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日本画 「牡丹」 日本画家・本多孝舟氏
「やあ、電話を掛けるなんて、ただごとじゃないな。何かあったたのか?」
田島の声がやけに優しくて、懐かしかった。自分の思いをひとしきり話した。 田島は、黙って聴いていた。 そして、「瑤子は、自分が誰だか知っているか? あるいは、自分の良さを知っているか?」 と、尋ねた。そして、こう続けた。四方を壁に囲まれて、たった一人、ぼくは世界の裏面に直面している。それは一月のとある午後のことだ。だが、寒気がまだ大気の奥底に感じられる。あたりは一面、太陽の薄い被膜におおわれている。それは爪を立てればすぐ弾けてしまいそうだが、しかもなお万物を永遠の微笑で飾っている。ぼくは一体だれなのだろう? 私は、田島の台詞が誰の言葉かすぐ分かった。セーヌに沿って歩きながら田島は、私の論文のためにカミュの行間を読んだ箇所だ。 煙草の煙が消えてゆく太陽のこの光線、この甘美な安らぎ、大気のなかに息づいているこのひそやかな情熱になることだ。そしてぼくが到達しようと試みるものがあれば、それこそこの光の深奥なのだ。そしてもしぼくが、世界の秘密をあけわたるこの微妙な味わいを理解し、味わおうとつとめるならば、宇宙の奥底でぼくが見出すのは、おそらくぼく自身なのだ。 田島は、そこまでカミュを宙に読んだ。私は、一瞬、目を瞑った。 自分の感性にカンフル剤を打たれたようだった。 「瑤子の良さはね、一生懸命なところだ。いつも自分の体で感じようとするところだよ。そして、それを表現しようと試みる。自分の感情の一瞬の隙間を見逃さない・・・。そこに僕は瑤子に救いを見るよ」 モロッコは遠い国だ。田島や杉子の不在は、無意識に自分の人生に影を探す。郷愁に似た心細さを無条件に与えた。 杉子と来たモロッコは、限りなく夢が広がっていた。定住地になってからもそれはそうに違いなかったが。自分の心のあり方による。たいてい、異国の魅力は帰るところがあってより発揮される。異国に住むことは、自分の国ではないことをことごとく意識することだ。その国の人にすべてを尋ねながら、従うという・・・。 店の前のショーケースに並べてある靴。その並べ方。何に使うか分からない小物。色とりどりの香辛料。嗅いだことのない匂い。食べたことのない果物。道端で売られている手作りのお菓子。アラビア建築の家。絵本から抜け出したようなドア。モザイクのタイル。あちこちで干されている絨毯。モスクに向かう人たち。ユダヤ人経営のお店。お店での交渉。マーケットで売られている珍しい魚。田舎の食堂のテーブルで老人が座っていて、飲み干されたミントティーグラスに残されたミント。アトラスの山間に住む女性。メディナの喧騒。
フランス語と英語とアラビア語。
キッチンに立つ自分。自分の国であれば、たぶん同じ条件であっても他のことで気がまぎれている。頼る人は誰だろうと考えることで、自分の存在が明白になった。 http://media.imeem.com/pl/_IXMTaqDTu/autoShuffle=true/ ★音楽と共にどうぞ。 音楽タグが出てくるのは時間がかかります。 ||をクリックして下さい。 日本画・本多孝舟氏 本多孝舟氏ホームページ http://www.geocities.jp/kosyu4959/ 本多孝舟氏ブログ「日本画家 孝舟の部屋」 http://blogs.yahoo.co.jp/kosyu4959 文★瑠 「お願い」 版権は画家にあります。 右クリックはしないようにお願いします。 瑠璃子のメモ 文章中の田島の台詞数行は カミュ「太陽の讃歌」より 引用文です。 一部行変えがどうしても言 うことを聞いてくれない箇所 があります。 転用不可
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