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戦列艦「マラート」

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ソヴィエト連邦(ソ連)海軍戦艦「マラート」Марат

ロシア(ソ連)海軍における正式類別は
Линейный корабль(「主力艦」「戦列艦」)です。

当初はペトロパヴロフスクПетропавловскという名でした。

1909年6月3日、バルチースキー・ザヴォートで起工
1911年5月16日、バルト艦隊編入
1911年8月27日進水
1914年12月4日就役

1921年3月31日、「マラート」と改名。

1928〜1931年に掛けて、近代化改装が行われ、外見が変わりました。

1935年1月11日、赤旗バルト艦隊に編入。

大祖国戦争開始後の1941年9月23日、クロンシュタット軍港に停泊中の本艦は、
ドイツ空軍の急降下爆撃機ユンカースJu-87D-1シュトゥーカ
(発動機出力1,420馬力、最大速度408km/h、航続距離1,165km、最大爆弾搭載量1,800kg)
の攻撃を受け、500kg爆弾2発が命中、乗員326名が死亡しました。
Ju-87D-1は、発動機出力を強化、爆弾搭載量を大幅に増やし、1000kg爆弾を運用できるようにしたタイプです。

この時、Ju-87に乗っていたのは、かの有名な「爆撃王」
ハンス・ウルリッヒ・ルーデルHans-Ulrich Rudelであり、
マラートは、この時に「撃沈」された・・・・・・というコトになっております・・・

そして上の写真1枚目は、1942年に撮影された「撃沈」後の「マラート」ですが・・・

・・・つーか、沈んでいません・・・・・(^^;

2枚目の写真(1937年6月撮影)と比較すると御分かりになるでしょうが、
船体は第2主砲塔の前で切断されており、艦橋及びその直後にある
第1煙突から前部分が無くなっています。
第2主砲塔から後ろは残っているので、ルーデルが放った500kg爆弾は、
ちょうど第1煙突あたりを直撃したようです。
(本人の回想によると、煙突に命中している)
沈んだのは、第1煙突から前部分だけだったようです。

ただ、500kg爆弾が、もうちょっと前か後ろに命中していれば、主砲の弾薬庫に引火、誘爆して轟沈、
という事も有り得たので、際どい所だったのは確かです。

良く見ると、第2煙突と後部構造物の間に万国旗が飾られています(^^;

前部分が無くなったマラートでしたが、1941年10月初頭、後部の一部分は修理され、10月31日、フィンランド湾の南沿岸のドイツ軍部隊に向かって305mm主砲を発射、一矢を報いました。しかし重度の燃料欠乏の為、マラートは4箇所ある主バッテリーの内、2箇所(第3、第4バッテリー)しか使えず、射撃する機会は限られていましたが、それでも翌1942年11月9日まで、定期的にドイツ軍部隊を砲撃しました。
(3枚目の写真)

マラートは1941年10月31日に初砲撃を実施した後、11月以降も砲撃を続け、クロンシュタットとレニングラード間の交通路確保の為、305mm主砲による対砲兵制圧射撃を実施しました。

しかしそれは、マラートを「撃沈」したと思っていたドイツ軍の注意を引き付け、反撃を招く事になりました。

1941年12月12日および23日、ドイツ軍は203mm砲でマラートを砲撃、3発が命中、うち2発は甲板を撃ち抜き、艦内部で爆発しました。
12月28日には280mm砲でマラートを砲撃、2発が命中しました。うち1発は、あと少し着弾がずれていたら、バッテリーと第3主砲弾薬庫を直撃する所でした。

ドイツ軍はマラートへの砲撃を続け、1942年10月25日、3発の305mm砲弾が命中、11月6日、1発の292mm砲弾が命中、1943年10月8日、1発の203mm砲弾が命中。
(つまりドイツ側は、ルーデルが、実はマラートを「撃沈」していなかった事を知っていたわけです)

この為、ソ連側もマラートの補強工事を実施、後部艦橋付近の水平甲板の装甲が強化され、57箇所の区画隔壁間の空所にセメントを流し込みました。

その後、陸上の前線で使用する為、「マラート」の砲兵装、3基の305mm3連装主砲、3基の34口径76mm砲、5基の70口径37mm機関砲、2基のDK機銃、3基のDSHK機銃は1942年末に取り外されました。

「撃沈」された「マラート」は、1943年5月31日、旧名「ペトロパヴロフスク」に復しました。

以後、本艦は、しばらく「海上発電機」として使用されていましたが、
大祖国戦争終結から数年後、ようやく本格的な修理と改装に取り掛かり、
1951年9月25日、砲術練習艦として復帰しました。

修理中の1950年11月28日、ヴォルホフВолховと改名されています。

本艦が除籍されたのは、「撃沈」から約12年後の1953年9月4日でした。


「マラート」を攻撃したルーデル氏は、1982年12月18日に死去しました。
おそらくは、戦艦「マラート」を「撃沈」したと信じたまま・・・

ちなみに、ルーデル氏は、西側では、戦艦「マラート」以外にも巡洋艦1隻、駆逐艦1隻を
「撃沈」したとされていますが、実際には、この2隻も完全喪失には至っておりません。

ルーデル氏が「撃沈」したとされる「巡洋艦」と「駆逐艦」は、ロシア側の記録を見ると、
嚮導駆逐艦ミンスクと駆逐艦ステレグシチーを指しているようですが・・・

嚮導駆逐艦ミンスクは1941年9月22日、クロンシュタットで修理中に航空攻撃を受け沈没したものの
翌1942年浮揚、修理されて同年末に復帰。

駆逐艦ステレグシチーは、1941年9月21日、クロンシュタットで航空攻撃を受け沈没したものの
後に引き揚げられ、修理されて1945年に復帰。

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閉じる コメント(12)

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結局、戦艦(戦列艦)としては復帰できなかったのだから、ルーデル氏の「撃沈」も、全くの誤認とは言えないでしょうが……。
と言うより、船体半分ちぎられて、沈まなかった方が凄い。設計がよっぽど堅かったのか、ダメージコントロールが上手かったのか。いや、両方か。

しかし、凄惨な有様の船体と、万国旗の取り合わせが、何ともアンバランス。何でこんな呑気なデコレーションしたんでしょうね。

2008/3/2(日) 午後 8:39 [ bygzam_ma08s ] 返信する

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単純に、港で停泊していたので水深が浅く、沈む前に底が付いたor乗り上げられたからでは?
外洋でならば十中八九沈没・完全損失でしょう。 削除

2008/3/2(日) 午後 11:36 [ きっど ] 返信する

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>bygzam_ma08s様、きっど様、どうも。

弾薬庫に引火、誘爆していれば、修理して復帰させる事は出来なかっただろうし、1トン爆弾が第2煙突あたりに命中したら、船体は真っ二つに割れて沈み、やはり復旧は無理だったでしょう。


万国旗を飾っているのは、おそらく、何かの記念日を祝う為でしょう。
例えば、海軍記念日(7月末)とか。

2008/3/3(月) 午前 0:16 [ 高町紫亜 ] 返信する

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真珠湾の米戦艦や、雷撃で船体を切断した日本駆逐艦など、運もありますが、思ったよりフネは助かるものなのですね。

2008/3/3(月) 午前 0:27 [ mpv4228 ] 返信する

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おそらく着底していると思います。沈没扱いでいいとおもいます。ただ傾斜がないので沈んだ雰囲気がないですねえ。舷側は低くはなってるかな?
日本でも日露戦争において旅順港内で着底していた相模、周防、肥前、丹後(すべて改名後)を捕獲、浮揚、修理を行って連合艦隊に編入させてます。
日本海海戦後の事故により佐世保港で着底した三笠も沈没扱いです。
まあこちらは写真を見ると傾斜して沈んだという雰囲気がでてますね。

2008/3/3(月) 午前 7:25 [ vd7*qg*q68 ] 返信する

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>mpv4228様、どうも。
1トン爆弾の命中箇所が、もうちょっと前か後ろだったら、主砲弾薬庫に引火、誘爆し、パールハーバーの戦艦アリゾナのように、本当に「沈没」していたでしょう。


>vd77qgyq68様、どうも。
艦が放棄されておらず、主砲での砲撃を実施している以上、「沈没」扱いすべきでは無いでしょう。
ドイツ砲兵部隊と「撃ち合い」までしているんだし。

ロシア側では、嚮導駆逐艦ミンスク、駆逐艦ステレグーシチーは「沈没」と書かれているが、戦艦マラートは「沈没」とは書かれていません。

2008/3/3(月) 午後 5:12 [ 高町紫亜 ] 返信する

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>「沈没」扱いすべきでは無いでしょう。

なるほど。たしかに「沈没」扱いではおかしいですね。
というか写真をみなおすとたしかに喫水は変わってないようにみえますね。浮揚させたのか、それともはなから着底していなかった?

まあ着底していないにしろ、自力での航行能力はないでしょうから「撃沈」は間違いではないと思います。レニングラードが戦場でなっかたら全くの無価値になりますし。ロシアでは軍事的に戦闘能力が残っていれば沈没としないのかも?
ちなみに念をおしときますが沈没=完全喪失ではないですよ。たとえば真珠湾攻撃では戦艦5隻沈没となってますが2隻しか喪失していません。座礁・触底以外で着底したなら沈没だとおもいます。

>mpv4228様
水密区画のおかげですね。ちなみに大和は1147も区画があったそうです。

2008/3/4(火) 午前 0:08 [ vd7*qg*q68 ] 返信する

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船体が真っ二つ、というと、日本海軍の扶桑もそうでしたね(スリガオ海峡海戦)。
こちらは奮闘及ばず沈没、生存者なしという、壮絶な最期でしたが、それでも完全に海中に没するまで1時間以上もかかったんですよね。扶桑は防御面で問題があったと言われていますが、それでも、軍艦の予備浮力ってすごいんですね。

2008/3/4(火) 午前 1:03 [ bygzam_ma08s ] 返信する

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海難事故等では、
「船舶が浮力及び航行能力を失って、船体の一部もしくは全体を水没させた状態」
を沈没の定義にしているみたいなのですが、軍艦の場合はどうなのでしょうか。戦列に復帰できるかどうか等で、沈没扱いになったり、大破扱いになったりするのでしょうか。評価する立場(自国の被害報告と敵国の戦果報告とか)によっても違うとは思いますが・・・。また、撃沈や轟沈等の違いは沈む時間の違い等で定義されている、という話を聞いた事があるような気がするのですが・・・。 削除

2008/3/4(火) 午前 9:32 [ ビクター ] 返信する

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初めまして、ウィキペディアの
クロンシュタットの反乱にペトロパブロフスク号の項目があったので、こちらのブログを参考に新しいページを編集してみました。
外部リンクで紹介してみましたが何か
問題があれば外しますので
事後承諾で申し訳ないのですが御連絡下さい
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%91%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AF%E5%8F%B7

2008/3/22(土) 午後 2:24 [ ホエールズ ] 返信する

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>c2revenge様、初めまして。
「問題」は無いでしょう。
こういう事実は、日本じゃ知られていないので、
それを知らしめる為にも、必要な事だと思います。

その為にこそ、当ブログは存在する。

2008/3/23(日) 午前 0:01 [ 高町紫亜 ] 返信する

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マラート君は名前がコロコロ変えられたり、主が入れ替わったり、航空機から列車砲にいたるまで、各種兵器でボコボコにされたり、水に浸かったり、セメントで固められた挙句、武装を剥ぎ取られちゃった等々、世界で一番、波乱万丈な人生を送った戦艦なんじゃないでしょうかw?
彼女に命中した305mm砲に至っては、フランス製だと思われます(涙)(203mmはソ連製鹵獲品?)

2009/4/9(木) 午前 11:17 [ inu**si194* ] 返信する

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