笠原瑠璃子の真骨頂なつぶやきダイアリー

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随筆

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 電話の向こうから、スノービッシュで尖った声が「あいにくその日は全便満席ですが・・・」と若い女性が言った。もうちょっとあたたかい声が出せないものか。まだ、その前の電話の男性のほうが営業声の中にも愛嬌があった。
 瑤子は、募集人員の都合でキャンセルになったツアー旅行の、空白になった四日間の埋め合わせをするために朝から電話を何本もかけていた。
 久々に休みがとれたが、連休にかかっている。出遅れだ。機械的な声にはもうあきあきしていた。いつの頃からか電話先の声がかなりマニュアル化されている。最近導入されたという、「ガイダンスの後にご利用の番号を押して下さい」というアナウンスに、ここ十年で、人間と話したいと思う気持ちはもっと増すだろうと苦笑いをした。機械と人との間は大きな違いがある。合理化はサービスという本当の意味から外れている。もどかしい限りだ。
 最終的には、「どうか人間を出して下さい」という気持ちになる。
 ここまでいらいらしてバケーションと称し、無理に出掛けることもないかと思う。学生気分で朝から夜中まで精力的に観光してホテルは民宿でもいいや、という具合にはいかない。ゆったりしたいのだから、洒落たバーがあって、日が沈んでから泳げるプールがあるというのが好みだ。ショッピングをするでも観光をするのでもなし、間違っても肌を焼くこともない。










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 不思議なことだが海外に行く時は、ホテルなんてそこそこでいいやと思うのに、国内となるとこだわってしまう。きっと海外は、その地の空気を肌で感じ、その地の人たちを感じるだけで何かを得ることができるからだろう。
 以前と違い買物に興味がなくなったので、海外でもお店にはほとんど行かない。ふらりと街に出て日常生活の一こまを自分なりに理解する。それにはマーケットや市場が楽しい。半日はカフェテラスに座る。何も考えず通りを歩く人たちを絵のように捉えるのがおもしろい。いつの間にかカメラを手にするのも面倒になった。











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 瑤子は、日の沈んだホテルのプールに仰向けに浮かんでパームツリーが風でかすかにそよぐのを見つめていた。月の光りがプールの水の中まで明るく照らし、ゆらゆらと揺れている。ラウンジで飲んだジントニックが体のなかでわずかに燃えているようだ。メンソールの煙草を吸いたいと思ったが、プールから出るのが面倒だった。
 夕食は、この地に嫁いで15年になる圭子と地酒を飲みながら琉球料理を食べた。いきつけの店「うりずん」は、昔と変わらない。空気が違う感じがふとしたが、それはお互いに知らない、お互いの歳月によるものだろう。沖縄そばの味で、懐かしさが急に戻って来た。
 圭子は横浜出身で、学生時代はいつも一緒に居た。ひょんなことから雑誌の仕事を得て沖縄に滞在した時、東京で写真家のかけだしをしていた圭子が「私も加えてよ」と転がり込んで来た。なんだか今考えると、どうしてそういうことができたものかと不思議に思う。いい時代だったのだと思う。雑誌の発刊は一冊きりだったがなかなかいいものに仕上がった。まだ学生気分が抜けない気楽な時期だった。その雑誌創りが縁で、圭子はひょっこり沖縄のひとまわり違う実業家と電撃結婚をした。まったく縁は異なものだ。
 今では、三人の母親になっていて、ご主人の仕事も拡大している。家はプールのある高台の豪邸で、玉突きや卓球台、ゴルフの練習用地などもあり快適な暮らしぶりを見た。「ここは私にまかせて・・。お金はあるのよ」と言う彼女の台詞がとても可笑しかった。なにせ学生時代は、なんでも知っている仲だ。
 彼女は、話し方や表情はそう変わらなかったが、馬鹿笑いはしなくなっている。無邪気さもなくなった。何不自由ない生活のようでも見えない苦労があるのだろうと思う。












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 圭子は両親をすでに亡くしている。瑤子は、田舎に両親が健在だ。
 ホテルに着いて新聞を読んでいたら、「いま一人、いつか一人」という連載記事が載っていた。その新聞のふきだしが、何故か大げさに感じ目を留めた。
「独身。ただのOL、賃貸住まい、低収入、預金なし。自分で選んだ生活なのに、今の日本では社会的な保障と世間の目という点で、一人暮らしが不利なことは明らか・・・」33歳の女性の記事や年配の人たちのインタビュー記事がある。

「ほぼ4軒に1軒が単身世帯というが、私の町内もそのとおり。今は主人と2人暮らしだが、いつかは一人になると心の準備をしてきた。何といっても経済的問題が先決だと思う。年をとっての一人は大変。自分で自分のことができなくなる。年金でだれにも遠慮なく入れる公的施設が沢山できることを望む」

「一人暮らし歴12年。『寂しいでしょう』と聞く人には、『そうですね・・・』と答え、『気楽でいいでしょう』と言う人には、『まったく・・・』と答える。だれにも支配されない代わりに頼みとする人もいない・・・」

 厚生省が発表した95年の国民生活基礎調査によると、全国の4707万世帯のうち、一人暮らしは、921万世帯。社会の支援体制整備が不可欠に今後なってくる。

 この夏、市役所に勤めている友人男性がマンションを購入した。「独身の男には、なかなかアパートも貸してくれないんですよ」と彼は言った。瑤子は違和感を感じた。彼は、むっとして「独身男性っていっぱいいるでしょう」と言ったそうだが、不動産屋は「未成年者は親が保証をするでしょう・・。学生以外は、敬遠するものですよ・・いろいろありますからね・・」と涼しい顔で答えたそうだ。
 そういえば、女性で社長になっている友人もそういうことがあった。理由は、母子家庭だからだそうだ。
 社長でなく、資産がない。両親がいない。いわゆる保証がない人。ましてや、母子家庭の女性はどうなることか・・・。どこか間違っている・・。
 そういうものか・・・。それでは、独身の女性はどうなのか・・。この意味は、適齢期(この言葉は死語だが)過ぎたという意味合いなのだ。社会の常識とされている事柄から少し外れると・・・というニュアンスだろう。ましてや、老人はどうか? 老人の女性はどうだろう?・・・。暗いなあ・・。










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・・・プールサイドの椰子の木がざわざわと音を立てはじめた。
風が出てきたのだと瑤子は我にかえった。
 南国の風はふるぬるかったが体は冷えていた。そろそろ引き上げて、ホテルのバーでナイトキャップを飲もうと思った。
ロビーでは、学生だろう・・・。若い男女でざわめいていた。





【このエッセイは、1996年の某雑誌連載の一部です。】
 
 











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六月十二日(木曜日)











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写真提供・Mr.ティディ











「当方36歳。離婚暦のある女性。ブロンドの髪。瞳は青。性格は明朗快活。大学院終了。病院の病理学研究室に勤務、しかも美人です。趣味は旅行と詩を書くことです。35歳から42歳までの誠実な男性を求めます。独身、離婚、死別は不問。子供歓迎」
 アメリカの街頭で無料配布されている週間情報誌には、こうした「求む結婚相手、再婚相手」の広告が毎週数十件掲載されている。女性が社会進出を果たした現在、社会的地位に加え、再び自分という価値に見合う家庭を手に入れたいということなのだろう。
「当方52歳。離婚暦のある女性です。ジャズダンスの講師です。体はいたって健康。外見は10歳以上若い。独立した子供が2人います」
 いうなれば、お見合い紹介所の役割だが、本人が名前と電話番号を掲載するわけだから、直接電話がかかってくるというわけだ。
 その他、恋人募集やいかがわしいパートナーの募集等の週間情報誌をいたるところで見たが、離婚率も高いことだろうし、自然に発生する雑誌なのだろう。それどころか、「優秀な精子求む」というメッセージもインターネットでやりとりされているというから、その程度はため息をつくほどのことではない。インターネットで精子の提供者を募集、そのデーターを見て、希望者が契約の交渉に入る。データには、学歴、才能、血筋、容姿等が記されていて、交渉成立なら、提供者にオフィスバンクを通じて報酬を支払い、病院で検査及び人工授精の手続きを踏むという。優秀な子種というのだから、登録する希望者は、それなりの経歴を記している。普通だったら見向きもしないことだろうが、世の中にはいろいろな考え方の人がいる。まあ、子種だけで亭主はいらないということか・・・。日本でもそういう経緯で子供を出産している人もいると聞く。晩婚化、少子化、離婚、未婚という様々な現状の中で、こういうこともニーズに答えていることになる。











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西瓜の季節ですね・・・









 ここ10年で、モラルという点では、多様化すると同時に社会状況において変化している。アメリカ社会は、家庭内暴力という問題もあり、日本にはない妻のための駆け込み寺的なシェルターがある。中国では、一人っ子政策の子供たちが適齢期の時代を迎え、若い世界の離婚が問題となっている。男女が平等な権利を有し、女性も経済力がある為、離婚の決断が早いというので、同棲期間を設けてから正式に結婚するというお試し結婚期間の記事が掲載されていた。












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 田中佳子は、今年42歳になる社会学の大学講師で、パリの大学で二年間の研究期間が許されていて、あと半年を残すところになっている。子供と主人を日本に残していて、人様から言わせれば、なんおとも優雅そのものと皮肉を言われることになるだろう。しかし、彼女にしてみれば、今期のチャンスを逃したら二度とできないことだろうと思い踏み切ったことだ。夫婦にもやはり、風通しも必要だということだと考えた。彼女の学生時代の友人たちも、未婚、離婚、子連れで出戻りという様々な状況だが、いずれも仕事を抱えている。世間のことも見えてきて、仕事も乗って面白くなってきた。未婚でいる友人も、自分のキャリアに自信を持ち、今更、家庭が持てるのかしらね・・、という様子だ。実際、女性に雑事が増え、負担のかかる生活に対して退き気味でいるようにも見える。フランスのように、個人の自由が尊重され、婚姻数が減り続け、自由な結びつきで形を成すことも可能な時代でもある。結婚をした女性の生き方は、かなり様々なことを考えされられるものである。種の保存そのものがないとすれば、がらりと形が変わることになるのだが、そういうのは馬鹿げた考え方だろう。婚姻制度というものに対しての考え方は、とても私には興味深いものがある。社会はそれが当たり前とされていることにも興味がある。
しかしながら、婚姻制度は、そこに大きな支柱として横たわるものであることには違いない。












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写真提供・Ms.Jakki(ブルースター)


このエッセイは、1996年の某雑誌連載の一部です。
 
 










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六月七日(土曜日)











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 定住地の自宅付近にある公園のベンチに座り、頬を撫でる風や、青々とした木の葉や木々の枝から漏れる太陽の光線に対して、心底「私はなんと幸福なのだろうか」と感嘆のため息を吐くことがあっただろうか?
 見知らぬ土地であるがゆえに幸福なのだというのはどうだろう?
 自分は誰からも知られていないという安心感。そして、一人にならざるを得ない瞬間的満足として。私は本をめくりながら、青のインクで傍線をほどこしてある箇所を目で追っていた。
「すばらしい沈黙の一瞬。人間たちは沈黙してしまった。だが世界のうたごえが湧きおこり、部屋の奥底に鎖でつながれていたぼくは、それを希求していた。いまなら語ることができる。一体、自分が自分の存在をいつも感じていられるということ以上に、より願わしい祈願がはたしてあるのだろうか? いまぼくが希っているのは幸福になることではない。ただ、意識していられることだ。ひとは自分が世界から除外されたと信じている。だが、こうした身内の抵抗感が解けてなくなるには、黄金色の埃にまみれてオリーブの木がすっくと立ち、朝の陽の光を浴びて目も眩むような海岸があるだけでじゅうぶんなのだ。ぼくについても同じことだ。ぼくは可能性を自覚しているし、その可能性にはぼく自身が責任を負っているのだ。人生の一瞬、一瞬は、そのなかに奇蹟の価値と永遠の青春の相貌をひめている」
 私は、しばし翻訳本のフレーズの美しさに浸っていた。
 どうやら田島は完全に日本を脱出した。この「太陽の讃歌」と田島の当時の心境との関りはあるのだろうか。
 人生に意義を見出す望みが無い絶望的な状況、不条理を追求したカミュを田島はどのように愛読していたのだろうか。今、その本が私の手の中で心を動かしていることが何か不思議だった。











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コンパスとは信頼。
不安は猜疑心を呼ぶ。
砂漠にはコンパスが必要だ。
見渡すかぎりのデューン
その中でたった一人でいると
孤独の意味がわかる。










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In French, the "Amour" of "Amour Pegasus" means "Cupid" and "Faerie"


愛も信頼
不安は支配欲
まして、強制ではない。
愛を所有や支配で自分の手の中に入れることはできない。

それらの中にいるものは、すべての時が来たら、飛び立つのだ。













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言葉を捨てることがたまには必要だ。
そうすることによって世界を直感的に感じ取ることができる。
沈黙はすべてを制してしまう。
自分の目で生きること
他人の目で生きないことが、自分を生きることだと思う。














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 ハッサニアは、袋から皺がよったエプロンの紐をしっかり首で縛り、腕まくりをして、汚れた皿を洗い出した。しばらくして、ジェラバの裾が気になったのか、古びた布製のバッグから紐を出して、アラジンのランプに登場する丸くなったずぼんのように、裾を縛った。


「私は幸せだ。家は数え切れないくらいあるからねえ」
「あんたの家は? どこの出身だい?」
 アジザが笑う。
「ご主人の奥様だよ。日本から来られた」
「ヤバン?」
「東のほうだけど、とても遠いからねえ。すぐには帰れないんだよ」
「ムスキーナ」
 ハッサニアは、瑤子の顔を両手で挟んで、やさしく叩いた。
「あんた、帰れないと、どうするんだい?」
「奥様は、もうここの人になられたんだから、そんなに度々は帰るわけにはいかないんだよ」
「ムスキーナ」
 ハッサニアは日本がどこにあるのか知らないだろう。
「私はやはり可哀相?」と言うと、ハッサニアは、ちょっと首を傾けて、「ムスキーナ」と再度呟いた。
「私の二番目の夫はやさしかったよ。いつも羊の肉を持って帰ってきた。今も私はみんなからやさしくしてもらっている。神様は寛大なお方だ。ハムドリラー。バラカ」
 アジザがズッキーニに皮を剥きながら、クスリと笑った。
 バラカは、私はお腹がいっぱいです。もう充分にいただきました。ハムドリラーは、ありがとうございますと食事が終った時に言う言葉で、日本語では、おごちそうさまに当たる。
 西サハラの出身で、子供の頃からフォークロアで踊っていたという。身のこなしが軽い。あっと言う間にキッチンの床を拭きあげた。
 アジザがカフェ・オ・レを入れると、「ビスミアッラー」と、天を仰いだ後に、うまそうに音を立ててすすった。


 ハッサニアの持ち物は、古びたバッグだけだ。
「生きていくのに必要なものは、そんなにないのさ。私の必要なものは、全部このバッグに入っている」と、軽くバッグを撫でた。















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六月三日(火曜日)










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メクネス(油彩)
洋画家・仲村一男氏







 私は、列車の窓から陰りを見ていた。
それは濃い部分と薄い部分とに分岐している。


 太陽のふりそそぐ大地に延びる陰影は、赤茶けた土をリズミカルになぞりながら、私に次から次へと新しい風景を見せる。


 私は自分の歩いてきた道を振り返っていた。
 私が受け入れながら置いてきた、いや、置いてきてしまった過ぎ去った時間を軽くなぞりながら、風景は影のように、決して同じところに留まらない。どうしても否定せざるを得ないある一つの黒点は、私をここまで走らせてきた情熱のようなものだろう。それは私にいろいろなことを制限した。いつも振り払おうとしてできなかったこと。そうしようとする度に心の底から、それはできないと思う感情がじゃまをした。


 それがまた私に微笑みかけたとしたらどうするのか・・・。
 

 命を紡ぐことは、実にいろいろなことを経験する。経験のすべては無駄ではないというが、果たしてそうなのだろうか・・・。私は、光りと影の間には、表裏一体の何かがあると常に思ってきた一人だ。しかし、それは見なくていいものなのかもしれないとも思う。見ることによっては賢くはならない・・・。それを理解して、素直に受け入れることで、賢くなるのだと思う。そして、それは、いつか姿を現すだろう。きっと私の目の前に、それまで私は・・・、だから私はそれを置いてきたのだ。無意識にも人はきちんと自分のことを知っているものだ。


 そしてそれが私の視界に入った途端、それを受け入れる自分が見えている。


 ジブラルタル海峡を渡り、モロッコの地を踏んでから、その陰影をしっかり見ることになった。それが私への神の愛であったなら、私はそれに跪くしかない。


 メクネスで見た私の風の道で出逢ったもの。それはその後の私の人生に大きな希望を与えた。「風の道で、逢おう。きっと逢おう」


 幻であったその風景は、今になって私に疑問ではなく、真実を見せている。王宮へと続く風の道は、子供の頃からずっと見てきた夢の中の出来事である。メクネスで、風の道を私が歩いた時、私は夢と現実の区別がつかなかった。私の黒点を解決しようと、書物の世界にいたこともある。地図と首っ丈になったこともある。しかし、私はある日それを放り投げた。


 それは、とある人との出逢いいだった。
 私がその人に出遭った瞬間、心の底から震えがきた。
 しかし、私はそれをおくびにも出さなかった。
 ただ、そうなのだと受け入れた。


 マンスール門、それは私の人生の門だった。






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パリの市街地(水彩スケッチ)
洋画家・仲村一男氏






 瑤子の「風の音」はそこからきている。
 私にとっては宝のようなものだ。そして、それを作品にしようなどとはもう思わない。結論を探るための小説だった。


 それは究極的には私の愛だった。
 そして、それはいまも私の心のなかにきちんとあり、私の命を静かに燃やしている。長い長い、それは長い旅だった。


 パリのオピタル・ブラッセのマロニエの木の下でも私はその人と出逢った。
 いつも私が心細い時にはその人が現われた。
 とても不思議なことだった。
 

  しかし、いまは、その不思議さの糸が解け始めている。
 その光りと影の一瞬の間のことだ。
 太陽だけを見てはいけない、そして闇だけを見てもいけない。
 それは、その人がクリアーになるまでの一瞬の隙間・・・。
 隙間が大切だと思う。


 長い旅を終えた私は今ようやっと、微笑むことができるようになった。
 私が書きたかった「風の音」に出てくる小説上の杉子は、実在の人であり、その彼女が万が一この文章を見たら、唯一の理解者であり、私に向かってきっと「おめでとう」と言ってくれるに違いない。そして、私が「もう風の音は私の心にだけね・・・」と言っても、大きく頷いてくれるにちがいないと思っている。


 このことを関係者で知らないのは、一人だけ。
 でもそれでいいのだ。
 この世の不思議はその人には関係がない。


  五月
ノートルダム寺院の鐘の音が、リズムカルに
風に乗って私の耳元に届いている。









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日本画 「牡丹」
日本画家・本多孝舟氏












「やあ、電話を掛けるなんて、ただごとじゃないな。何かあったたのか?」
 田島の声がやけに優しくて、懐かしかった。
 自分の思いをひとしきり話した。
 田島は、黙って聴いていた。
 そして、「瑤子は、自分が誰だか知っているか? あるいは、自分の良さを知っているか?」 と、尋ねた。そして、こう続けた。四方を壁に囲まれて、たった一人、ぼくは世界の裏面に直面している。それは一月のとある午後のことだ。だが、寒気がまだ大気の奥底に感じられる。あたりは一面、太陽の薄い被膜におおわれている。それは爪を立てればすぐ弾けてしまいそうだが、しかもなお万物を永遠の微笑で飾っている。ぼくは一体だれなのだろう?

 

 私は、田島の台詞が誰の言葉かすぐ分かった。セーヌに沿って歩きながら田島は、私の論文のためにカミュの行間を読んだ箇所だ。
 煙草の煙が消えてゆく太陽のこの光線、この甘美な安らぎ、大気のなかに息づいているこのひそやかな情熱になることだ。そしてぼくが到達しようと試みるものがあれば、それこそこの光の深奥なのだ。そしてもしぼくが、世界の秘密をあけわたるこの微妙な味わいを理解し、味わおうとつとめるならば、宇宙の奥底でぼくが見出すのは、おそらくぼく自身なのだ。
 田島は、そこまでカミュを宙に読んだ。私は、一瞬、目を瞑った。
 自分の感性にカンフル剤を打たれたようだった。
「瑤子の良さはね、一生懸命なところだ。いつも自分の体で感じようとするところだよ。そして、それを表現しようと試みる。自分の感情の一瞬の隙間を見逃さない・・・。そこに僕は瑤子に救いを見るよ」













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 モロッコは遠い国だ。田島や杉子の不在は、無意識に自分の人生に影を探す。郷愁に似た心細さを無条件に与えた。
 杉子と来たモロッコは、限りなく夢が広がっていた。定住地になってからもそれはそうに違いなかったが。自分の心のあり方による。たいてい、異国の魅力は帰るところがあってより発揮される。異国に住むことは、自分の国ではないことをことごとく意識することだ。その国の人にすべてを尋ねながら、従うという・・・。



 店の前のショーケースに並べてある靴。その並べ方。何に使うか分からない小物。色とりどりの香辛料。嗅いだことのない匂い。食べたことのない果物。道端で売られている手作りのお菓子。アラビア建築の家。絵本から抜け出したようなドア。モザイクのタイル。あちこちで干されている絨毯。モスクに向かう人たち。ユダヤ人経営のお店。お店での交渉。マーケットで売られている珍しい魚。田舎の食堂のテーブルで老人が座っていて、飲み干されたミントティーグラスに残されたミント。アトラスの山間に住む女性。メディナの喧騒。
フランス語と英語とアラビア語。



 キッチンに立つ自分。
 自分の国であれば、たぶん同じ条件であっても他のことで気がまぎれている。頼る人は誰だろうと考えることで、自分の存在が明白になった。















http://media.imeem.com/pl/_IXMTaqDTu/autoShuffle=true/
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日本画・本多孝舟氏
本多孝舟氏ホームページ
http://www.geocities.jp/kosyu4959/
本多孝舟氏ブログ「日本画家 孝舟の部屋」
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瑠璃子のメモ
文章中の田島の台詞数行は
カミュ「太陽の讃歌」より
引用文です。

一部行変えがどうしても言
うことを聞いてくれない箇所
があります。








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