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ご所望されたので、今回は明智光秀のこと寝たとして取り上げまふ。
個人的に明智光秀が本能寺の変を起こして異様に叩かれている件について。
そもそも、主を倒してその国の党首になった人なんて他にも居るぞ。
例えば武田信玄公は自身の父親を追い出して当主になったし、
下克上の走りとされる北条早雲だってそう。
信長だって、「織田大和守家」当主は、
織田信友で織田家の実権を掌握していたのに結局は殺しちゃうんだもの。
(認識間違ってたらすみません)
それでも、彼だけ悪いと言うんですか?
「主殺しの光秀は悪い」と評されるなら彼らも同じように非難されるべきでしょう。
また、彼の評判を悪くした要因として、
秀吉のによる工作があってもおかしくは無いだろう。
中国にしても、反乱が成功した前の政権に関して悪く言うのは常だし、
日本でも同じ様なことが起こっていても不思議は無い。
(ちょっと調べても引っかからなかったので)
光秀がここまで、「主殺しの悪党」と罵られるのは、
秀吉が光秀の本能寺の変に関する一次史料(当時の史料のこと)を
消した可能性からそれがいえる。
その理由はいくつかあるだろうが、「主殺しの光秀」に対して徹底的にすることで団結を強め、
天下統一を早めることにつなげることができると考えられて、
おそらく表向きはそうしたんじゃないだろうか。
人格者で模範となるような、特別悪い部分の見当たらない光秀を“悪者”に仕立てるには、
今までの善行をなかったことにする必要があったんだろう。
また、変からしばらく経った後に、フロイスが『日本史』で光秀について、
「彼は裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で、
独裁的でもあったが己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、
忍耐力に富み、計略と策謀の達人であった。」
と書いています。
秀吉が光秀の善行をなかったことにした後、
光秀がキリスト教の布教に反対だったという考えもありますが、
フロイスに圧力をかけて書かせたものだと推測もできます。
彼の名言として、こんなものがあります。
『武士の嘘を武略と言い、仏の嘘を方便と言う。土民百姓はかわゆきことなり』
この名言の『かわゆきことなり』という部分を現代っぽい意味で訳すと、
「武士の嘘(戦のための嘘)は武略と評価され、
仏の嘘(坊主や僧、布教のための嘘)は方便と擁護される。
百姓などの庶民はたやすく思い通りに動かせる」
という感じで、光秀は最低な人間に映りますが、当時の意味合いで約せば、
「武士の嘘(戦のための嘘)は武略と評価され、
仏の嘘(坊主や僧、布教のための嘘)は方便と擁護される。
百姓などの庶民にはそのような手段もなく、彼らの嘘に振り回され、かわいそうだ」
という感じで、武士と仏を批判し、百姓たちの目線に立った言葉になります。
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