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★これまでに「あぶない刑事」や「ビーバップハイスクール」などに出演、悪役の美学を貫き活躍した「ヨコスカ潮也」さん。2003年、ヨコスカさんは、タイを舞台に新たな挑戦を始めた....
 ヨコスカ潮也さんの最新情報は→ WASABI MAN ( http://www.wasabiman.co.th/ )


アジアを舞台に生きる!(上)
〜名悪役、ヨコスカ潮也さんの挑戦〜

「俺が、タイでどこまでできるか、見ていただきたいんです!」
 −−日本の皆さんへのメッセージはありますか?との問いに、鍛え上げられた体を乗り出し、野太い声の主は、こう答えた。
ヨコスカ潮也(しおや)さん、俳優。43歳。
そのたたずまいの醸し出す迫力といったら、まるで野武士のようだが、印象的な瞳は磨き上げられた黒曜石のように滑らかで、この人の感情の細やかな動きと、喜怒哀楽の深さを感じさせる。
 ヨコスカさんの俳優としてのキャリアは20年以上に及び、数多くの映画やテレビ、CMに出演。中でも、悪役の演技には定評があり、その存在感にほれこんだファンは数多い。
だが、激しいアクションを要求される演技の連続に膝を痛めてしまい、昨年から休養を余儀なくされてしまった。しかし、ヨコスカさんの類稀な才能を惜しむファンや関係者からの、復帰を待ち望む声は日増しに高まるばかり。
 そんなヨコスカさんが新たな挑戦の場所として選んだのがアジアだった。
今年の3月、多くの人びとの期待と支援を受け、ヨコスカさんはバンコクに渡った。
さて・・・・・、袖振りあうも他生の縁、といい、まさに縁あってヨコスカさんと知り合いになり、その波乱の人生をじっくりとうかがうことができた。
 バンコクの四方八方、今回と次回で、ヨコスカさんの波乱の人生と、アジアを舞台にした新たな挑戦をお届けしたい。
 ヨコスカ潮也さんは、その名の通り横須賀生まれ。映画が何よりも好きだった中学生時代から、俳優を夢見るようになった。中でも、悪役は別格の存在で、数多くの映画を観るうちに、ヨコスカ少年は、映画の中に占める悪役の存在の重要さ、大きさに惹かれるようになっていったが、その夢がかなうには、まだしばらく時間が必要だった。
 1977年、水産高校を卒業したヨコスカさんは、海外で働きたい、という希望をもち、アフリカのガーナにあるマグロ・カツオの遠洋漁業の基地で働くことを決意。1年間の契約で、単身、ガーナに渡った。
 当時の日本では、高校を卒業してすぐに海外で働く若者は珍しく、NHKのテレビ番組「若い広場」の取材を受け、30分ほどのドキュメンタリーにして放映された。
「今にして思えば、あれがテレビカメラに写された、はじめての経験でしたね。」と、ヨコスカさんは当時を懐かしむように語る。
 漁業基地での仕事は厳しかった。いったん漁に出てしまえば、マグロやカツオの群を追い続け、巨大な船倉が漁果で埋め尽くされるまでは、何ヶ月も陸には戻れない。激しく揺れ動く船上、鋭利な釣り針がとびかう中、アフリカ人も日本人も一緒になって作業にあたり、戦場のような騒ぎだったという。実際、ヨコスカさんは、頬に釣り針が刺さったことがあるという。
 仕事はやりがいがあったし、契約期間が切れた後でも、このまま働かないか、という誘いもあった。しかし、ヨコスカさんは、日本に帰ることを選んだ。「俳優になりたい」、その願いを片時も忘れることはなかったからだ。

<サウスウインド誌(東京都港区国際交流協会発行)連載コラム「バンコク四方八方」から。2003年No.39&40掲載。写真・文:copyright ルーア>

ヨコスカ潮也さんは、2004年にプロダクションWASABI MANを設立、タイで活躍しています。
  → http://www.wasabiman.co.th/

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