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牧水の歌集との出会いは、とても衝撃的なものだった。 行きて まだみぬ山をみん このさびしさに 君は 耐ふるや この牧水との出会いは、厳密に言えばとある人の電話の声であった。 出会いというのは、時があり、おそらく、一年前、いや一か月前でも心に響かなかったかもしれないと思うと、やはり時である。もうひとつ言いたいことがあり、このブログをアップした。先だって、自分でも忘れていた詩が牧水の詩と重なった。芹沢さんの詩である。 気がついたら 誰もいませんでした 慌てて呼んでも 黄昏があるだけでした みなさん これは これは本当のことです みなさん 詩★芹沢幸子 この詩が頭の中に浮かんだ時、私は自分の膝をポンと叩きたくなった。 詩というのは、その時の心にどう響くかということであると、つくづく思う。いや、響くというのではなく、本当に意味が分かるかということである。 彼女は一人を嘆いているのではない。そして、友人も沢山いるのである。牧水の「君は耐ふるや」というフレーズを聴き、私は心が熱くなった。そして大きく深呼吸をした。 これも孤独を言っているのではない。自分の道を光に向かって進み行くということだ。 私はあわてて、芹沢氏に電話をした。彼女は私の解説に大笑いをした。さもありなんという具合に。そしてもう一つの詩を電話口でささやいた。 これには、まいった。私が涙した。そして、彼女が言った言葉だ。「あなたのその一言が聞きたかった」と。 彼女は私の大先輩で、その一言が、私を今夜、幸福にした。 「鬼婆」は、彼女が私に電話で朗読したものである。彼女の詩は、今夜、私の 心を捉えた。 「鬼婆」 わずかな偽善まで捨ててしまったら もう本当の鬼婆になってしまう 胸に血の滴る様を見続けるだけの そんな鬼婆に出会ったら 花束をあげなければなりません 腕いっぱいの花束をあげなければなりません いくとしつき 歩むのではなく 歩むときに 時を踏む その影は 大きくもなり 小さくもなる 詩・瑠 わが傷に秋風が触れただゆるやかな牧水の夢★瑠 瑠璃子のメモ ★訪問コメントが少し遅れるかもしれません。どうぞ宜しくお願いします。 ★ブログは文字【最大】で編集しております。文字列は最大にするときちんと整列すると思います。 転用不可
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