笠原瑠璃子の真骨頂なつぶやきダイアリー

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瑠璃子(小説連載)

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短編小説「風の音」2

全長二千三百五十九メートルの城壁で取り囲まれていて、

城壁には八つの門と四十以上の塔があり、カラカラ帝の凱

旋門、神殿、公共広場、浴場、邸宅が修復されているが、

床や壁に残るモザイクは、当時の状態のままに保存されて

いるそうだ。

庄野さんは、指示棒で指しながら説明した。

発掘されたモザイク、大理石柱、ブロンズ像、硬貨のう

ち重要なものは、ラバトにある考古学博物館に収められて

いるそうだ。

私は、実際「だから?」と、内心思っていた。

「さあ、下村さん、コーヒーでも飲みましょう」と、庄野

さんは満足そうに言って、暗幕を開けた。

 私は、おばさんが運んでくれたコーヒーを飲み干してか

ら、

「では、五時に約束がありますので、これで失礼します」

と、立ち上がった。すると庄野さんは、

「下村さん、恐れているんですか」と言う。

「え? 何をですか」

「謎が解けるのをです」

庄野さんは、コーヒー碗をテーブルに静かに置いて、す

っと立ち上がった。そして「もう一枚スライドを見るだけで

す」と私の顔を覗いた。

 その日以来、本当のところ私はそのことばかり考えている。

最後のスライドは、図書館で、見ず知らずの私に声をかけて

研究所に導き、庄野さんが見せようとした一枚だった。

「でも、不思議です。なにかの偶然としか思えません」

「僕も不思議だと思いますが、偶然というのはないのかもし

れませんねえ」

「でも…、だからといって」

「そうですよね、困りますよねえ」

 そう言って、庄野さんは白髪まじりの長髪を掻き上げた。

 庄野さんに出会ってから一週間が経つ。

 私は、以前となにも変らない生活をしているが、家の中で

は、立ってうろうろすることが多くなった。時には、調理

場で立ちながらご飯を食べる。新聞も立ちながら読んで、

切り抜きをしてスクラップブックに挟む(そうしたからと

いって読み返したためしはないが)

鍵を開けたら、他人の家でもすぐロックをしてしまう。

先ほどまで使用していたはさみやホッチキスが消えて、探

しまくっていると、いつの間にか元の位置に収めていたり、

ひどいときには貧乏揺すりをしている(他人がすると一番

嫌いな動作だ)すべては無意識の出来事だ。

今日も「摩夜、ちょっとお、聞いてるの?」と友人の梨

香に肩を叩かれ「なによ、ぼんやりして、貧乏揺すりなん

かしちゃって…」と言われて、我に返った。

 私は、焼き鳥屋のカウンターに座り、ビールを飲んでい

たのだ。「そうだ、コンパか」梨香が家まで迎えに来てくれ

たんだっけ…。

私は、いつの間にか「風の道」のことを考えていた。そ

のことを考えると、私はどこか遠くに行ってしまうようだ。

私は、梨香に気付かれないように、そっと親指と人差し

指の間を開いてみた。

 庄野さんは、最後のスライドを映したとき「これは、僕

が発掘したんですよ」と言った。

そして、庄野さんは遠慮せず、私の左手をそっと自分の

方へ引き寄せ、模様を確かめた。

 最後の一枚で、私は観念したような気分になっていたが、

いよいよいい気はしなかった。

 スライドは、左手の親指と人差し指の間に弓矢のような、

剣のような、盃のようなものが上中下と並んでいる。

 手は皮膚の加減でどうともとれるのに、庄野さんは「間

違いない」という顔をした。

「カラカラ族は、二世紀でしょう? 今の私と、どう関係

あるのか庄野さんは説明することができるんですか?」と、

挑んだ。

 庄野さんの性格がストレートだから、私も遠慮はしない

ほうがいい。

庄野さんは、「族」ではありません。カラカラ帝ですと

言い直して、「下村さんは、今の私と言われましたね。そ

れが答えではないでしょうか?」と、したり顔をした。

よくよく考えてみれば、「本当に馬鹿げたことだ」世の

中には、五万と偶然の一致はある。「気にしない、気にし

ない」と思う。

 しかし、私には、庄野さんのことよりも、もっと気にな

ることがあった。

 もっとも、それについては、庄野さんに出会うまで、ま

ったく気にしていなかった。

 庄野さんの考古学研究所に行った翌日、私は本屋に行っ

て、モロッコに関するありたけの本を仕入れた。

 ボルビリスの遺跡はメクネスにあり、カラカラ帝の凱旋

門が青い空に大写しになっている。

「今は昔、巨大な遺跡にローマ帝国の見果てぬ夢がしのば

れる」というキャッチだ。次のページには、遺跡の地図が

詳しく掲載されている。

 私は、日曜日の昼下がり、机に足を乗せてポテトチップ

をかじりながら、メクネス全域の地図を眺めていた。

 ムーレイ・イスマル廟は、壮大な王都建設を夢見ながら、

完成を見ずに死を迎えたムーレイ・イスマルの墓があり、

壁から天井にかけて施されているタイルのモザイクとしっ

くい彫刻の素晴らしさは、イスラム芸術の最高傑作だそう

だ。ムーレイ・イスマル廟の東にあるアル・リー門をくぐ

ると、両側を高い壁に囲まれた道が続く。その道の西側に

王宮があり、その道は、通称「風の道」と呼ばれていて、

名のとおり、壁に挟まれた間を、強い風が吹き抜けていく

…。

 私は、思わず飛び上がった。足を机から下ろした拍子に、

ポテトチップの袋までが一緒に落ちて、床に散らばった。

 なんという偶然だろう。

「下村さん、偶然というのはどうでしょうねえ」庄野さん

のしたり顔が目に浮かぶ。

 私は、長い間探していた風の道がモロッコのメクネスに

あることを初めて知った。

探していたわけではない。よく見る夢ではあったが、あ

れは、私にとって単なる夢に過ぎなかったのだから。

 その夜、私は熱にうなされた。

 夕食を食べてから、熱が出始め、バッファリンを飲み、

アイスノンを枕にして横になった。

私は、うつらうつらしながら夢を見ていた。

「風の道でまた会おう」

何度となく見た夢だった。

黄色に近い赤みがかった壁のある長い道。

私は、白いフードの付いた裾まである服を着ている。誰

かに会いに行くのだろう…。心が急いている。

  私? 私なのだろうか。それは、よく分からない。

強い逆風が吹いて、私は必死で前に進もうとするが風

に負かされて、壁にしがみつく。

ゴオーという音がして、その後ぴたりと風が止み、静寂

が戻るとすぐ「風の道で待っている。風の道でまた会おう」

と聞こえる。

そこで、いつも息苦しくなって目が覚める。

その続きを見たいと無意識に思うのだが、夢はいつもそ

こまでだった。私は真夜中に飛び起き、本をめくった。

風の道の写真がどれかに載っているはずだ。私は、なぜ

だか手が震えていて、ページを上手く開くことができない。

すべてが夢の中のことのようにも思えてくる。そして、私

は小さい写真を見つけた。

「王宮への続く風の道」

電話がしつこく鳴っている。

掃除機をかけていても電話が鳴ると、掃除機を放り投げ、

電話機をめがけて走っていた。今は、電話が鳴っても、間

に合わなければそれでいいか…、と思ってしまう。

「最近、摩夜ちょっと変よ。夢中遊行症みたいね、ホント、

大丈夫?」と梨香が私を見て心配そうに笑った。昨夜から

梨香が泊まっていたのだ。私は、朝になってすっかりその

ことを忘れていた。

「電話だよ。私が出る?」と梨香が言う。

「ああ、ごめんごめん」私は、へらへらとつくり笑いをし

ながら、受話器を握った。

 電話は、庄野さんからだった。

「あれから、どうしているかと思って、電話をしました」

と言う。元気な声だ。

「心配して下さっているんですか?」と嫌味加減に言った

後、自分の無礼さを思った。

 あの日のことは、思い出しても妙な感じだ。実は、庄野

さんのことをインチキなじいさんだと思っていた。思いつ

きで、ヤフーで庄野さんの名前を入れて検索したら、著名

な考古学者だった。権威を信用するわけではないが、考古

学の分野は、まったく分からない。

「あのお、私、行ってみようと思うんです」

ついと口から出た。

「やっぱりそうですか。そうなると思っていましたよ」と

庄野さんは、驚きもしなかった。

「いつですか?」

「いや、あの…、まだなにも決めていないんですけど」

「そうですか。行く前に私に連絡を下さい。いいガイドを

紹介してあげますから」と、さも当たり前のように言って、

電話は切れた。

 滑稽だが、庄野さんの電話の後、私はすっかりその気に

なっていた。その証拠に、私は、その足で旅行会社に出向

いた。そのためにすっかり貯金を叩くことになるけれど、

そういうことはどうでもよかった。

庄野さんは、私が見る夢の話は知らない。

 庄野さんの電話から二週間後、私はモロッコの土を踏ん

でいた。

「いまも月の時間を生きているミステリアスな異国への旅、

日常からものの見事に切り放たれる見知らぬ世界は、この

うえなくスリリングで刺激的」という雑誌の文のくだりが

頭のどこかで渦巻いている。

 私は、カサブランカからいきなりメクネスの「風の道」

に行きたかった。

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どこまで、歴史に造詣が深いんでしょう〜貴女という人は〜w(゚o゚)w
佐賀の塩野さんですね。
http://shibaso.cocolog-nifty.com/blog/

古代ローマ滅亡は官僚制度を作ったのがもとだとされてますが、
間違った認識でしょうか?
しかし、矢尻のマークのようなものとは何の象徴なのかな?

2008/11/25(火) 午後 5:41 [ sil*er_*a*d_w*rker ]

sil*er_*a*d_w*rkerさまへ

まさかのまさか・・・
歴史には造詣は深くありません^^
興味のあるところだけです。
塩野さんのブログをお知らせ下さいましてありがとうございます。8日は福岡だった・・・^^

★矢尻のマークは、小説としての、一つの文章のアクセントです。そうでなければ、この小説は成り立たないのです。現実にそうであるから、主人公は、メクネスに心を動かされるのです。
夢という、二つ目のアクセントがありますが、これは、主人公は、なんでもないことだと最初思っているわけです。だけど、自分の指の間に矢尻のマーク
があることには、現実のことなので、気になっているのです。だからこそ、すっとんきょうにもボリビリスに飛ぶのです。其の前に庄野さんという考古学者が主人公の道案内をします。ローマ帝国の歴史は、繁栄から滅亡まで、広範囲においてありますね。西も東もです。なかなか読破するのは時間がかかりますね。^^

・・・・ありがとうございます。

2008/11/25(火) 午後 11:27 瑠


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