・・・・・・・・・・パチパチ(拍手)
こんな長いのよく読んだね、あんた。いやいや読んでくれてありがとう。 |

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