世界遺産・石見銀山・三瓶埋没林

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三瓶小豆原埋没林

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5日は朝早くから兵庫県ハチ北高原にザゼンソウ
ミズバショウを見に行って夜遅く帰って来ました。

3月28日は世界遺産の石見銀山・熊谷家住宅。
三瓶小豆原埋没林に、公民館視察研修に行っ
て来ました、天気も良く最高でし。

小豆原埋没林は国の天然記念物
島根県の中ほどにそびえる三瓶山。標高1126mの山のふもとに、地下に巨木が立ち並ぶ不思議な林、三瓶小豆原埋没林があります。縄文時代に繁っていた林が火山の噴火でそのまま埋もれた埋没林。当時の森林をそのまま閉じ込めた、いわば「縄文のタイムカプセルです。このタイムカプセルが発見されるまでの物語を紹介します。

写真は・埋没林の地上で案内説明を聞いているとこです。
    内部埋没林です、良く説明できませんので発見
    の経緯読んでみてください
   この杉の年輪の細かいのを見てビックリ

三瓶小豆原埋没林

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作日は朝早くから兵庫県ハチ北高原にザゼンソウ
ミズバショウを見に行って夜遅く帰って来ました。

3月28日は世界遺産の石見銀山・熊谷家住宅。
三瓶小豆原埋没林に、公民館視察研修に行っ
て来ました、天気も良く最高でし。

小豆原埋没林は国の天然記念物
島根県の中ほどにそびえる三瓶山。標高1126mの山のふもとに、地下に巨木が立ち並ぶ不思議な林、三瓶小豆原埋没林があります。縄文時代に繁っていた林が火山の噴火でそのまま埋もれた埋没林。当時の森林をそのまま閉じ込めた、いわば「縄文のタイムカプセルです。このタイムカプセルが発見されるまでの物語を紹介します。

写真は・埋没林の地上で案内説明を聞いているとこです。
    内部埋没林です、良く説明できませんので発見
    の経緯読んでみてください
   この杉の年輪の細かいのを見てビックリ

三瓶小豆原埋没林

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今日は兵庫県氷ノ山にザゼンソウを見に行ってきます。

作日は又もや雨の一日でしたので米子小品盆栽展を
見に行きました。

3月28日は世界遺産の石見銀山・熊谷家住宅。
三瓶小豆原埋没林に、公民館視察研修に行っ
て来ました、天気も良く最高でし。

小豆原埋没林は国の天然記念物
島根県の中ほどにそびえる三瓶山。標高1126mの山のふもとに、地下に巨木が立ち並ぶ不思議な林、三瓶小豆原埋没林があります。縄文時代に繁っていた林が火山の噴火でそのまま埋もれた埋没林。当時の森林をそのまま閉じ込めた、いわば「縄文のタイムカプセルです。このタイムカプセルが発見されるまでの物語を紹介します。

縄文時代の林の様子
小豆原埋没林では立木と確定できるものが28本見つかっています。内訳はスギが21本,トチノキ3本,ケヤキ1本,クスノキ1本,イヌガヤ属1本,ツブラジイ?1本です。クスノキなどは小木が根株のみの状態で産出しているので,大きな木としてはスギが主体でトチノキやケヤキを伴う林だったと言えます。
 現生のスギでは直径1.5m程度のものでは樹高が40m前後に達します。小豆原の林もそのような巨木が10m程度の間隔で生えていたと推定され,林の中は薄暗く鬱そうとしていたと想像されます。谷間であることから湿度が高く木々の根元は苔生していたことと思われます。
 埋没木の根元には縄文時代の土壌が残っていて,そこからはスギをはじめ,トチノキ,シロダモ,スダジイ?などの葉がみつかっています。また,コガネムシやコメツキムシの仲間の昆虫化石がみつかっています。土壌の調査はまだ始まったばかりで,今後林の様子がより具体的に明らかになっていくと思われます。

古代のスギの利用と埋没林
2000年4月,出雲大社で平安時代の本殿の巨大な柱が発見されました。直径1.3mものスギを3本束ねたものです。古代出雲大社の本殿は48mもの高さを有していたという伝承が残っていますが,それが事実かも知れないと思わせるような巨大な柱です。出雲大社の例をはじめ,古くは縄文時代の丸木舟などスギはいろいろな形で利用されてきました。ところが,島根県では現生の天然スギ林は中国山地脊梁部の高所にしか分布しないため,スギの大木をどこから切り出したのかということが謎のひとつになっていました。しかし,小豆原埋没林(標高約200m)の発見によって少なくとも縄文時代には比較的低所にスギ巨木林が存在したことが明らかになり,スギ文化の背景を探る手がかりが得られたといえます。

写真は・埋没林の地上で案内説明を聞いているとこです。
    内部埋没林です、良く説明できませんので発見
    の経緯読んでみてください

三瓶小豆原埋没林

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作日は朝から天気になり山野草の棚を
作りました。

3月28日は世界遺産の石見銀山・熊谷家住宅。
三瓶小豆原埋没林に、公民館視察研修に行っ
て来ました、天気も良く最高でし。

小豆原埋没林は国の天然記念物
島根県の中ほどにそびえる三瓶山。標高1126mの山のふもとに、地下に巨木が立ち並ぶ不思議な林、三瓶小豆原埋没林があります。縄文時代に繁っていた林が火山の噴火でそのまま埋もれた埋没林。当時の森林をそのまま閉じ込めた、いわば「縄文のタイムカプセルです。このタイムカプセルが発見されるまでの物語を紹介します。

発見の経緯
三瓶山の周辺では地中に巨木が埋もれていることは昔から知られており,「埋もれ杉」「神代杉」などと呼ばれていたそうです。掘り出されて細工物の材料として使われることもあったということです。
 小豆原地区では1982年に圃場整備が行われた際に直立したスギ巨木が掘り出されました。そのことは工事関係者以外にはほとんど知られることはありませんでしたが,その後,掘り出し作業中の写真を目にした松井整司氏(大田市在住・三瓶フィールドミュージアム財団評議員)によって埋没林の学術的価値がみいだされました。
 松井氏と三瓶自然館は1994年からボーリングやトレンチ掘削を行い,埋没木を探しましたがなかなか発見には至りませんでした。そんな中,三瓶自然館の拡充計画が具体化し,埋没木を展示する構想のもとに1998年から島根県による大規模な調査がはじまり,同年11月,ついに最初の1本が発見されました。

埋没林を埋めた地層と成因
小豆原埋没林は狭い谷の斜面から谷底にかけて生えていた林が地中に埋もれたものです。林を埋めている地層は三瓶火山の噴出物に由来する土砂からなっていて,下から火山泥流堆積物,火砕流堆積物,河川成堆積物の順に重なっています。火山泥流堆積物にはこれによってなぎ倒された巨木流木が多数含まれていて,その破壊力の凄まじさを思い知らされます。
 では,小豆原に生えていた林がなぎ倒されることなく埋もれたのはなぜなのでしょうか? それはこの場所の地形が大きな要因だったと考えられています。小豆原の谷を流れる小豆原川は三瓶山に直接つながっておらず,三瓶山から流れ出る川とは埋没林発見地点の約1km下流で合流しています。二つの谷はほぼ平行して,低い尾根で隔てられています。三瓶火山の火砕流や火山泥流(土石流)は隣の谷を流れ下りました。やがて谷が埋め尽くされると,鞍部や合流点付近で尾根を越えて小豆原の谷に流れ込みました。尾根を越えて小豆原まで到達した泥流には林をなぎ倒す力は残っておらず,林は立ったままで埋められたと考えられます。
 泥流の後に火砕流が林を覆いました。この堆積物には炭化した木片が多量に含まれていますが,巨木を炭化したり発火させるほどの温度ではなかったようで,立木は表皮の表面が若干炭化しているだけです。
 その後,雨水や河川水によって土砂が流れ込んで堆積しました。これは合流点付近が泥流などによってせき止められた形になっていたために周囲から流れ込んだ土砂が堆積したと考えられます。

埋没林と三瓶火山
14C年代測定によって埋没立木の年代を測定したところ,3500〜3700年前の年代値が得られました。この値は縄文時代後期に相当し,三瓶火山の最後の大規模な噴火活動期と一致します。
 三瓶火山は約10万年前から断続的に噴火活動を繰り返してきた火山です。古い時期の活動では,大規模な爆発的噴火を行っており,約10万年前の噴火で噴出された火山灰は東北地方まで分布していることが知られています。また,約7万年前の噴火ではカルデラが形成され,現在でもカルデラ壁の一部をみることができます。
 縄文時代には中期と後期に活動を行っています。三瓶山東方の頓原町志津見地区ではダム建設に伴う遺跡調査によって縄文遺跡と三瓶火山噴出物との層序関係が明らかにされています。
 三瓶山の現山体は男三瓶,女三瓶,子三瓶,孫三瓶,太平山のピークが環状にならび,中心に室の内と呼ばれる低地があります。この山体の成因について,かつて存在した大きな山体が崩壊したとする説と,それぞれのピークが独立した溶岩円頂丘(太平山は砕屑丘と考えられています)という説があり,いまのところ決着していません。大田市pr資料より
続きは明日

写真は・埋没林の地上で案内説明を聞いているとこです。
    内部埋没林です、良く説明できませんので発見
    の経緯読んでみてください

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世界遺産石見銀山

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作日も朝は雨でしたが午後から回復しました。
午後から我が家で盆栽教室お開きました

3月28日は世界遺産の石見銀山・熊谷家住宅。
三瓶小豆原埋没林に、公民館視察研修に行っ
て来ました、天気も良く最高でした。

大森代官所跡(石見銀山資料館)から南へ
約 1kmにわたって続く大森町の町並み。か
つて銀山経営の中枢として栄えたこの町に
は、現在も古くからの武家屋敷や町家、
寺社が残されており、それらに合わせて
レトロな自販機を製造するなど、景観の保
全にも積極的だ。町並みの特徴は町割りが
なされなかったため武家屋敷と町家が混在
している点にあるが、なぜ町割りがされな
かったのかはわかっていない。武家屋敷と
しては旧河島家、商家としては熊谷家住宅
が著名で、ともに有料で見学が可能となっ
ている。

写真は・大森町の町並み
    山陰合同銀行(現在は使用されていない)
    理髪店(現在は使用されていない)
        明治時代の椅子だそうです

石見銀山は今回は此れにて終了いたします。
明日からは三瓶小豆原埋没林ですよ。

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