スペインのアルヘシラスからタンジェまでのフェリーは、二時間の予定だったので、ゆっくり食事ができると思い、瑤子はレストランへ行ったが、満席だったので、コーナーにあるバーでビールを飲んだ。辺りを見渡すと、ヨーロッパ人が半数を占めている。
陽気に盛り上がっているスペイン人のツアー客や、フランス語で話しをしている若者のグループもいたが、東洋人は見受けられなかった。
北アフリカに近づくにつれ、瑤子の体に得も言われぬ力が湧いてくるような気がした。まったく未知のものの中に自分が置かれた時に感じる、期待と不安と、生きることへの愛おしさのようなもの。それに、郷愁が入り混じったような感覚になった。
グラナダで見た白亜の家並みや、ジプシーの住むクロモンテの丘に見た独特の神秘的な光景が、遠い昔のことのように感じられる。
北アフリカへの第一歩目は、グランクッソの入り口から見るメディナの道に積まれた色とりどりの日常雑貨に迎えられたと言ってよい。
オリーブや野菜、果物、香辛料のいきいきとした色。行き交う女性たちのジュラバの様々な色が目に飛び込んでくる。
瑤子は、深呼吸をして空を仰いだ。
なんという空の青さだ。
そして茶色の土。黄色や赤の花々がモザイク模様のモスクに映えている。
瑤子は、自然な足取りで、メディナの中に入っていった。確かに、観光客を意識すれば、メディナはガイドなしでは歩けないのかもしれない。
メディナの中は、生活の縮図のようで、瑤子の好奇心をかきたてた。
車の通らない勾配の険しい縦横無尽に走る細い道に、人がごった返し、荷物を運ぶロバが人を避けながら歩いて行く。
時折、衣装を着けた水売りを見かけた。
皮細工、銅製品、金のアクセサリー、カフタンショップ、ランジェリーショップ、絨毯の店、家具屋と、果てしなく店が続く。
マーケットに入ると、新鮮な魚が、所狭しと並べられ、肉やには、丸のままの羊や牛が下がっていた。
立ち食いエスカルゴのスープのお店の匂いが強烈で、瑤子は顔をそむけた。店のぼうやが、瑤子に向かって、「ホンダ、スズキ、カラテ、トヨタ」と言いながら瑤子の手を引っ張るので、苦笑いをしながら、試食をするはめになった。匂いはきついが、スパイシーで、なかなかいけるものだった。
瑤子は、フェズ行きの列車に乗っていた。
タンジェから六時間もかかると言う。窓の外は、太陽がまさしく沈もうとしていた。燃えているような赤だ。
まるで、西に行くに従って、太陽が大きくなっているかのようだ。見惚れているうちに、あかね色に染まった空に、家の回りで野良仕事をしている人たちがシルエットとなって、浮かび上がってきた。
この色具合は、たとえ五感に刻み付けたとしても、表現できないだろうと思った。
瑤子は、さまざまな色合いのイメージで満たされていたが、デッサンやメモをする気にはなれなかった。むしろ、それ以上に気持ちが高揚していた。その気持ちが自分が生きているという実感とほぼ類似していたので、心の底から喜びに満ちていた。
目を閉じて、しばらく眠ろうとしたが、瞼の内側には、伝統的アラブ文化とモダンな西欧文化の微妙に入り混じったアラベスク模様と様式、近代建築が林立する新市街とメディナの旧市街地のコントラストが、不思議な力で瑤子の心を捉えていた。
メディナの雑踏は、中世さながらの雰囲気でありながら、ジェラバ姿で行き交う人たちのエネルギッシュな生活臭を感じた。はたまた、新市街地で見る洒落た高級ブティック店の並びや、カフェでティータイムを過ごす人たちとメディナの生活の落差は大きい。新市街の彼女はヒールを履き、オートクチュールの洋服を纏い、彼はアルマーニのスーツといういでたち。五つ星のホテルで、優雅に食事をするカップルであることは間違いない。
その近くの広場の屋台レストランでは、羊の肉を焼く煙がもうもうと立ち上り、香辛料やミント、コリアンダーの匂いが入れ混ざっている。
その屋台の並びは、人で混雑していて、息が詰まるようだった。瑤子は、その屋台の一軒で、ミントティーを飲んだ。ジェラバの男性が、東洋人だよね・・
という顔をして、上から下まで一通りの視線で瑤子を見た。
パリで予約していた、ホテルジネン・フェズに着いたのは、十一時をまわっていた。広大な敷地に建っていた。ホテルの中は広々としたフロントから続く大理石造りの建物に、深深としたベルベル絨毯が敷きつめられていた。旅で疲れた格好と、ローヒールでは気がひけるようなホテルだったが、愛想の良いベルボーイのおかげで、ふっと気持ちが軽くなった。
シャワーを浴びてから、ナイトキャップをするつもりだが、果たしてバーは開いているものかと思った。ちょっとしたお洒落をして、一階に降りると、ピアノバーがあると言う。
バーでは、黒人男性が英語でブルースを歌っていた。
やはりここでは、手っ取り早く、マティーニに決めた。
二杯目を注文する頃になると、男は、フランス語のシャンソンを歌っていた。
私は、マティーニの中のオリーブの大きさに笑いたくなっていた。
疲れとお酒がうまく調和し、半分夢を見ているのではないのだろうかと思っていた。バーには、私ともう一人の老齢のご婦人の二人で、彼女は私にフランス語で話しかけて来たが、ただ、目配せとちょっとした挨拶だけをしただけだった。彼女はシェリー酒を飲んでいた。あまりにも疲れていて、人と話す気分にはなれなかった。ただ、不思議に毎日こうして過ごしているような居心地の良さを感じていた。
考えてみると、パリを出て以来、旅を続けるのに必要不可欠な会話以外、会話という会話をしていないのだが、それを大して必要だとも思わなかったことに気が付いた。それに、仕事柄、言葉のない世界に常にいることも改めて思った。
写真が綺麗なのは、言葉で表さなくてもいいところにある。魂を色と形で
表現すればいいのだ。
ピアノ弾きは、指先からの音色で魂を表わす。
言葉には、おおかたごまかしがあるし、正確な感情を伝えることは難しい。
愛を文章にするにしても、口幅ったい言葉を並べ立て、何度も角度を変えて言わなければならない。
ピアノ弾きがふっと、瑤子を見て、微笑んだ気がした。
ピアノは、「As time goes by」を奏でている。映画カサブランカの主題曲だ。
「えっ? なんだって? そんな昔の事は覚えちゃいない。そんな先の事もわからない・・・・・・でも確実に時は過ぎているのだろう・・・」
瑤子を見て、再び、ピアノ弾きが微笑んだ気がした。
もし、明日晴れたら、メディナで写真を撮ろうと瑤子は思った。そして、あさっても晴れたら、たぶんこの地に住み着くようになるかもしれない・・・、
と、半ば冗談のような不思議な気分を楽しんだ。
エッセイ文★瑠
★瑠璃子のメモ
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六月二十八日(土曜日)
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