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鶴丸マークのついたDC10。私が世界一好きな飛行機だった。DC10の姿容が好きだった。鶴丸マークが好きだった。
鶴丸マークが姿を消した時私はすごく落胆していた。あのロゴは日本の伝統美を表現し、優雅で洗練されて、他に類を見ないものだった。
今日、2011年2月28日JAL鶴丸マーク復活。
再び写真でこのマークを見て、私の心に希望の光が広がりうきうきしている。 鶴が大きく羽ばたき翼で輪を描いている、なんと縁起のよいデザインなのだろう。 この鶴さん、(顔は見えないけれど)にっこり微笑んでいるような感じがする。そして誇らしげだ。 2002年に日本航空・日本エアシステムの経営統合してから、様々な混乱や苦悩があったと聞いている。けれど困難を乗り越え、この翼ですべてを包んで再出発してほしい。 ふたたび、フラッグキャリアを目指してほしい。 |
航空界
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会社帰りに母が入院している病院に通う毎日で、新聞を見る余裕もないのですが、昨日の土曜日は、自宅から病院に向かう途中で図書館に寄り、久々に新聞を見ていました。
10月30日の朝日新聞の社説に目がとまりました。 数年前起きた航空機のニアミス事故で航空管制官の有罪が確定したことについて書かれてました。 私の父は管制官でした。私自身かつて大阪国際空港でアルバイトしていたことがありました。 その頃は父の同僚の管制官の方々に可愛がって頂き、日航、全日空、旧JAS の乗員さんたちにも親切にされて、一緒にテニスなど楽しんだりしました。 航空界には、「航空安全会議」といってパイロット・管制官・客室乗務員・ 整備士など、官・民の組合が力を合わせて航空の安全を守っていこうとする組織があります。 航空界に身を置く人達は空が好き。航空の安全を魂の奥底から願っています。 共通する同じ思いを胸に、職場の垣根を取り払って各職場、各分野の人達が力を合わせて、空の安全を守るために尽力しているのです。 私は当時アルバイトとはいえ国交省の窓口業務をしていました。 官庁、航空会社、マスコミ…‥様々な職場の方々の対応をし、プライベートでも 一緒に食事したりお酒を飲みに行ったり。 それぞれの考えや、主張などを聞きながら、それぞれに立場が違うため言い分も違ってきていることを感じながら、胸に秘めていました。国の機関で働いていたので公平中立を求められていたのです。 公務員は、世論の批判を受けることも多いですが、法を守るということに於いては愚直なんですよね。利益追求する職場ではないので、その良さもあると思います。(勿論そのことによる欠点もありますが) 色をつけず、偏った考え方をしないよう自分に言い聞かせ「中立で」と淡々と
窓口業務をこなしながら私は、「あれれれ・・・?」となっていたことがあります。 航空機の異常運航があった時、航空会社は機体の異常については公にならないよう多大な労力を払うのに、その機体を操縦していたパイロットの名前最初からパッとマスコミに出すのです。
航空機の異常運航には様々な要因が絡むのに、いつも「パイロットの操縦ミス」と報道され、パイロットは「記者はいつもパイロットのせいにする。」と憤慨し、事態を知っている管制官は「記者はまた間違った記事を書いてるな」と吐き捨てる。 三者三様の状況が見える私は、「記者は自分の考えで記事を書いているのではなく、記者が取材した航空会社の責任者が発表した通りのことを書いているにすぎない。誤った発表をしているのは、パイロットの貴方が所属する会社の……」と、胸の中で叫んで悶々としている。
「機体の異常が原因と言うことになれば、そのあと莫大な費用がかかってくることになる。多くの関係者が責任を問われるが、操縦ミスとなればパイロット一人に責任を押しつけたらよい。」 そんな航空会社の思惑が透けて見える。 国交省航空局は、航空機事故があっても管制官など航空局職員の名前は出さないんです。管制官など航空局職員が属する全運輸労働組合との取り決めにおいて、職員の名前は出さず、トップの空港長・次長が責任を取ることになっていた。
国交省航空局と航空会社の職場環境の違いに私は愕然としていました。 事故があった時、航空局は職員を守ろうとするが、利益を追求しなければならない航空会社は、たった一人のパイロットに全ての責任を押し付けてしまうのです。 今回のニアミス事故での管制官有罪判決において、警察・検察が捜査に乗り出した刑事事件となったため否応なしに管制官の名前が発表されるという事態になった。
警察・検察はたった一人の犯人を摘発することが仕事ですものね。 全運輸労働組合が大ショックを受ける出来事です。 航空機の安全運航を願って一生懸命働いてきた仲間が自分の思いとは、全く別のところで犯罪者となり、職を解かれることになってしまった。
関係者の方々は大変な心労だと思います。でも、空港を去り今、離れたところからこの件を見つめる私は客観的な目線でいる。 今迄、航空会社の乗員さん達がこのような苦しみを味わってきた。それと同じような境遇になり、その苦しみを自分のものとして受けたら、そのことをばねに、航空会社の組合とより強く協力して、真に安全な空を目指すために前進していってほしい。 たった一人の犯人を見つけた人が「手柄だ」と喜ぶのではなく、複合的に原因を究明して航空機事故が二度と起こらないよう、しくみが改善されることを切に望みます。乗客ひとりひとりの命を守るために。
今、官・民の航空関係者が一体となり、航空安全会議が先頭を切って空の安全を守ってゆく姿勢を国民に示す時です。
私が航空関係者だった時「誠実に仕事をしていればいつかきっと通じる。」という、純情な人達の中にいました。
現在その場所から離れたところにいる私は思う。
「言わなきゃわからないよ。言わなきゃ通じないよ。」 −
態度だけでなく、言葉も尽くさなければならない。
航空安全会議は、国民の命を預かる仕事に携わっている航空従事者の組織として、国民に語らなければなりません。
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