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写真・瑠 ひどく寒い日でした。小雪がちらつく夜でした。一人のおじいさんが一枚の古い写真を両手に大事そうに持って、かまどの薪ののこり火に体をあたためながら、木の腰掛に座ってじっと眺めていました。そこには、小さい女の子とその母親らしい女性が写っていました。おじいさんは、毎日夕食を食べたあとにその写真を眺めることが唯一の楽しみでした。 おじいさんの父親は、おじいさんが18歳のときに亡くなり、その後を追うように母親も20歳のときに亡くなりました。おじいさんの青年時代は戦争中でした。ごたぶんにもれず、おじいさんも戦争にかりだされました。おじいさんには、戦争に行く前に結婚するはずの人がいましたが、なにせ戦争中のことで、国に帰ったときは、その女性の居場所がわからなくなっていました。それからおじいさんは、ずっと一人で暮らしています。 おじいさんは、若い頃から働き者で、親からいただいた田んぼと畑を暑い日も寒い日もまじめに守ってきました。近所の人に言わせると、なにがおもしろいかというぐらい、おじいさんは毎日おなじ暮らしをしてきました。朝起きて朝食を食べるとすぐ畑に行き、昼食に家に帰ってきて、少し昼寝をし、そしてまた畑にでかけるのです。 夕暮れになると畑から家に帰り、夕食の準備をして、食事が終わると、ゆっくりお茶を飲んでから、おじいさんはまた火の側の木の腰掛に座って、じっと写真を眺めるのです。 その日、おじいさんは、いつものように写真を眺めていると、勝手口を叩くものがいました。おじいさんはびっくりして立ち上がりました。きしむ戸を開けると、外には誰もいませんでした。おじいさんは、「なんだ、風のいたずらか」と、また木の腰掛に戻りました。そして、写真をまた眺めようと思いました。 しかし、そこにあるはずの写真がありませんでした。おじいさんはあたりを随分さがして途方にくれました。そして、しばらくして、その写真の端っこがかまどのところにあることに気が付きました。おじいさんは勝手口の扉を開けようと立った拍子に、運悪く写真がかまどの中に落ちてしまったのだということを知りました。 それから、数年間、おじいさんは、毎日かまどのところで泣きました。その写真がないと夜も日も暮れなかったからです。小さい女の子とその母親らしい女性は、おじいさんが両親を亡くしたときに親切にしてくれた人でした。おじいさんの庭の向こうにその当時疎開をしていた家族でした。毎日その女の子はおじいさんと遊んでくれました。そしてその女の子の母親は、嘆いているおじいさんに夕食を運んでくれたのです。おじいさんが20歳のときでした。写真の女の子と母親は、おじいさんが25歳のころに北のほうに引っ越してしまったのでした。 おじいさんの不注意で大切な写真を燃やしてしまったのは67歳のころでした。まもなく83歳を迎えようとしています。おじいさんは、いまでもかまどの側の椅子に座ってぼんやりすることがあります。 こういうおじいさんは、実際にいないと、お思いの方もいらっしゃると思います。でも、私はそのおじいさんが、一枚の写真を大切にしていたことを知っています。心から大切なものというのは、そういうことではないかと思うのです。 童話散文・瑠
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