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実は私の友達に朝日新聞ファンは結構、いる。
会社の隣の席のおじさんだって、「昨日の朝日新聞にこんな写真載ってた。いいやろ。」って言っては美しい写真の切り抜きをくれる。私の机の透明シートの下は犬や鳥や風景の写真だらけだ。 中学の同級生は、結婚して親から独立すると自分の意志で朝日新聞を購読。「私はこれから一生朝日新聞。」って言う。「朝日新聞のどこが好き?」「社説っ!!」って勢いよく返事して「ひえぇ〜!」て私を驚かせた。 友人OLは、勤務先にいつも朝日新聞を持って行って昼休みに読んでいる。 前回の記事では朝日読者のお友達をむくれさせたかしら〜?でも大丈夫よ。私が今迄朝日新聞本社宛てに送った手紙にはもっと大胆なこととか書いたし。え?、もっとだめって。 一生懸命一生懸命お返事してくださるの。 朝日記者の方って女性にキツイこと言われたらショックみたい。涙目になってる時もある。え〜ちょっと泣かないでよぉって私は慌てていたりするのだけど。でも。そうやって書いた記事って読んだらすごくいいの。人間味溢れていて。かわいいし。で、私は片目瞑って「いいねっ、この紙面。私もっと怒ってるふり続けようかな。」ってくすくす笑ってる。 賞賛の言葉は多くの朝日読者の方々から沢山きてるんでしょ。私の感想もそれと同じだから。「同じだからわざわざ言わなくてもいいでしょ。」って内心つぶやいて、じゃ、今度これ。次はあれ。って手紙で私のギモンとか要望とか書き続けてました。
私が手紙書いて朝日記者の方が紙面で返事。「紙面が記者の答えの全てだ。」って姿勢なんですよね。 だんだん私はしんどくなってくる。私が手紙書いて、返事は朝日紙面。ふつうじゃないよね。こういう文通。 重くなってきた。私個人に語るんじゃなくて、何百万人かの朝日読者全員に語るというカタチですか。ふつうじゃない。ふつうじゃない状態って、時々悲しい。悲しくて私は時々癇癪起こす。 ・・・・・・・・・
前回の記事は週刊朝日を持ち上げ過ぎたかなあって、私は今そういうことを気にしてる。
以前私は役所の受付をしていて、報道記者の人達とも日々接していた。「私の家は日経新聞を取っているんです。父が日経シンパだから。うちは一生日経新聞。」って言っても朝日記者の方々は穏やかな笑顔でした。現在の私のいる職場は新聞を置いてないから「朝日新聞は時々図書館に
行った時に読んでます。」って言っても「いいんですよ。い〜んですよ。図書館で朝日新聞読んでくれたって。」って、朝日新聞記者の方はおおらか(?)だった。ここだけの話、朝日記者の人達って同業他社にはフレンドリーだけど、センパイとか同じ会社の人を私が褒めると「ナンダヨ。ドコガイインダヨー」ってむくれたりした。我が強いのかしらん。 「あなた霊感あるんじゃない?」って私はたまに友人知人に言われることがある。別に霊が見えるとかいうのはないのだけど。目に見えないある強い感情が空中を伝って私の肌で感じることがある。インスピレーションがピピっと来る時もある。日常的ではないんだけれども。勘は結構あたるほう。(宝くじは当たらないけど)
今空気を伝って感じてること。週刊朝日を持ち上げ過ぎて、「ナンダヨ。一生懸命取材してる僕達のことはちっとも褒めないのに、あんたが会ったこともない週刊朝日のスタッフを絶賛して〜〜」ってむくれてるような・・・(これはあくまで”感じ”で、ジジツとは別ものですが。)
あのね週刊朝日って、私にとったら本なの。本。たんなる本。たまたま手に取った本が「いいこと書いてるやん!」ってそれだけのことだし。週刊朝日より朝日新聞の方が私は百倍だいじだから。
あ〜、私は何書いてるんだろ。これ読んでるブロ友の皆様、気にせず私をほっといてください。(~_~;)
先週の水曜日久しぶりに近所の図書館に行きました。家で購読している日経新聞以外の新聞読んでました。新春から朝日新聞がスタートさせた特集は「教育」。効果、成果を上げてる教育現場に国内だけでなく海外まで足を運んで深く取材していてすごくよかった。
現在子供達が受けてる教育が今後の日本の方向性を決める。未来の社会に影響を与える。教育はすごく大切なことがらだから、良きモデルを紹介したり提案している真摯な姿勢がすごくよかった。 私の家の近所の図書館は平日は17時で閉館なのだけど、月・水は19時迄あいてるので、会社帰りに寄って新聞読むことがある。ぱぁ〜っと走り読みしてるから、内容を網羅してはいないのだけれど。
ある地方自治体で保険所が殺処分される犬の状況を敢えて公開しているという記事に心を打たれた。 ペットブームの一方で簡単に犬を保険所に連れていく飼い主も後を絶たない。飼い主の意識に訴えるために犬の悲しい最期を知らせようとする保険所の職員の方々の辛い気持。可哀想な動物が減ることを願って書かれたことが伝わる記事。 私は犬が大好きで、殺処分される犬のことを思うとつらくてつらくてたまらないから、そういう事実は自分の意識から引き離そうということを普段はしているのだけれど、その記事は一生懸命読みました。 この頁の最期を犬で締めると、朝日新聞の人達に笑われるかな。「らしいな。」って。 20代くらい迄は、こんな自分でイラスト描いたお手製便箋で友達に手紙書いてたんだけれど、朝日新聞社宛にもこれ使って書き送ったりしましたよ。
空港で働いていた頃は、お友達のYS副操縦士くんが結婚した時、自分でイラスト描いて祝電送り、あとにその絵使って便箋作ったり。 お友達をモデルに、可愛い女の子描いて便箋作って本人にプレゼントしたり。
子供の頃から私は絵を描くことが好きでした。文章も懇々と書いてしまう。市販の便箋はスペース小さいし、自分でイラスト描きながら文章も書いてるうちに、自分で使い勝手の良い便箋を手作りするようになって。今はもうペン持ったら自然に絵を描いちゃう手ではなくなってるし、便箋は市販のを使ってますが。
でもこうして自分がかつて使っていた便箋見てたら、なんだかほんわか。よい感情が湧いてきたのが自分で意外。あの時、一生懸命だった。青春してたよねって。私の過去はけっこう素敵なものだったんだ〜〜って、そんなこと感じてました。
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