笠原瑠璃子の真骨頂なつぶやきダイアリー

過去の記事は写真のすべての表示 からが簡単です。音楽は重なりません。 良き日をお過ごしください。感謝★

瑠璃子(小説連載)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]

「ジャン・ジャンセン」

画家ジャン・ジャンセンの絵が部屋にある。
その絵を飾ってから、絵からぱちぱちという音がする。

初めは耳を疑った。
ジャン・ジャンセンは、人間の存在の本質を、愛情と哀しみを持って描いた。
ヨーロッパでは知らない人がいないくらい有名な画家。

音の意味がなんなのかが最初はわからないで、気味が悪かった。
しかし、なんとなく感じることがある。
音の感触がわかったときは、感覚的にじわりと確信をもった。
彼は死んだけど、魂は生きている。





★今日から15日まで人並みに休息日です。でもフロントコメントは、
掲載します。もしよろしかったらコメントをどうぞ。

お盆ですね。まだまだ暑い日が続きそうです。みなさまお体をご自愛下さい。

 それから二年後、またモロッコに行く機会があった。
フェズの、あの小さい本屋の前を通った。
本屋は、そっくりそのままだった。
懐かしさが、私を引き止めたが、私はその本屋の前を素通りした。
時間というのは、魔物だ。
時間に幕が下りると、もう二度と戻ってこない。
たとえ、おじいさんが、そこに座っていたとしても。
あの無言のあたたかい交流がそこにあるような気がしなかった。

 モロッコは、私にとって何かが始まった出発点のような気もしている。
元気がなくなると、いつもあのやさしい風と明るい太陽に会いたくなる。
金色をしたデューンが風に流されながら、風紋つくっていく。
大きな太陽が天から地に滑り込むように沈み、ローズサンドが、ささやく
ような音を運ぶ。
こくこくと変化する、光と影の
そしてこくこくと変化する、白と黒の
それは、たくみにも光と影のパノラマをあやつり、
二度と同じ場所に留まらない。

 五年前にモロッコを訪ねた時、またあの本屋の前を通った。
同じく、素通りした。今度は痛みはなかった。
会えないということは分かっていた。
壊れかかったドアのない本屋の前には、
たいくつそうに、猫がねそべっていた。    「憧憬より」   

   フェズに着いて、市街地の古い本屋の前を通りかかった時、
  その感情はまるで、想い出をたどるような気持ちと憧憬が重
  なった。私はひきこまれるように中に入った。
  
   その本屋は何の変哲もない本屋だった。六畳の広さに、壁
  の周囲がぐるりと本棚になっていて、奥にジュラバを着たお
  じいさんが丸い木の椅子に座って、興奮ぎみの私を静かに見
  ていた。
   
そうだ、私はここでは異邦人だと自分に言い聞かせた。
    あふれんばかりに積んである書棚には、アラビア語とフラ
   ンス語の本しかなかった。おそるおそる
「この本屋はいつか らあるのか」と英語で聞いてみた。
    考えれば妙な質問だ。
   
   おじいさんは、私から少しも目を外さず、「ははっ」と笑
   った。そして、ゆっくりとジュラバから手を入れて、その
   下に身につけているズボンのポケットから煙草を取り出し、
   ゆっくりと火を点けた。私は、その煙がふ〜っと口から吹
   き出されるのを魔法でも見るようにみつめていた。それか
   ら、おじいさんは、テーブルに置いてあるティポットを自
   分の肩の高さまで持ち上げ、一滴もそれをグラスからはず
   さず、グラスに注いだ。おじいさんは、無造作に私にグラ
   スに差し出し、私は「ショコラン」と言いながら、それを
   受け取る。
   
    そのティーから、ミントの涼しい匂いがした。その時、
   書棚の隅から、おじいさんの飼っている痩せた子猫が机に
   飛び乗った。それを左手で抱き上げながら、おじいさんは、
   短くなった煙草を深く吸った。夕暮れ近くになっていたの
   だと思う。
   
    太陽の光が斜めに入ってきていた。ところ狭しと積んで
    ある本を黄色に映し出していたと思う。
    これが、私の最初のモロッコでの憧憬である。
 
     そして偶然にもそこで太宰治の「人間失格」の本をみ
    つけた。
   
     その本はまだ私の手元にあって、文庫本には、T・N 
    という頭文字がある。         「憧憬より」

   フィガロジャポンという名の雑誌のページをめくっていた。
  吟味された写真のレイアウトが洗練されていたので、見入っていたら、
ミス テリアスな異国への旅、いまも月の時間を生きている。日常から、
ものの見事に切り放たれる・見知らぬ世界と人々との出会いは、このう
えなくスリリングで刺激的・・という雑誌の文のくだりが、一瞬にして、
私のモロッコへの憧憬をよみがえらせた。

  私とモロッコとの出会いは、ずいぶん昔のことになる。
  初めて足を踏み入れた途端に、何かで突かれたような衝撃を覚えた。
  不思議な力が私を魅了してしまったと言っても過言ではない。
  たぶん、こんなことを書くと、眉唾物のように聞こえるだろうが、
体中の細胞がなつかしさでいっぱいになり、涙がこぼれそうになっ
て、一歩一歩、近寄るごとに、その感情を抑えられなくなったのであ
る。その衝撃は、体がぐらりとくるようなもので、この地のどこかで、
  誰かが私を確実に待っているのだという、そういう確信に近い喜びの
  ような、心がふるえるような感覚だった。
   前世があるか、どうかは知らないが、無縁の地だという気持ちにな
れなかった。それは、スペインからタンジェに着いて、更に南に下る
ごとに強くなっていった。風に乗ってどこからか甘い花の香りがし
て、体がはじけたような解放感をあじわいながら、行く先々で、私
はもっとも人間らしい表情をしていたと思う。
   憧憬とは、心のなかのふるさとだと最近思うようになった。人に対
  してもそうだ。
 
心のなかに住む人はいつになっても消えないもので、それはいつも
わたしの 記憶の箱をそっと開けてくれる。
    同胞のようなものだ。 「憧憬より」

 今日はいちにち、卵のことばかり考えていた。
 うちの冷蔵庫の必需品は、牛乳と豆腐と卵。
 
 なくては不機嫌になるものがそれ。
 ほかのものは、切れていてもたいしたことないものばかり。
 だから、あさから頭のなかで、ぎゅうにゅう、とうふ、たまご、と
 頭にインプットをしながら、くりかえした。
 そして、いまのいままでときをながした。

 さくやは、ねむりながらフロントページを。
 ぶんしょうを乗せるときは、ほとんどなにも考えていない。
 まえおきさえあれば、だれかがかくのだ。

 まえおきとは、かく体勢になしてもらえるしごくのとき。
 だから、なにをしようとそれまではどうでもいいのだ。

 だけどよるに、いえのちかくのはたけで、Rosa Luxemburgをみた。
 カラスは頭がいいとされている。それゆえに、こともあろうに、
 仲間のとりおどしになり、なりさがっていた。

 焼串、焼釣、
 みかけだおしの案山子より、みせしめとして、
 こうかがある。

 とつぜん
 たまごのことはわたしのあたまからかんぜんにはなれた。

                       批判的りありずむ

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事