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http://www.globalsecurity.org/military/world/russia/1143_5.htm
1990年代末〜2000年代初頭のクズネツォフの状況。
(写真は、2004年9月20日に出港準備中のクズネツォフ)


2004年7月24日、RIAノーボスチは、航空巡洋艦アドミラル・クズネツォフが定期修理終了後、任務に復帰するだろうと報道した。
北方艦隊司令部は、2004年8月6日、空母アドミラル・クズネツォフが修理を終えると発表した。
艦の設備や兵装などの状態は良好であり、幾つかの準備の後、航空巡洋艦は、任務遂行が可能になるだろう。
空母搭載航空隊は、まもなく艦上での訓練を開始する。
空母の定期修理終了時期は、クズネツォフ提督の100回目の誕生日と一致した。

(中略)

政治的混乱は、1991年まで就役を遅らせた。また、同艦は1995年までは完全に使用できる状態には無かった。
アドミラル・フロータ・ソヴィエツカヴァ・ソユーザ・クズネツォフは、1996年初めに地中海に進出した。
1997年末には、同艦の大規模修理は工程20パーセントで停止されており、更なる資金の供給を待ちながら北方艦隊のドックで行動不能状態にあった。
1998年7月、クズネツォフは2年のオーバーホールを終え、1998年11月3日、北方艦隊は本艦が行動可能であると発表した。
2000年秋、クズネツォフは、再度の地中海進出計画を遅延し、原子力潜水艦クルスク爆沈後、コラ半島において任務に参加した。
地中海進出計画は、2001年、2002年と延期され、やがて取り消された。

(中略)

空母アドミラル・クズネツォフを稼動状態にしておく主な理由は、艦上航空機パイロットの維持と見られる。

2003年および2004年2月、クズネツォフは検査のため短期間の航海を行った。
2003年11月、コラ湾におけるプロジェクト11435航空母艦のテストは、成功裡に終わった。
この3年で艦は修理され、これはその最初の航海だった。
2003年、艦を修理する為、本格的に予算が割り当てられた。それ以前、予算割当ては不規則だった。
2003年、浮きドックPD-50は、空母アドミラル・クズネツォフの修理の為に使用されたが、同年に修理は完了しなかった。

クズネツォフの8本の蒸気タービン機関用パイプを修理する為、ムルマンスク造船所は2004年4月26日にロシア海軍から発注を受けた。
これらのパイプは、航空母艦の機関に蒸気を供給する為のものである。
パイプは、それぞれ10メートル以上の長さになる。
造船所は、2004年6月30日の前に、できるだけ短い時間で発注を完了しようとした。
クズネツォフは2004年9月までの修理完了が計画された。

修理の後、艦は他の艦と共に大西洋における演習に参加した。
これは過去十年間で、同艦の二番目の大規模な任務遂行であった。
中部大西洋で実施された大規模な海軍演習は、原子力巡洋艦ピョートル・ヴェリキー、ミサイル巡洋艦マルシャル・ウスチーノフ、駆逐艦アドミラル・ウシャコフ、2隻の補給艦が参加し、唯一の航空母艦であるクズネツォフは、これらを支援した。
艦隊は10月5日、アイスランドから20海里沖の海域に展開し、2004年11月1日に母港へ帰還した。

2005年2月23日、北方艦隊副官ウラジミール・ドブロスコシェンコ少将は、2005年夏に空母アドミラル・クズネツォフが航海を行うと発表した。

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