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プロジェクト949A原子力水中巡洋艦の10番艦・K-141「クルスク」К-141"Курск"

セヴェロドヴィンスク市のセヴマシュ・プレドプリャーチェで建造。

1990年3月22日起工、1994年5月16日進水、1994年12月30日納入。
1995年3月1日、正式に就役し、北方艦隊に編入。

1998年までは、訓練に明け暮れた。

1999年7月5日〜10月19日、大西洋及び地中海で行動。

2000年5月、洋上行動。
同年、「ロケット射撃功績賞」授与。


2000年8月12日、北方艦隊演習に参加したクルスクが魚雷発射訓練を行おうとした所、突如、第1区画(魚雷発射管区画)で爆発が起こった。

この時に爆発した魚雷は、650mm対艦重魚雷であるという説、533mm対潜ミサイルであるという説、高速水中ロケット「シュクヴァール」であるという説が有る。
(ロシア国内においては、650mm対艦重魚雷説が有力らしい)

どれを「犯人」にするのかはともかく、この第一次爆発により、第1区画、第2区画(発令所)は10秒で全滅。
この爆発で空気供給がストップした第3、第4区画の乗員は脱出しようとしたが、間に合わず全滅。

爆発から130秒後、2基のOK-650B型原子炉は自動停止したが、魚雷発射管室の魚雷が誘爆、第1〜第5区画までが破壊された。

第6区画(原子炉室)では、生き残った乗員が原子炉を閉鎖したが、その直後、第6区画も侵水。

残った最後の23名は、最後尾の第9区画へ退避したが、8月12日午後6時以降、艦内の酸素が尽きて絶命。

K-141クルスクは、北緯69度40分、東径37度35分の海域に没した。
118名の乗員全てを道連れにして・・・


それから1年が経った2001年8月より、引揚作業が開始された。
爆発事故が起こった艦首部分は切断され、10月には船体の浮揚に成功した。
クルスクは、ムルマンスク郊外ロスリャコヴォ町の浮きドックPD-50へ曳航された。
(浮きドックPD-50 http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/2898851.html)

2002年4月14日、クルスクは、PD-50を出渠。
4月26日、船舶修理工廠「ネルパ」に到着した。
(船舶修理工廠「ネルパ」http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/7661512.html)

クルスクは、同工廠で2003年までに解体された。

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