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パチンコ業界から沢山お金を貰っている議員がいるからです。」
「中国がほしがっている情報をNHKがずっと提供しているんですが、中国とNHKはどういう関係なんですか。」 |

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作家西村幸祐氏、朝日新聞東岡徹記者のTwitterを9月1日のFBで俎上に。
【朝日新聞が中国と韓国から熱烈接待を受けているということは、朝日紙面を見たら丸わかりですよね。
日本の国民の大多数が「嫌いだ」「嫌いだ」と不快感を持ち、ネットでもマスコミは中韓の報道ばかり、見たくもないんだ、いい加減にしてくれという声が溢れているのに、ひたすら中国、韓国の意向をくむ報道を続けているんですもの。 狂っていますよね。 そのことで回り回って現在朝日新聞は罵倒され、読者離れを起こして窮地に陥っているのに、この両国に恨み節を言うこともなく、相変わらず取りすがり続けている。なんでなの 不思議で仕方がない。】 ☝
これは、私が西村先生のFBに書き込んだコメントですけれども、ほんとうに、なぜ朝日新聞は国民の大批判の声を浴びながらも、中韓にとりすがり続けるのか、不思議で仕方ありません。
私がかつて記者クラブで働いていた時は、朝日新聞記者の人達はどこからも贈り物を受け取らず、また、取材相手から食事を奢ってもらったら、自費で奢り返すということをやっていたし、航空会社やJRの「見学会」を名目とした接待旅行に各社の記者の人達が参加していても、朝日新聞は参加していなかったんです。
「公平な記事をかくために接待は受けない」と、それは、記者の取材先となっている様々な組織の人達はよく御存知です。 なのに、なんでなの❔ 今までそうやって毅然と日本国内での接待を断ってきたのは、中国、韓国政府にとっての有利な記事を書くためだったの❔と、私は今茫然としています。 |

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Facebookで、私は政治的な発言をしています。時間がなくても、クリック一つでシェアできるから手軽。そうやって記事を重ねていくと前の記事が埋もれて見ることが出来なくなってしまいます。
また、FBF(Facebookの友達)の記事にコメント書き込んでいるうちに熱が入って長文になることも。 そういった文章を、私のための資料としても、ブログに残しておきたいと思うようになりました。
先週の土曜日に、私が産経新聞の方のFBに書き込んだコメントを、こちらに転載します。
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(これは産経新聞の社員の方のFBです)
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(こっちは私の、産経の方へのメッセージ)
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【今から数年前、ネットの普及が急ピッチとなり、若者の新聞離れが進んでいるということで新聞社が危機感を持ち、日本新聞協会が、どうしたら若者に新聞を読んでもらうことができるかという特集を組んだことがありました。
その当時は私は、一読者として、朝日新聞宛に「新聞に望むこと」として、紙面への要望、提言を手紙に書いていて、朝日幹部が私の手紙内容に沿って紙面で応えてくれていました。 なぜ朝日新聞が私の言葉に真剣に対応していたのか、説明すると長くなるので、以前ブログに書いたことをこちらに貼って説明の代わりにします。 (http://blogs.yahoo.co.jp/rurihime169/34593319.html)
かつて私は官庁の記者クラブの受付の仕事をしていました。 ふつうのOLの友人達と日常、様々な会話をしている私にとって、記者の人達が追いかけている新聞ダネは、私達の普通の感覚と乖離していたし、本当に私達が望んでいる情報ではなかった。 記者の人達が毎日会っている人達って、役所、会社の幹部や、広報担当官という、一部の特殊な人達なんですね。 そのような人達から得た情報のみで紙面作りしていたら、一般市民の感覚とかけ離れてしまうことは当然だし、新聞はもっともっと面白くすることが出来るし、もっともっと市民に必要とされるものにするノリシロがいくらでもあると、感じていました。 実際私が、記者クラブで働いていた時に、一読者として夕刊の文化ページに葉書で意見を書き送り、私の言葉を紙面に活かしてもらっていた時に、夕刊編集長から私に届いたお手紙には、日頃読者から朝日新聞に届く手紙を読んでいて、どうも自分たちの意識と読者の感覚と乖離しているんではないかと感じて、悩んでいると、書かれてありました。 記者の人達の日常の姿を知り、また、組織の幹部も知り、一般市民の感覚もわかっていた私が、朝日新聞宛に書く手紙は、重宝されました。 私が投げかけた疑問に対して、朝日新聞が一面使って、順々に返事してくださることも何度かありました。 それは、私という対象への言葉だったけれども、紙面では「読者の皆さまへ」と、読者全てに語り掛ける形となり、誠実に、謙虚に、読者一人一人に語り掛けているような紙面は素晴らしいものになっていて、反響も良く、読者からの朝日新聞への信頼感を高めることにもなっていきました。 話を冒頭に戻します。 若者の新聞離れに危機感を持ち、若者に新聞に興味を持ってもらうにはどうしたらいいのかと、識者を集めて討論してもらう企画が新聞に載ったことがありました。 その中で参加者が、今は新聞に関心を示さない若者でも、放っておけばそのうち読むようになるという発言をしていて、それに同調する声がありました。 それについて、私は親しい朝日記者宛ての手紙の中で書きました。 討論会に出席してる人達は、若い頃は大人に批判されながらも「若気のいたり」と言われるような無茶もやってきたと思うけれども、その時分の若い人は既に新聞を読んでいた。 今の若い人が大人になった時に自動的に新聞を読むようになるかというと、そうはならない。 例えば、今のお年寄りは演歌を好みます。でも私達が年取った時に、懐メロとして演歌を聞くようになるかというと、そうはならない。 今、「ヨン様〜 彼女達が年取って、いぶし銀の役者を好むようになったかというと、そうはならなかった。 今の思考、嗜好が年取ったときに、成熟して年に相応しく大転換するかというと、そんなことない。変わりません。 そんな内容を綴りました。でも、頭の中にはその続きがありました。 「しかしながら」と。
「私は現在通勤に、モノレールを使っていて、”モノレール文庫”の本を時々読んでいます。私自身も本を寄付しました。 朝、何冊かモノレール文庫に入れておくと、会社が終わって帰る際に覗いた時、私が寄付した本は全部なくなっています。 本は、読まれなくなったのではなく、只なら人はほしがるのです。 また、これはとてもいけないことなんだけれども、図書館に置いてあった情報誌は、よく持ち去られていて、『このようなことが続くならば、情報誌を置くことは取り止めます』という貼り紙がしてありました。(残念ながら、今その図書館は情報誌を置いていません) ネットで無料の情報がいくらでも入ってくるから、お金を出して活字を読む人は少なくなっていきました。しかし、お金を出してでもほしいという情報で新聞紙面が埋められるようになったら、若者も新聞を購読するのではないですか?」
と、その後に様々な提案を続けたかった。 それまでも、朝日新聞宛てに読者としての要望を書き、叶えてもらってきたけれども、手紙の容量には限りがあるし、書くのに労力かかって時間もかかる。 思ってることの何十分の一も書けない。私は疲労が積み重なってきていました。 それに、朝日の紙面審議委員の人達より効果の上がる提案を私はしているのに、私は無料奉仕。私って都合のいい女 会って話をすることを、朝日新聞の人には求めたけれども、それは拒否されました。 「言いたいことがあったら、手紙でどうぞ。」 と論説主幹から葉書がきました。 それで、それっきりになりました。朝日新聞と。 朝日記者に会ったら渡したいと思って、買っていた本とか、気が付いたことを書き留めていたメモとか、そのまま私の部屋で放置されたままになりました。 これ、渡す相手がいないまま、役立たずのもので終わってしまうのかなと、時々悲しい気持ちでいました。 でも、近年、歴史問題について朝日新聞が虚報を行っていたことを知り、あの時全部伝えてしまわなくて良かったと、今は思っています。 「こうしたら」「ああしたら」、もっと新聞は市民に必要とされるものになるという事柄、私が友人OLや会社の同僚での雑談の中から確信していったことを、本当に市民の幸福を思っている新聞社に伝えたいと思っています。 説明するのに、ここまで書いてだいぶ時間かかって疲れてしまいました。 でも、一つ書いておきたい。朝日新聞への最後の手紙となったものに、続けて書きたくて、でも余力が残っていなくて書けなかったこと。 若者の活字離れが進んでいることを、新聞社は大変心配しているのだけれども、小さい子供のうちから活字に親しむ習慣をつけることが大切だと思います。 私はもの心ついた時、母が枕元で絵本を読んで聞かせていました。 高校生になった頃にそのことを母が私に言ったのですが、私が2歳の時、絵本を読んできかせたら、そのまま文章を復唱したから、すごくビックリした。この子は天才だと思って将来英語とかペラペラになるかと期待したけれど、大きくなってみたら、大したことなかったね〜と笑っていました。 覚えてるんですね、そのことを私。小さい子供ながら、母が読む文章を一字一句そのまま言うことができるぞと。 私がそれをしたら、母は小さいのにスゴイと驚くだろうと思いながら諳んじていた幼子でした。 小さい子供は真っ白の状態だけれども、無限の可能性を秘め、底知れぬ力を持っていると思います。 天才を育てた母親の話をどこかで読んだことがあるのですが、子どもが小さい頃に毎日本を読んで聞かせていたそうです。 私は優秀な人間には育たなかったけれども(爆)、幼い頃から本に親しんでいたら、活字好きにはなるでしょう。 記者の人達は、取材先で疎まれながら特ダネ探しに必至になるより、「子供を天才に育てた母親の教育方法」なんて、世のお母さんが大いに関心を持つ記事で、幼い頃からの読書を推奨することが、将来の新聞離れをくい止めることになると思います。 自治体によっては、「ブックスタート」といって、0歳児健診などの機会に、「絵本を楽しむ体験」をプレゼントする活動をしていますね。 そういう活動を大きく紹介して、小さい頃からどんどん本を読もうというキャンペーンをしたらいいと思います。】 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
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【私が記者クラブで働いていた頃に見ていた記者の人達の姿は、毎日特ダネを追いかけることに執心していて、余裕がありませんでした。
その特ダネとは「悪い」事柄。組織の人間が、ミスや、収賄などの犯罪を起こせば記者の人達は飛びつくのですが、その対象となる人の役職が高ければ高いほど、特ダネとしての価値も比例して高くなります。 そんな特ダネをスクープすることが、記者にとっての最高の栄誉だと、記者の人達は思い込んでおられました。 だから、朝日新聞も、「慰安婦」「吉田調書」では、悪く印象づけられる言葉ばかりをピックアップして、「こんな酷いことが起こった」と大報道する。 それは、事実を誠実に、正確に伝えたものではありません。 記者の人達は、政治家が発言すれば、耳を澄ませて突込みどころを探し出し、こんな失言があったと大騒ぎします。 今の時代、ネットの動画で発言を全部聞くことができるから、「そんな意図で話はしていないじゃないか。しごくまともなことを言ってるじゃないか。」とマスコミ批判の声が起きますよね。 それは朝日新聞に限ったことではありません。 新聞は、インパクトのある言葉を切り取って、センセーショナル報道をしてきました。それが読者の望む新聞紙面のあり方だと信じられ、「なんの変哲もない凡庸な内容では、読者は読まない。」と、先輩記者から後輩記者へと教えられてきました。 それって、読者のことをばかにし過ぎです。現代人は学校で高等教育を受けてきてるんですよ。 発生した事柄の一部分を短く切り取って、拡声器で叫ぶように連呼してる新聞紙面なんて、深みも面白みもないし、何の役にも立ちません。 ただ事実を、色を付けずに淡々と報道してほしいです。演出された紙面なんてお金払って読む価値は全くありません。 なぜ記者の人たちが、こういう仕事のやり方をするようになったのか。調べたら戦後、GHQが日本を弱体化するために日本のメディアを指導しているんですね。 政治の世界においては、ある政治家が真に国民の幸福に繋がる政策を行おうとしていても、それを国民が知り、国民が応援する仕組みにはなっていない。 政治家=権力者。権力者を褒めるのはメディアにとってあるまじき行為。とにかく批判しなければならないと、政治家を叩くスキャンダルを目を凝らして探し出し、失脚させて、政策を頓挫させる。 企業の不手際があれば、取り返しのつかない悪事を働いたかのように大報道し、企業は倒産に追い込まれる。その結果、多くの失業者が出て、税収も減り、マスコミにとって広告料を払ってくれるスポンサーも1つなくなってしまう。 ・・・・・・ 日本の良いところはスルーして、虫眼鏡で悪いことを探し出して針小棒大に報道することで、日本のメディアは、日本社会に閉塞感をもたらしてきたのではないですか。 悪い事柄があれば、指摘することは大切です。 だけれども、なぜそういう状況に至ったのかという、冷静な検証と、立ち直ることを見守るという温かな眼差しのこもった包容力が必要なのではないでしょうか。 (朝日新聞は、中国や韓国に対しては有り余るほどの包容力がありますけれどもね。#`・_・´)】 |

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