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* 翌年。五月になって最初の日曜日だった。大きなダンボール箱が二箱届い た。 里子がしゃがんで、土のついたじゃが芋と人参を触りながら、「神様ってい らっしゃるのね」と呟いた。それは、自分だけの胸に留めるような低い声だ った。後ろ向きなので、濱田にはよくは見えないが、里子は、エプロンで顔 を押さえていた。 「差出人の名前はないけど…」 よく見ると、それは、一つが玉ねぎ、もう一つがじゃが芋と人参の入った 箱だった。 その時、俊介が音を立てて走って来て、「小柴さんから電話」と叫んだ。 濱田は、その一瞬で、すべてが理解できた。犬山だ。小柴も差出人のない ダンボールの箱を今しがた受け取ったのだ。 濱田は、俊介に「居ないと言え」というジェスチャーを送った。小柴の感 極まる声を聞くと、電話口で泣いてしまいそうだった。 濱田は、勝手口にあった突っ掛けぞうりを履いて、外へ出た。目の前がゆ らゆらと揺れて霞んだ。そして、彼の足元に熱いものが落ちた。 空は青々と広がり、流れていく風が心地よい。塀越しに、向かいの自転車 屋のおやじが、「ちわ」と挨拶をしたので、ドキリとした。見られまいと、顔 を伏せた。 すると、よく茂った赤いいツツジの根っこに白いものが落ちている。濱田は、 そっとそれを拾った。葉書だった。郵便受けから落ちて、風が運んだのだろ うか。 湯煙の上がる蔵王温泉の旅館の絵葉書を、ゆっくりとひっくり返した。 「前略 心配をかけました。元気です。かみさんと一緒です。小柴と犬山に も宜しく伝えて下さい。いつか、また会おう」 須郷の字だ。昨夜の一雨で、インクが滲んでいる。消印は山形だった。 小柴に電話したい衝動に駆られた。家に入ろうと、向きを変えると、掃除 機をかけている里子の姿が見えた。 濱田は、もう少し、この時間に浸っていたいと思い直した。そして、もう 一度、庭の方を向いて、空を仰いだ。
FIN
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