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1970年代に「原子力空母」の建造計画案を2回立てて2回潰されたソ連海軍でしたが、セルゲイ・ゴルシコフ海軍総司令官は、まだ「空母」の建造を諦めておらず、代わりに計画されたのが、プロジェクト11435でした。

11435は、1980年までに設計案を纏め、1981年に起工し、1990年の就役を目指しておりました。

1979年11月に承認された設計案(上の図)は、排水量65,000トン、主機はキエフ級と同一の蒸気タービン、搭載機数は52機、カタパルトを2基装備する「通常動力空母」となりました。
搭載機は、Su-27KやYak-141などが考えられておりました。

しかし、ソヴィエト連邦軍参謀本部はこの案に反対し、その上、国防相ドミトリー・ウスチーノフ元帥は、排水量を抑える為、カタパルトではなくスキージャンプ台を採用し、搭載機もVSTOL機を中心にする事を要求した為、計画は延期される事になりました。

そこで、排水量を55,000トンに抑え、搭載機数を46機に減らし、カタパルトを1基だけ装備した修正案が1980年7月に作成されましたが、ウスチーノフ国防相は、1979年案に比べて戦闘能力が30パーセント下がっているとして承認を拒否、11435計画は暗礁に乗り上げてしまいました。
ウスチノフ元帥は、カタパルトが1基だけ残っていたのが気に入らなかったのでしょうか。


結局、既に承認済みのキエフ級5番艦・プロジェクト1143-2(改バクー級)に、
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/11310911.html
上記11435の要素を盛り込んだ「折衷案」が、最終的に政府や国防省の承認を受け、これを「プロジェクト11435」と改称し、建造に着手される事になりました。

プロジェクト1143-2改め11435は、1982年9月1日に起工されました。
これが、のちの重航空巡洋艦「アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフ」となりました。

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