笠原瑠璃子の真骨頂なつぶやきダイアリー

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瑠璃子(小説連載)

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カサコソ カサコソ

薄目をあけて時計を見ると五時  しらじらと夜が明けている
リビングに下りていくと もう母が千代紙で鶴を折っている
父が他界したので鶴はやめるかと思ったが
来る日も来る日も黙々と鶴を折る
まるでだれかから命令されたかのように真剣に
わたしはそれについて何も聞かない
ときおり母は遠い目をして 
さてきょうは誰のために折ろうかという
母がきょうもときを刻んでいる
カサコソカサコソ カシャカシャ カシャカシャ
母はいつもと同じ表情でちょっとうつむき加減で

鶴を折る母と 本を読むわたし 
ときおり私はだまって 母の手元をみる
夏がちかくなると だれかのために鶴を折る母の
そのすがたが とてもいとおしい

 本当の休息が必要な人は、アイルランドに行きなさいと聞いたことがある。
北アイルランドというと、新教徒住民と旧教徒住民との抗争が絶えないところだが、アイリッシュ気質というとお酒が好きで、バーは朝の十時から開いているそうで、一日に何度もインディアンティーと手作りのビスケットを食べながら、たいてい噂話に花がさく。私が想像するに、きっと隣の猫が産んだ子猫の話や天候の話。家の時計が壊れていても、誰も気にしない。夕食に並ぶ家庭料理は、ぐちゃぐちゃトロトロに茹でた野菜とラムのローストミート。煮込みの時間が必要なお料理。もちろんじゃがいもは忘れない。
  
平凡な一日の流れの中に、心地よい潤いがあったほうがいい。灼熱の太陽の下で飲み干す、冷えたソーダ水のようなものだ。しかし、不運にも、タイミングがずれて、飲み干すそれを逃せば、ただのぬるくて、やけに甘いだけの飲み物に変わってしまう。その本質は同じなのだが、退屈と休息は大いに違う。

…、いやあ、今日は雑誌□□□の〆切日。
 それが終わって、今このフロントコメントを書いている。某女史は、だいたい4日はさばよんで〆切を言うことは知っているが、最近ではどれくらいさば
よむのか知るのがむずかしい。ページ次第で違う。それがわかるには、某女史の顔をじい〜と見て「今度の〆切日はいつ?」と聞く。目が宙に浮いた時は、(宙に浮くはずがない)本人が何も分かっていないとき。勿体顔で手帳を開く時は、4日さばよんで〆切日を言う時だ。時間が見えるみなさまは、眠りもせず仕事をしているように想像するだろうが、そういうことはない。次の朝早く予定が入っていないときは、起きていることしばしば。そうでないときは早く寝る。9時過ぎまで寝ることはあまりない。とにかく熟睡がたの私であります。
 昨日は友人と、男性の脳と女性の脳について話した。彼女が言うには、女性は大つかみの仕事ができにくい。優先順位がつけられないらしい。だから、あれやこれとやりっぱなしのことが多い。男は目的に向かって一直線に行くが、女はその途中でいろんな情報をインプットする。だから女は中途半端になる。男は最終目的だけに目がいっているから、小さいことに気がつかない。それが女脳と男脳との違いらしい。そんな本も出ているそうだ。そんなもんかな〜。

 昨日、家の近くの道端でつゆ草を見た。大好きな花だ。

 ソクラテスの妻さんのコメントにしばし、笑っていた。ふきだすのも気分がいい。日頃笑っていない人は、こういう投稿をして下さい。しかし品位は保ってもらいたい。ソクラテスの妻さんのコメントは、私のなかでは品位は大有り。ふきだすというのは、これは品位のある証拠。品位がないと、たぶん顔が歪む。ジョークというのは、そこのところが難しいのではないかと思います。笑わせようとして作る文章はさもしいし、あまり考えすぎると、なびかすことができない。

(昨日の投稿。特に深夜便に注目して!それからゲストブックの佐賀
  出身のオリンピックを目指す、若者・古賀剛君のコメントにも)

 さて、私は今日も2時間ロスをした。最近、探し物ばかりしている。去年、確かに購入したはずの、「ゴドーを探して」そういうタイトルのシナリオ本だったはずだ。私は購入した本はその日に読み始めないと長い間、本箱に寝かせることになること常。熟成だと。これは冗談として、そういう流れになるのは、本と礼状。その日に読みたいと思う本しか目がいかない。
 だから、今日は、作家高橋源一郎氏「もっとも危険な読書」毎日新聞社、を読んでいる。そして、この本は私のお気に入りになりそうだ。
 
 昨日は夢の中の映画のシーンを書いたら、面白い投稿がきた。やはり映画は
愛されているのだ。映画というと、最近ハリウッド生粋の監督や脚本家があま
りいないのではないだろうか? ほとんどアジアや、ヨーロッパ、メキシコか
ら、もしくはNYからの。脚本家も監督も世界の優秀な人たちを集めている。
 最近、イラン映画を観た。なかなかよかった。中東の映画は初めて見た。
日本や香港、韓国映画のリメイクをハリウッドでつくっているということは、
それだけ、人材不足ということなのかもしれない。60年代と70年代のハリ
ウッド映画のリメイクが多い。新しいものを産み出す力に欠けているのかもしれないと思った次第。だから才能を輸入しているということだろう。
 私は、フランス映画・フランソワ・トリフォー「突然炎のごとく」が好きだった。ストーリーがあって、ないような映画だったが…。
 また、映画の話になった。これは専門家からしかられそうだから、あまりだらだらと書くのはよしておこう。
 明日は朝から仕事です。もう寝る体制です。体制? 変だが、そうです。
もう少し眠いと、体制、政治、と行き着くところまで行きそうですから、はい、寝ます。寝ます。寝ます。この3回書くところが佐賀らしい。

 映画ライアンの娘の最初のシーン。崖の上から撮影した海の青が太陽に跳ね返ってシルバー色の漣をたてる。いつまでたっても忘れられない。男優は、ロバート・ミッチャム。妻に扮する女優が白いコットンのワンピースを着て海辺を歩いている。そして、彼女の手から白いパラソルが離れ、ふわりと風に流される。深甚なる感慨を覚えた映画だ。映画好きな人はたぶん覚えていらっしゃると思う。
 私が映画を観るときは、男優、女優の一瞬の表情と台詞に興味がある。だから、私の心にシーンだけが一コマ漫画のようにファイルされていく。映画好きな人たちは、監督とキャストの名前までちゃんと覚えている人が多いのだが、私にはその能力はない。
 
 どうしてこういうことを書くかというと、最近、二つの映画のシーンの夢を見た。どういう訳なのかは、わからない。見たい夢ではないのだが、潜在意識というものは不思議なものだ。たいてい本当に見たい夢は見ないようになっている。
 もう一つは、ドクトル・ジバゴ。これは私の大好きな映画。眼が覚めたら不覚にも枕が微かに濡れていて、我ながら笑った。ドクトル・ジバゴは、やはり最後のシーンが好きだ。オーマン・シェリフとバラライカを手にした女の子との短い会話。そして二人の一瞬の表情。これは、なんとも言えぬ余韻を残す。人生のあたたかい悲哀。

 シーンの美しさは媚薬だ。
 手の動き、目の表情。その歩き方。風景の空気。情景の色。数々の映画を観たが、この二つのシーンはやはり特別のものだろう。夢にまで見る。

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