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「あ、それで、その人たちは、助からなかったのね」と京子が引き止める。 「もちろん、助かったさ。そういうヤツは、なんでか知らないないけど、助 かる具合になってるのさ」 「あ、わかった、亡霊だったんでしょう?」と、京子は怪訝な顔をした。 「そういうことだね」 「本当の話?」 「そうらしいよ。新聞記事から映画になったらしいからね。残った人間は、 いちおう裁判にはかけられたらしいがね」 京子は、深刻な顔つきをしながら、「また、いらして下さいね。今度は、 猿の話、そうだった? 濱田さん。それを聞かせて下さいねえ」と、二人を ドアの外まで見送った。 「犬山から、連絡がないな。今年は東京から戻って来ないのだろうか。商社 も今の時代は結構きびしいからな。しかし、あいつが一番いいよ、独身貴族 だからな。おまえは所帯は持たないのかと言うと、よくそういう面倒なこと ができるな、おまえらは勇気があるよと吐かしやがる。引く手数多だろうに、 役員の娘とかさ、…あいつには無理か。ずるさがないからな」 「黙々と仕事をするタイプだし、才能があっても上手を嫌うヤツだから、出 世争いでポストに就けなくても、飄々としているかもしれないな。根が優し いからな。そうはいっても部長だよ、あとは所帯を持つだけだな」と、 小柴は、相槌を打った。 証券会社と言えば俺たちの時代のエリート組の集まりで花形部門だ。生き 馬の目を抜く人間でなければ、四十九歳までは残り組には入らない。客の虎 の子を運用するのだ。気が弱くて人がいいだけでは、とっくの昔に辞めている。 損をさせたら罪悪感に苛まれ、下手すれば鬱病で病院通いが落ちだ。 犬山には、俺たちに見せないが、ここまで上りつめた強運や秘密があるはずだと、 濱田は思う。 「須郷は、犬山に連絡しただろうか」 「わからないな。しばらくしたら電話をしてみるよ。最近、俺は考えるよ。 男は損な生き物だとね。女のようにいろいろなところに楽しみを見つける技 量がないからな、と言うか、不器用だよな。仕事を失くせば、思ったより以 上のものを失くしてしまうものなんだろうな。人のことも自分に重ねて、想 像してみたりするようになったよ。ついこの間、車の調子が悪くなって、取 次店に電話をしたら、応答がなかった。家のクーラーの調子もおかしくて、 近所の電気屋のおやじに電話をしたら、そこも出ない。しょうがないから違 う店に頼んだんだけどな。どちらも夜逃げだったよ。結構付き合いは長かっ たからな。夜逃げヤロウは、もうこの町には戻らない。そして、二度と生き てるうちに会えないのかもしれないと思うとね。これも、人生の座標軸がず れていたんだろう。濱田、明日も裁判があるのか?」 「いや、明日はない」 「じゃあ、もう一軒、俺がよく行くショットバーで一杯だけやって帰ろう」 と、小柴が濱田の背中を叩いて、先を歩いた。 月がどろんと懸かっていた。小柴は、背広を右肩に掛けながら、「おい、 ちょっと聞いていいか?」と、ふいに振り返った。そして、濱田の肩に腕を 回して「おまえは、あのママとできているのか?」と間の抜けた調子で聞いた。 「どうして、俺があのママとできなくてはならないんだ? そういう感情は、 もうどこかに行ってしまったよ。残り火さえも消えてしまったな…」と言う と、濱田の肩をぐいっと自分のほうに引き寄せて、「そうだよな」と、力なく 笑った。 ビルの谷間から、星は一つも探すことができなかった。 が好みそうなアメリカ式の丸いカウンターの明るい店内には、ジャズが流れ ている。 「若者の溜まり場だけど、洒落てるだろう?」と小柴は言いながら、「マテ ィーニ、二杯ね」と、ドレッドヘアーのバーテンダーに注文したあと、「俺、 ここが好きでね。仕事の帰り、一杯飲むのは最近ここばかりだよ」と言った。 「おまえらしいな」 「そうか? 辛気臭くなりたくないからな。可愛い子もいるし、青春の残り 香という夢を見るのさ」と小柴は照れもせず、そういう台詞を口にした。 「いらっしゃいませ」 「ああ、知美ちゃん。今日はバイトの日だったんだね」 「そう。週に三日。その他の日は家庭教師が入っているから」とその子が元 気良く笑った。 ポニーテールに施されている白色のレースのリボンが動く度に揺れている。 「知り合いか?」 「ああ、この店だけのね。若いっていうのは、嫉妬に値するよ」と小柴は目 を細めた。そして、「この店に巡り合ったのには、苦々しい経緯があるんだ よ」 小柴の話は、いつものことだが、何故か引き込まれる。
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