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こんばんは、たきこです。
深夜に更新のマイブログ。
彼氏の歯ぎしりに耐えかねて起きてきました。
キリキリいってんじゃないよ〜!もう〜!
昨日から陸前高田の実家に帰省し、本日の夕方に
内陸の一関のアパートに帰ってきました。
陸前高田は内陸より涼しかった〜。
さて、陸前高田も少しづつ変わってきてました。
瓦礫の撤去も進み、本当に「何も無い」風景に近づいてきています。
それはそれで、なんだか切ないような気もしますが・・・
撤去しなければ前に進めませんしね!
キャンプ場「モビリア」には、イオンの仮設店舗が出来ていましたよ〜。
仮設住宅も建っていました。
「モビリア」では震災直後から、たくさんの方が避難生活をおくっていました。
電気が復旧せず、ラジオで情報を得ていた震災後3日目あたりに、
「モビリアでは布団も食料も足りずに、
一日の食事はおにぎりが一個、もしくは何も食べられないこともある・・・」
という話がラジオから流れていて、
食料に若干の余裕があった我が家から、少しでも食べ物を届けよう!と思い立ち、
翌日、弟と二人で瓦礫でいっぱいの道なき道を車で向かったのでした。
布団、毛布、お米、パン、お菓子、風邪薬、マスク、消毒液、電池、ラジオなど、
どれも本当に少しづつでしたが、あれば何かの役に立つだろうと思い届けました。
到着すると、玄関付近の椅子に沢山の方がもたれかかるように座っていて、
子供たちも憔悴しきった様子でうなだれていました。
泣く元気さえないように見えました。
雪の舞う日だったのに、衣類も不足しているためか
薄着で丸くなっている方も多く、
「早く救援物資が届きますように」と願わずにはいられませんでした。
今日、仮設住宅の付近では子供たちが元気に遊んでいました。
やっぱり子供は元気に駆け回っているほうがいい!
子供たちにはもう二度と、
泣く気力さえ失ってしまうような思いをさせたくはないですね。
そのためには今、わたしたちの世代が頑張らなくては!と思います。
すぐに町の復興ができるわけではなく、
次の世代、また次の世代・・・と受け継ぎながら、
少しづつ「懐かしくて新しい、陸前高田」になったらいいなと感じています。
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