|
日曜日だった。 私は、夕方になって、近くのイオンに買い物に行き、本屋の中をぶらつき、一階で、ハニーローストというピーナッツを買い、そして、本屋の向かいのY楽器でCDを注文した。おとといの午前中、車の中で久しぶりにラジオをつけたら、FMOから流れて来た曲をどうしてもほしくなった。いつもは、車の中では、気に入ったCDを聞く。私は目的地に着くまでその曲を聴き、その日の3時ごろFMOに電話をした。 「12時ごろ、そちらで流れていた曲の題名を知りたいのですが、分かりますか? ヒントは、シングル版、歌姫としか分かりません」 「ええっと」 「例えば、この広い世界で、一人ぼっちに感じる時も…」 「なるほどね。それ、Fumikaです。もうすぐ発売になります」 「なんという曲ですか?」 「たいせつな光という曲でしょう」 FMOは、一秒もかからず曲を答えてくれたが、うろ覚えの歌詞を私が言った時、ふふっと、かすかな声が聞えた気がした。 最近、ニューアルバムなどには全く興味がなかったし、若い子たちの声にもあまり惹かれなかったが、歌詞のどこかが妙に私の気持ちを良くしたのだと思う。 27歳の男の子とアミューズメントパークに行く予定になっていた。朝から、煩雑な電話があり、断ろうかと思ったが、電話をかけながら、さっさといつものルーティーンの掃除をしながら、パンを焼きコーヒーを入れた。 朝のベランダからは、実にいろんな音が聞えて来る。子供たちのキャッキャッと笑う声、時間差のテニスボールの子気味好い音、最近来るようになった鳩の鳴く声もする。ベランダにつがいが止まる。決して近づいて私に媚など売らない。私はその美しい姿をそっと見ているだけだが、自分の顔が綻んでいるのが分かる。 10時にU駅で待ち合わせたので、ちょっと遅れるかもしれないとメールを入れて、お洒落もしないで気楽な格好で靴を履いた。単行本を入れるのを忘れたので、エレベーターで一階まで降りたが、また部屋に戻った。私は外で単行本を読んだことはほとんどない――。習慣的にバッグの中にないと不安定な気分になる。日曜日の朝でも電車は混んでいる。一駅過ぎて、横に老齢の女性が座った。女性は私をちらっと見て、「聞いてくれますか?」と言った。私は、けっこうそういうことがあり、とても自然なことだと思っているので、すぐに「ええ」と言った。「動悸がします。愚痴じゃないんですけどね…。あまりに情けなくて、誰かに言わないと、爆発しそうなんです」。私は、また「ええ」とだけ言った。 「今日は、息子の嫁の誕生日だったのです。朝早くから出かけました。チャイムを押してたら、嫁が出てきました。まだ眠っていたのでしょう。プレゼントを渡そうとしたら、『どうも』と迷惑そうに言いました。」 「……」 「どうもと言っただけですよ!情けない…。私、ここで降ります。また」 私は、女性の「また」という言葉に苦笑した。女性は、足取りは重い様子だったが、私を振り返りはしなかった。 U駅に着いたら、彼は、「遅いなあ…」と言った。 私たちは、アミューズメントパークのある駅で降り、入り口まで行ったが、 「どうする?」と言う彼に、私は、笑いながら「やめよう、人が並んでいるもの。…ということは、どこに入るのも待つということなのよね…」 「じゃあ、どうするの?」 「ひとまず、コーヒー飲もう!」 彼は、「スタバ? サンマルク?」 いつものことだと思ってか、軽く「オッケー」と言った。 「比叡山に行く?」 「う〜ん。水族館にしよう」 「その前にビールと串カツとは言わないの?」 「言う」 彼は、あははとおおらかに笑った。 私との付き合いは長い。正確に言えば、英語を中学生と高校生の六年間教えていた教え子で、気が向いた時に、「日曜日デートしよう」と電話をしてくる。私も気分が乗ったら一緒に出かけることにしている。彼は、某企業に勤めていて、海外向けのパンフレットの英語の表現のことで、ときどき電話してくる。まったく気楽な話しになるので、楽しい存在だ。 私たちは、秋の気持ちの良い風に吹かれながら、水族館に行っても行かなくてもいいと思いながら、足の向くままぶらぶらした。そして、O美術館に行くことになった。それも気まぐれに近い。岸田劉生展を見た。私は、彼と絵を見ながら逸れた。 「ジョリと行くと、いつも逸れる」 「貴方があまりに遅いからよ」 「自分が好きな絵だけを見るからだよ。僕はすべてきちんと見る!」 「好きな絵を見るのが普通でしょう」 「そうかなあ…。えっ? どうしてここで、東山魁夷のポストカードを買うの?」 「えっ、麗子を買うのが妥当なの?」 「そうでしょう…」 「見て!白馬の森は、いいなあ…。どう? 平山郁夫の楼蘭の月も、いい!」 「これをどうするの?」 「額に入れて、机に飾るわ」 「いいんじゃない? 僕は麗子を買う」 午後に、歩きながらよさそうな店に入り、ビールと串カツを食べた。それから、ほろ酔い気分で、「またね」と言いかけたら、彼が「水族館は?」と言う。 「う〜ん。いいかも」と、私は、生半可な声を出した。 しかし、水族館は、思ったより私を和ませ、「僕は、ここ三度目なんだよね…。もうそろそろ出ようよ。」と言う彼をてこずらせた。エイをじっと見ていた。なんだか不思議な生き物だ。 「ね、次、生まれるときは、私、エイでもいいな」 「またアホなことを言う」 「人間より自由かもしれないもの…」。「笑えないなあ」と彼はむっつり顔で言った。 水族館を出ると、すっかり夕暮れになっていて、カップルたちが手を繋いでいる。 「あっちも、こっちも」 「そっちも、あっちも」そう言うと、私は急におかしくなって、声を出して笑った。 「ね、あの観覧車に乗ろう」 「相手不足でしょう」 「まあね」 「もう一生にもう一度ということもないかもしれない」 「そうだね、ジョリとはね」 私たちは、カップルの列が沢山できている中で順番を待った。 「ここが頂上かなあ…。夜景がきれいだなあ…。彼女がいたらなあ…」 「なんだか高いところに来ると、お腹の辺りがぞくぞくする…。彼氏がいたらなあ…」 私たちは、思いがけなく、大きな声で笑った。 家の鍵を開けたのは、九時半だった。 電話が鳴っていた。 「どう?」 「どおって?」 「仕事」 「まあまあ」 「あなたは?」 「まあまあ」 私は、ベランダから「クークー」と鳴く鳩の声がした。 「ちょっと待って?」 「どうしたの?」 「鳩がまた来ているみたい…」 「ああ、いつか言っていた鳩?」 「キュンとするな…」 「あはは!」 「聞える?」 「聞えないよ」 私は、受話器をベランダのほうに近づけた。 「微かにね、聞えた気がするよ」と、息子は言った。 「思い出す?」 「うん、あそこの鳩のことだろう?」 「私の言うことがよく分かるのね…」 「もう何年付き合っていると思っているの…」 今度は、私が笑った。 その夜、私は、電話を切ってから、鳩のクークーと言う鳴き声を聞きながらベッドに入った。そして、しばらくして静かになった。 きっと飛んだのだな…、と思った。 火曜日の夜。 私は、注文したCDを取りに行った。 そして今、それを聴きながらこれを書いている。 どの歌詞に心を動かされたのだろうと思いながら。 今日は、鳩は来なかった。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




