笠原瑠璃子の真骨頂なつぶやきダイアリー

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1月11日(金曜日)


某のメインテーマは、女性の内面、外面の美しさということらしい。
最近では、いろりろな生き方も語りつくされ、女であればだれしも女であるが故に、社会生活において、矛盾や理不尽な出来事に出会って考えさせられることがある。常にいろいろな場所で女性の生き方や意識の持ち方、職場での地位などの獲得もあり、社会生活の様々な問題点が女性の視点からとらえ直され改善されているし、女性史にあるような、指導者、支配者の男性中心の表の歴史の裏に女性の生活があるというようなものは、もはやみられない。むしろ、女性はどこまでいくのやらという感じがする。あえて言えば、心の安定という面での獲得は、これからだという気がする。フェミニズム的に言えば、愛情の表現や態度は、やはり女性の想像力や順応性も含めて男性と比べると、女性のほうが希望があり、男性は表現力に夢が足りないし、デリカシーも欠けているような気がする。最近、女性は充分に美しい。女性は男性の思考が外に伸びるのに対し、女性も自由自在に内にも外にも伸ばせるようになった。そういう意味では、女性がしいたげられた歴史ゆえに、充分と言えるほど、考える時間があったと言えるのではないだろうか。いまさら語ることもないだろうが、一つ言えることは、理不尽な思いがなかった女性は内面の温かさとか理知に富んでいるとかいうことはあまりないと思う。あまり甘えた生活をしてくると、内面の思考が輝くことがない。某誌の立ち読みで、「女性専科めざし、涙ぐましい努力をする男をおりた男性たち・・・拒食症が若い男性にも出現」とあった。
男性はいじめられ、鑑賞され、おとなしく家に閉じ込められ・・・女性が力
をつけてきた所以だ・・・と。
 この世はどこかでバランスを崩し始めた。やはり、すべてに極端というのは歪が来るということだろう。



1月12日(土曜日)


 世の中にある嘘で、かわいい嘘と、とんでもない嘘がある。
今まで誰しも嘘を一度もついたことがない人はいないと思う。かわいい嘘は、人に迷惑をかけたり、危害が加わらない嘘である。とんでもない嘘とは、そこには、何もない事実から、完璧に自分の利益になるような嘘を作り出し、おまけに人を悪者に仕立てたり、落とし入れたりできるように創作した物語を言いまわり、それをたくみに操作し人を信じさせるという嘘である。まあ、そういう嘘がつける人がそうそう居たら困るし犯罪にも近いのだが、そういうのに引っかかるのは間違っても誉められたことではない。
 まさしく、そういう嘘を信じさせることのできる人というのは、嘘つきの天才か詐欺師だと言える。さて、そういう嘘を暴露しようとするにあたり困ることがある。言った、言わないの水掛論になるからだ。当然うまく逃げるのは、嘘つきの天才のほうだ。しかるに、第三者が嘘つきを判断するのは誠に難しくなる。物事の判断というものは、自分に降り掛かり、自分で事に当たり、自分の目で確かめないと明らかにならない。「そうらしい」ではいけないものが多々あるのだ。一般的に、育ちの良い人というのは人を疑うことを知らない。疑いを知らないほうが純粋でいいとも言うが、もちろん騙される。とんでもない嘘をつく人は、インセキュアーな人が多い。それは、初めはこうなりたいという空想の世界から始まる。そして、こうだったらいいという自分の切望が、「こうだ」ということになっていき、いつのまにかそれが本物と同じ感覚になっていく。自分に対する自信のなさや不安に恐れているので、虚構の世界を創っていくのだろうと思う。まだ、そこまではかわいいが、それを利用して、信用を作るとしたらまずい。正面から物事に立ち向かわなくなる。自分に不利益な人、もしくは賛同しない人たちを悪く言う。人の指摘は無視し、反省も感謝もない。虚栄心が強く支配意欲も強い。自分のテリトリーに入れておかなければ不安になるのだ。ごたぶんにもれず人の弱みを握るようなことで満たそうとしたり、まっすぐな生き方ができないと、自分は挫折しているという感じを抱いているので、失望を他者に投影することもある。自分自身が卑怯なのに他者が卑怯だと思い、すべてを他者のせいにしてしまう。
 私は昨日は、友人の出合った、とんでもない詐欺師に出合ったという相談で久しぶりにカッカした。ま、いつもそういうことがあるのはかんべんしてほしいが、私も頭に来ることもあるということだ。

1月12日(土曜日)続編


 オペラのコンサートに行った。楽屋へ行って懐かしい人たちと話したので、とても嬉しい時間も持てた。
プッチーニの「歌に生き、恋に生き」
ヴェルディ/歌劇リゴレットより「リゴレットとジルだの二重唱」
C.Aビクシオ/生きる・・・・
満足だった。



1月13日(日曜日)



「孤独と絶望だから不条理なの」

「う・・・」

「生きることに期待や、求めや、切望もあまりしないから不条理なの?」

「む・・・」

「不条理だから絶望や孤独なんじゃない?」

「?」

「不条理だから、生きることに期待や求めや、切望もしないんじゃないの?」

「・・・・」

「なにが孤独や絶望に陥れているの、それが重要なんだと思うが」

「それを考えるのが生きるってこと?」

「なにが不条理の正体?孤独や絶望が先にあってそれらを憂える前にそいつの正体を調べなくちゃ」

「そうだけど、・・・・・・・・・・・」

「シーシュポスの神話は教訓の一つだが、孤独や絶望や愛などという言葉の雰囲気に流されんことが大切じゃ」

「書けなくなります」

「それにしても生きてるってことは面倒なもの」

「ほとほと嫌になるけど・・・・」

「それが、いまのところの答え」



これが師匠との会話。



1月14日(月曜日)


 今日は、何気なく手に取ったファイルに自分が昔、書いたエッセイの切り
抜きや雑誌に書いたエッセイのファイルを読んでいた。その雑誌には18年
書いたのだが、とにかく読んでいるとびっくりするようなことを書いている。
今は、昔の無謀さと無防備はいらないが、文章の切れとリズムを取り戻した
いと思いながら笑った。


某月某日 私の友人が言うには、7年くらいおきに身体が新しい細胞に変わり、そにに伴って、考え方やライフスタイル、その他もろもろのものが変わ
るという。私も確かにそう思う。細胞が変わるかどうかは知らないが、一つ
のことを7年も続ければ、そのことへの総括が自然と必要になってくる。う
まく改善できれば、それでよし、できなければ、方向を変えなければ居心地
が悪くなってくる。ともかく、人は何年もそのままということはないのだから、常に人に対しても自分にも礼儀正しくしていないと結果がよろしくない。原因があり、結果があるというのが自然の摂理ですから、自分で分かる以上
に自然の法則は正確で、正しいもののようです。

某月某日 最近やたらと結婚したいという人が私のまわりにいる。付き合っ
ている人がいるけど、彼が結婚をしたいと思っているのか、そうでないかわ
からないらしい。女はね「お願いです。何でもしますからどうぞ結婚して下
さい」と言わせるくらいじゃないと。女が結婚だけにとらわれると、その男
が見えなくなる。気に入られるようと思うからだ。女は自分の言いたいこと、したいことを男の前で言えないといけない。どっちみち、男は巣を造りたがる。女がいかに最初にヘゲモニーを握るかにかかる。それを失敗すると、一生、男につくすはめになる。初めが肝心です。偉そうに私は言えませんがね
・・・・・・・



と、まあ、
某月某日と書いたものは、「いきあたりばったり」というタイトルで書いて
いた18年も前の文章のほんの数行だが、もう、とにかくギョッ。
自分でも穴に入りたい気分になった。それから、ファイルをざっと、十冊く
らい拾い読みをしてしまったわけだが、自分でもあきれた。今もそう変わっ
ているとは言えないが・・・・まちがってもこういうふうに、言い切るとい
うことはできなくなった。なんだか、頭を抱えそう。今でもなんだか、頭痛
がする。・・・・・・・



1月15日(火曜日)


仕事で先程帰宅した。
仕事場から車に乗る。雨がしとしと降っている。当然真夜中、コンビにの明かりやネオンの明かりが見えるだけで空は暗い。冬の雨は、なんだか体に応える。いや、気分的にかな? 仕事場から家まで車で30分。夜の道路工事が最近やけに多い。寒空の雨の中で仕事をしている人たちの表情を見ようとするが、なんだか機械的にしか見えない・・・・。
生活の中に、働くという事、食べるという事は欠かせない。なんだかね〜。
いつまで働かなければならないのだろうかと、夜の車の中で、ぼんやりと考えた。夜中には携帯電話が鳴る。同じように仕事に疲れた友人たちのぼやきの電話だ。仕事から人生のこと、その他もろもろの話題に飛び、また、仕事と人生の話に戻る。そうやこうやで、長旅のような気分で自宅の駐車場に着く。
それからキッチンに立つ。そして今日やり残していることを少々して、しばらくすると、「もう、今日は止めた、もう何もしないぞ〜」という気分になる。

何か楽しいことはないのだろうか。自分の求めているものは何だろうかと今日
もベッドの中で考える。そういうことだ。今日、初めて日記らしいことを書いたと思う。明日も仕事だ・・・・。



1月16日(水曜日)


今日は朝から仕事。ランチは友人と待ち合わせて某ホテルで。女性客ばかり。
私が「ここは女性客ばかりだね」と言うと、「当たり前じゃないの、きょうび男性は、五百円のラーメンやうどんを会社の近くで食べても、主婦はそんなことしないの、豪勢なの。千五百円のランチを召し上がるのよ」とすました顔で言った。私が「何故よ」と言うと、彼女があきれた顔で、「私たちとは違うのよ、彼女たちは、夫の財布を握っているでしょう。どうにでもなるの。夫は小遣いの範囲の中でやりくりしているけど、彼女たちは違うのよ。それだけ女性が強いの、男は管理されて、しいたげられているのね、少なくともここに来ている女性の夫はね・・・」と、ステーキをぱくり。
「ね、少々、意地悪な顔になっていない?」と言うと「なによ、ものを書いているくせに、そんなことを私に聞くなんてね〜、見てよ、仕事の合間に時間を気にしながら、打ち合わせをしながら食べる私たちと彼女たちの差を。ゆったりしているでしょう・・・。あ〜あ、ホントに嫌になる」と彼女は醒めた顔で私をギロリと見た。「だからここには男性がいない」と力説する彼女に、私は、苦笑いをした。今日も疲れた。
 夕方、家に帰って最初に見るのが郵便物。あらら、請求書ばかりじゃないの。まったくこれだからいやだ。携帯電話の請求書を見たら、驚くのと同時に納得した。まあ、ちょっと金額を言うと普通は「馬鹿だねえ」と言われるのでここには書かないが、片手はいく。(書いているじゃないの)あぶない、あぶない。この理由は、彼女より私のほうが説明できる。他の人はどうだか知らないが、私の場合、悩み事があると携帯電話の使用料金がばか高くなる。そうでない月は、しっかり自分のやるべきことを黙々としているということになる。精神のバロメーターは携帯電話の使用量。そして、悩みの渦中にいる時は食欲は低下するが、少し居直ると、食欲が増す。今日もよく食べました。携帯電話と食欲、お金のいることばかりじゃないの。悩んだ上にお金を遣う。ご苦労さんなことです。

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