笠原瑠璃子の真骨頂なつぶやきダイアリー

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短編小説

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短編小説「朧月夜」三

「あ、それで、その人たちは、助からなかったのね」と京子が引き止める。

「もちろん、助かったさ。そういうヤツは、なんでか知らないないけど、助

かる具合になってるのさ」

「あ、わかった、亡霊だったんでしょう?」と、京子は怪訝な顔をした。

「そういうことだね」

「本当の話?」

「そうらしいよ。新聞記事から映画になったらしいからね。残った人間は、

いちおう裁判にはかけられたらしいがね」

 京子は、深刻な顔つきをしながら、「また、いらして下さいね。今度は、

猿の話、そうだった? 濱田さん。それを聞かせて下さいねえ」と、二人を

ドアの外まで見送った。



外は、まだむっとする熱気だった。

「犬山から、連絡がないな。今年は東京から戻って来ないのだろうか。商社

も今の時代は結構きびしいからな。しかし、あいつが一番いいよ、独身貴族

だからな。おまえは所帯は持たないのかと言うと、よくそういう面倒なこと

ができるな、おまえらは勇気があるよと吐かしやがる。引く手数多だろうに、

役員の娘とかさ、…あいつには無理か。ずるさがないからな」

「黙々と仕事をするタイプだし、才能があっても上手を嫌うヤツだから、出

世争いでポストに就けなくても、飄々としているかもしれないな。根が優し

いからな。そうはいっても部長だよ、あとは所帯を持つだけだな」と、

小柴は、相槌を打った。

 証券会社と言えば俺たちの時代のエリート組の集まりで花形部門だ。生き

馬の目を抜く人間でなければ、四十九歳までは残り組には入らない。客の虎

の子を運用するのだ。気が弱くて人がいいだけでは、とっくの昔に辞めている。

損をさせたら罪悪感に苛まれ、下手すれば鬱病で病院通いが落ちだ。

犬山には、俺たちに見せないが、ここまで上りつめた強運や秘密があるはずだと、

濱田は思う。 

「須郷は、犬山に連絡しただろうか」

「わからないな。しばらくしたら電話をしてみるよ。最近、俺は考えるよ。

男は損な生き物だとね。女のようにいろいろなところに楽しみを見つける技

量がないからな、と言うか、不器用だよな。仕事を失くせば、思ったより以

上のものを失くしてしまうものなんだろうな。人のことも自分に重ねて、想

像してみたりするようになったよ。ついこの間、車の調子が悪くなって、取

次店に電話をしたら、応答がなかった。家のクーラーの調子もおかしくて、

近所の電気屋のおやじに電話をしたら、そこも出ない。しょうがないから違

う店に頼んだんだけどな。どちらも夜逃げだったよ。結構付き合いは長かっ

たからな。夜逃げヤロウは、もうこの町には戻らない。そして、二度と生き

てるうちに会えないのかもしれないと思うとね。これも、人生の座標軸がず

れていたんだろう。濱田、明日も裁判があるのか?」

「いや、明日はない」

「じゃあ、もう一軒、俺がよく行くショットバーで一杯だけやって帰ろう」

と、小柴が濱田の背中を叩いて、先を歩いた。

 月がどろんと懸かっていた。小柴は、背広を右肩に掛けながら、「おい、

ちょっと聞いていいか?」と、ふいに振り返った。そして、濱田の肩に腕を

回して「おまえは、あのママとできているのか?」と間の抜けた調子で聞いた。

「どうして、俺があのママとできなくてはならないんだ? そういう感情は、

もうどこかに行ってしまったよ。残り火さえも消えてしまったな…」と言う

と、濱田の肩をぐいっと自分のほうに引き寄せて、「そうだよな」と、力なく

笑った。

ビルの谷間から、星は一つも探すことができなかった。 



小柴の行き付けのバーは、場末の匂いのする京子の店とは別天地で、若者

が好みそうなアメリカ式の丸いカウンターの明るい店内には、ジャズが流れ

ている。

「若者の溜まり場だけど、洒落てるだろう?」と小柴は言いながら、「マテ

ィーニ、二杯ね」と、ドレッドヘアーのバーテンダーに注文したあと、「俺、

ここが好きでね。仕事の帰り、一杯飲むのは最近ここばかりだよ」と言った。

「おまえらしいな」

「そうか? 辛気臭くなりたくないからな。可愛い子もいるし、青春の残り

香という夢を見るのさ」と小柴は照れもせず、そういう台詞を口にした。

「いらっしゃいませ」

「ああ、知美ちゃん。今日はバイトの日だったんだね」

「そう。週に三日。その他の日は家庭教師が入っているから」とその子が元

気良く笑った。

ポニーテールに施されている白色のレースのリボンが動く度に揺れている。

「知り合いか?」

「ああ、この店だけのね。若いっていうのは、嫉妬に値するよ」と小柴は目

を細めた。そして、「この店に巡り合ったのには、苦々しい経緯があるんだ

よ」

小柴の話は、いつものことだが、何故か引き込まれる。

短編小説「朧月夜」二

「家庭か、仕事か?」

濱田は、苦笑した。

「女房は、堅実な女だからな。ちょっとやそっとではどうにもならないよ。

例え、どこかに出向させられるはめになっても、俺はめしの種だからな。な

んというかなあ、日常生活に必要なことだけを話して事足りるというのは居

心地はいいけど、無謀で自分に正直だった時代が無性に懐かしくなることが

あるよ。仕事は複雑微妙、そういうところさ」

管理職に就いた小柴は安泰ではあるが、人生の追い風を侘しくも感じても

いる。定年まで勤めを果すことで自分に一区切りができるだろうと、その先

のことはあまり考えないようにしてきた。

「小柴の言葉は、心に沁みるな」

「馬鹿言うなよ、他のヤツにはこういう話はしないよ。甘いと思われるから

な」

小柴は、そう言いながら、グラスをまた空けた。

そこへ手持ち無沙汰な様子で、京子が水割りを作りながら、濱田の座って

いる前に立った。

「今の高校生くらいの子どう思います? パンツが見えるくらい短いスカー

ト履いて、足投げ出して地べたに座って、男子学生といちゃいちゃしながら

携帯電話をいじっているんですよ。それに、髪の毛染めた子ばかりで、化粧

なんて序の口なんですって。私は、高校生の姪と住んでいるんですけど、彼

女のまわりで、経験してない子って少ないんですってよ」

 そう言って、レモンの輪切りをぽいとお冷のグラスに入れた。

「経験って、チューかい?」

小柴は、京子が二人の間に割り込んできたのはあまり嬉しくないという素

振りで、煙草を口に挟んだ。

「それ以上のことですよ。キスマークを付けて、平気で学校に来るそうよ。

今の子は、そういうことを恥ずかしいと思わないんでしょうねえ。流行遅れ

の洋服を着ていたら、もしかして恥ずかしいと思うんでしょうか」

 真面目な顔をして、豆腐の白和えをカウンターに並べた。

「昨夜のテレビで、こういうのをやっていましたよ。子供とその子の両親と

祖父母の五人家族で旅に出かけて船が沈没したんですって。助かるためには、

ボートで脱出しなくちゃいけないんだけど、そのボートには人間なら二人、

物を乗せるなら人間は一人しか乗られないという設定なのね。回答者の小学

生は、夫の立場なんですけど、何て答えたと思います?」

「その物って?」

「五千万円なんですけどね」

「それで?」と、小柴が面白そうに座りなおした。

「むずかしいでしょう? だけど、ほとんどの小学生が自分と五千万って、

さらりと答えたのよ」

「パロディーみたいだな。究極の選択だよな。おまえだったらどうする?」

小柴は濱田に話を振った。

「究極というより残酷だから笑えるね」

「一応、子供と女房。そういう答えをするのが大人の答えなんだろうが、誰

も拍手さえしないだろうな。な、覚えてるよな? 船の話」と言って、座り

なおした。小柴は、何かを考えているとき、腰を浮かしぎみにする。

「ちょうど今頃だった。犬山が盆休みで東京から帰省していて、犬山が忘れ

られない映画があると切り出した船の話。犬山に続いてすぐ、須郷が猿の話

をした。奇妙だけど、あの雨の夜な、須郷が肩を落としながら車に乗って走

り去ってから、その話が思い出されたよ」

「その話は、俺も所々、覚えているよ」

「その話を聞かせてくれないかしら?」と、洗い物をしていた京子が言った。

「これは、男の話でね。ママが聞いても面白い話ではないよ」と小柴は、言

ったが、すぐ、「ま、いいか、他に客は誰もいないことだし、酔いもちょう

どいい具合だし、その前にビールね」と、また椅子から腰を浮かせた。

京子は「横に座ってもいいかしら」と言いながら、また水割りを作って、

濱田の横に寄り添うようにして座った。濱田のズボンの上に乗せられた京子

の手をちらりと見た小柴の目が何か言いたげだが、濱田は、別に気にもして

いない。古ぼけた空調設備が軋むような音を立てている。いつになく静かな

夜だ。

「ママ、船の話だけどね、タイタニックの映画の話じゃないよ」と眉をくっ

と上げて、小柴が声をひそめた。

どういう訳か、この男は誰に対しても節度を持った礼儀正しい優しさがあ

る。人を引き込むような話もできる男で、ひょっとすると市役所なんかより

も劇団にでも入っていたほうがずっと似合いなのではないかと、濱田は思う。

「この話は、犬山という俺たちの仲間が、濱田の家で飲み会をした時、自分

の見た映画をつまみ代わりに話してくれたものだけど、そう、期待されるよ

うな話でもないよ」

「おい、あの時は豪勢だったぞ。大鯛の活き造りに、さざえの壷焼…」

「そうだったな。ま、いいじゃないか。端折って話す。小さな客船がしけで

航海不能になり、三艘の救命ボートで脱出することになるが、二十人が定員

でね。運良く全員がそのボートに乗り込んだのはいいが、食料や荷物を積み

込んでいるから浮力向上のためにどうにかしなければ沈む。そこで、みんな

は荷物から海に捨てていく。それでも駄目だとなれば、誰かがボートを後に

しなければならないことは明らかでね。それで、弱い人間から海に捨ててい

くという…、よくある話だよ」

 そこまで言って、小柴は、話す気分を損ねたように、ふーっと息を吐いた。

「弱い人間って、老人とか子供とかなの?」と京子が聞いた。

「それは想像に任せるよ。それで、何日間かその船は漂流する。何日か経っ

て、霧の彼方に客船を見つけるんだ。ボートの連中は、これで助かったと思

う。思ったとおり、その客船がボートに近付く。客船のデッキで、数人が下

の海を覗いている。嬉々としてボートの連中は手を振るんだ。ところがどうだ、

客船の顔ぶれは、自分たちが海に突き落とした人たちだった」

小柴は、今度は本格的に腰を浮かせ「ママ、勘定ね」とカウンターの椅子

から降りた。

短編小説「朧月夜」一

   『朧月夜』


異常に蒸す一日だった。

路地に入ると、濱田昭男はネクタイを緩め、シャツのボタンを一つだけ外

した。バー「紫」のドアを開ける。べたついた衣服がクーラーの冷気で、背

中にひやりと張りつく。

ウイークデイの六時といえば、飲み屋は開店したばかりで、客は誰一人居な

い。

カウンターに腰を下ろすと、ママの京子からお絞りを受け取り、

メガネの下の汗を拭きながら腕時計を見た。

「あら、めずらしいのね、誰かと待ち合わせ?」と勘のいい京子が聞いた。

「紫」は、四、五人座れるカウンターと、テーブル席が二つという小さい店

で、少し前まで手伝いの若い子がいたが、最近は京子だけで賄われている。

帰り道ということもあって、濱田は、ふらりと立ち寄るのだが、長居はしな

かった。せいぜいビール一本だ。

場違いなチクタク時計と、どこにでもあるような花の油絵が壁に掛かって

いる。

「この店、何年になるの?」

「七年目に入ったところよ。濱田さんがいらっしゃるようになってから三年

目かな? でも、いきなりなあに?」

「いや、どのくらいになるのかなと思ってね」と濱田はジャケットから煙草

とライターを取り出した。

「ねえ、濱田さん。お店も見ての通りでしょう? 誰かもらってくれる人が

いないかしらね。金持ちで、私を大切にしてくれる人」

京子はふっふっと笑った。四十半ばだろうか、めだって美人というわけで

はないが、笑い方に愛嬌がある。商売に精を出していないわけではないだろ

うが、計算高くもない。気を遣うこともなかった。

「よお、飲んでるか?」そう言いながら、小柴がすばやく濱田の横にすべり

込むように座ったのは、二杯目のグラスを手にした時だった。

市役所に勤務している小柴は、そつのない手つきでお絞りを受け取りなが

ら、挨拶もそこそこに「今日の新聞見ただろう?」と小声で言った。

「ああ」

「今朝、おまえから電話があったときから、そのことだろうと思っていたよ。

しかしなあ、あいつもとうとうやりかぶっちまったな」

小柴は、やりきれない表情を浮かべ、ビールを一気に空けた。

「実はな、俺、一ヶ月前からそのことは知っていたんだ。雨の夜にふいに須

郷が家を訪ねて来て、手形が落ちないので金を貸してくれないかと頼んだこ

とがあったよ。俺になんとかしてあげられるくらいの甲斐性があったらな。

おまえの所には?」

「いや」

「須郷のやつ、学生時代から、お前とはいいライバルだったからな」

「資金繰りができなくて不渡りか。その金額はいくらだったんだ?」

「一千万越えた額だよ。一円足りなくても不渡りは不渡りだからな」

 小柴は、雨に濡れながら、須郷が車に乗り込んだ後姿を思い浮かべた。高

校の部活で知り合い、三年の夏の甲子園の予選試合まで青春を共にした。大

学時代も須郷は野球を続けた。薄暗くなってから、「よお、銭湯に行こう」

と東横線の綱島駅の線路沿いにある小柴のアパートのドアを叩き、そのまま

泊まって行くことが多かった。

福岡市に戻ってからは仕事帰りに何度か会う程度だったが、気が置けない

友人だった。

実際、小柴が貸せるような金額ではなかった。例え、用立てできる金額で

あったとしても、二人の息子は、今が一番金のいる時期だ。

「あいつ、今は戦国時代だよなとぽつり言って、嫌な思いをさせた、気にせ

んでくれって…」

「それで、あいつは今どうしているんだ? 気になって、事務所から自宅に

電話をしたけど、通じなかった」

「あの雨の夜、迷惑をかけるといけないから、女房とは離婚したよと、別れ

際に言ったよ。洋子さんは、実家の山形に子供を連れて帰るそうだ。一番大

変な時に助けることができないなんて、ほんと情けないよ」

「下の子は、確か高校生だったよな」

 濱田は、強気の須郷が豪快に笑っている顔を思い浮かべた。

 須郷と小柴と濱田は、高校の同級で、揃って東京の大学に進学した間柄だ

った。大学を卒業して須郷と小柴は故郷の福岡市に戻った。須郷は家業の建

築会社を継ぎ、小柴は市役所に就職をした。濱田は東京の弁護士事務所に十

五年間働き、四十歳で郷里に戻り、弁護士事務所を開いた。

「やり過ぎだったよ。バブルの頃さ。ポルシェを乗り回して、バックの中に

札束入れて豪勢に飲みまわっていたからな。その頃だよな、マンションも建

てたし、ホテル経営も始めた。あの山の上の豪邸を建てたのもその頃だ。あ

そこも抵当に入っているらしいよ。ひと悶着もあった」と小柴は小指を立てた。

「そうか、その頃、俺は東京にいたから詳しくは知らないが、あの頃のつけ

が今頃回って来たんだろうか」

「そうだろうな」

「誰にでも、容易には察せられない事情があるからな。ところで、おまえは

どうなんだ?」

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