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わが家のすぐ近くに水神様の小さな祠があります。
それは、田んぼの土手にちょこんとお祀りされています。 その祠から500メートル位離れた所が水の湧き出る場所です。 それは、木の根っこの磐の割れ目から湧き出る水!! 今はもうその木の根っこからは湧いてこない水!!! でも、でも・・・今、
その水はわが家の庭の隅っこから湧き出ています。私が生まれた日に突然湧き出た水。 その水が湧き出ていたそばには、神代の頃にスサノオ尊の御田とされ、今も田植えの時期はしめ縄を張りめぐらせる御供田とよばれる田んぼがあります。 小さな祠は、 明治33年の春、田んぼの土手に地主さんの意向で祀られたみたいでした。 その小さな祠はまだ小学校にもなっていない頃からの大好きな遊び場でした。 春には花を飾り、夏には日傘を差し掛け、秋にはお月見のお団子を供え、冬には祠にマフラーを巻きかけて・・・ 毎日のようにその祠のそばで遊んだものです。 時代の移り変わりなのでしょうか。 いつの間にか田んぼの土手は草ぼうぼうの藪になってしまい、地主さん宅も3代の世代交代があり、水神様を祀った小さな祠は藪に覆われ、その位置さえも判らなくなってしまいました。 現在の地主さんは、自分の土地に他人が足を踏み入れることを望まれなかったため お参りする人も全くなくなり、雑木の混じった藪に覆われてしまったのです。 一年に一度、大晦日に、一年の無事を感謝する意味で私たち家族がお参りするだけとなりました。 藪をかき分けながら・・・ 地主さんに遠慮しながら・・・ 大好きだった水神様の祠に野の花をお供えしていた頃からずいぶん時が経ってしまった六年前の年末に、現在の地主さんに幾度もお願いをして、ようやく畳4〜5枚程度の広さの藪を切り開くお許しをいただくことができました。 私の背丈の倍はある笹竹と小さい雑木の藪を切り開くのに半日かかり、あの小さな祠のすぐそばまで二十年ぶりに行くことが出来ました。 切り開いて進んだ藪の中に祠が見えたときの哀しさ・・・ 嬉しさよりも哀しさの方が先でした。。。 枯れ葉に埋もれて、蔓植物が巻き付いて・・・ 待っていてネ!綺麗にするから、もう少し待っていてくださいネ!! と話しかけながら、涙が溢れてきてどうしようもありませんでした。 それからしばらくかかってお掃除をすませ、準備してきた「御神酒」「粗塩」「お米」「湧き水」をお供えしました。 これからは、 お天気の良い日には太陽を、 雪の降る日には雪の結晶を間近にごらんになり 季節のにおいをすぐそばで感じてくださるかなぁ〜 と、以前ブログに書いたことがありました。
それから三年ほどは、年に一度ですがこの祠の周りを切りつけてお掃除をしていました。
しかし、四年目の年末のことでした「もう土地には入らないでください」と地主さんに突然いわれ、結局、祠は以前のように藪にのみ込まれ、年に一度我が家がお詣りをするだけになってしまいました。
今日の祠の様子です。
かろうじて祠が見える離れた場所から手を合わせる毎日です。
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