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上の写真は、5月下旬に実家の陸前高田に帰省した際に撮影しました。
お米の苗ですね。^^
奥に見える横に走っている道路は、国道45号線です。
左が大船渡方面、右が気仙沼方面に向かいます。
この国道45号線は津波によって一部が押し流され、県道の上を交差して橋のようになっていた部分が無くなってしまいました。
そして、この田んぼの付近でも何体もの遺体が見つかっています。
たきこも、震災直後にこの付近で瓦礫に間から右足が出ているのを見つけて、
あわてて消防団のお兄さんに報告しました。
この田んぼも津波の被害を受け、約1ヶ月前までは瓦礫が散乱している状態でした。
写真奥の右側には、まだ瓦礫が残ってみえます。
そのすぐ後ろにある、家のように見えている建物は、農業試験場でした。
この付近は水田が多く、秋の刈入れ時期になると一面黄金色に見えてきれいです。
でも、今年はどこの田んぼも田植えは出来ないだろうな・・・と思っていました。
瓦礫は撤去されても海水の塩分が残っていますし、
遺体が見つかった場所で水田を再開することに
抵抗を感じている方も多いようだと聞いていましたしね。
だから、この田んぼを見たときはすごく驚きましたね〜。^^
でも、嬉しかった!
「負けずにがんばろう!」と思っているお宅があるんだと知って、元気がでました。
この写真を撮った翌日に田んぼを見にいくと、
おじさんが一人で隅っこの残っている部分を手で田植えしていました。
「おんちゃん、この田んぼは塩害とか大丈夫だんたんですか?」
と聞いてみたら、
「なんだが分がんにゃけんともよ〜、やってみるしかにゃ〜べもんな〜。
こういう時は、馬鹿なやづがいねばなんねんだ〜。」
と言って笑ってました。
このおじさんが言った「馬鹿な奴がいなきゃならない」っていうのはきっと、
「先陣きって前に進む人が必要なんだ」ってコトかな〜と思います。
たきこ、このおじさんをリスペクト!
もう一つ画像があったみたいなので載せました。↑
同じ田んぼを少し違う角度から撮影したものですね。
この画像には写っていませんが、
右手側には上の画像にあった国道45号線が走っています。
この画像の道路、今はきれいですが震災当時は瓦礫で通れませんでした。
道路すぐの後ろの右側のものは、どこからか流されてきたトラックの荷台です。
左のトラックは、たまたま停まっていた復興支援のトラックです。
一番奥には山が見えていて、海から近いようには見えませんが、
ここまで、家の二階部分や車、高田松原の松、電信柱などが流れ着いていました。 |
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来月、瓦礫の撤去に行きたいな♪
本当は今週末行く気満々だったんだけど、予定ありで行けず(泣)
行く時は怖いお兄さんたちにくっ付いて行くのでよろしく(^^)v
炊き出しもやる筈だから、食べに来て〜www
2011/6/20(月) 午前 9:55