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ロシア海軍の親衛艦

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旧ソ連軍及び現ロシア軍には、「親衛」称号を有する部隊(例えば、第××親衛戦車師団とか)
が有りますが、海軍(艦隊)にも、「親衛」称号を有する艦が有ります。

現在、ロシア海軍で「親衛」称号を有する艦は、この3隻です。


・親衛ロケット巡洋艦「モスクワ」(1982年12月30日就役):121
Гвардейский Ракетный Крейсер(ГРКР)"Москва"
黒海艦隊所属、1995年6月22日、「スラヴァ」Славаから改名


・親衛ロケット巡洋艦「ワリャーグ」(1989年12月25日就役):011
Гвардейский Ракетный Крейсер(ГРКР)"Варяг"
太平洋艦隊所属、1995年12月21日、「チェルヴォナ・ウクライナ」Червона Украинаから改名


・親衛駆逐艦「グレミャーシチイ」(1991年6月25日就役):406
Гвардейский Эскадренные Мининосцы(ГЭМ)"Гремящий"
北方艦隊所属、2007年12月9日、「ベズジェルージュヌイ」Безудержныйから改名



親衛ロケット巡洋艦「モスクワ」は、1998年5月13日、除籍される親衛警備艦(プロジェクト61大型対潜艦)「クラースヌイ・カフカース」から親衛称号を受け継ぎました。
大型対潜艦の前代の巡洋艦「クラースヌイ・カフカース」は、大祖国戦争中の1942年4月3日に親衛称号を授与されました。
つまりモスクワは、1942年4月3日以来の親衛称号を受け継ぐ艦というわけです。


親衛ロケット巡洋艦「ワリャーグ」は、1995年12月21日、先代(建造が中止された親衛重航空巡洋艦)から艦名と親衛称号を受け継ぎました。
先々代の「ワリャーグ」(プロジェクト58ロケット巡洋艦)は、当初、大祖国戦争時に親衛称号を授与された駆逐艦「ソーブラジテルヌイ」の名前と親衛称号を引き継ぎましたが、就役前に改名され、親衛称号だけが残されました。
以後、「ワリャーグ」は親衛艦名となり、現在に至っております。



親衛駆逐艦「グレミャーシチイ」は、上記の通り、元々は「ベズジェルージュヌイ」という名前であり、
昨年12月初頭までは、別に親衛駆逐艦「グレミャーシチイ」(404)が居たのですが、
12月9日、404のグレミャーシチイが除籍された為、艦名と親衛称号を受け継ぎました。
本艦は、第4代目の親衛駆逐艦「グレミャーシチイ」です。
初代「グレミャーシチイ」は、大祖国戦争中の1943年3月1日に親衛称号を授与されました。


というわけで、親衛称号(と艦名)は、代々受け継がれて、今に至っております。

十数年後のロシア海軍には、親衛フリゲート「ワリャーグ」とか、
親衛警備艦(コルベット)「グレミャーシチイ」とかが居るかもしれません。

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「親衛」の称号は、必ずしも最強・最大クラスの艦に与えられるわけではないんですね(幻の先代ワリャーグをのぞいて)。何か基準があるんでしょうか?
当代3隻は、全部エリア・ディフェンス・ミサイル装備ですが、あんまり関係なさそうだし……。
あと、バルト海艦隊には「親衛」艦がいないんですね。

現グレミャーシチイが、なぜわざわざ「改名(襲名)」なんて面倒な手続きを取ったのか、今ひとつ理解できてなかったんですが、全艦隊で3隻しかない名誉ある称号となれば、受け継がないわけにはいきませんよね。大いに納得できました(^^)。

2008/7/17(木) 午後 7:44 [ bygzam_ma08s ] 返信する

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>bygzam_ma08s様、どうも。
親衛称号は、過去に実戦で功績があったと認められる艦「名」に対して与えられるものです。

第2次大戦時の巡洋艦「クラースヌイ・カフカース」(黒海艦隊)と駆逐艦「グレミャーシチー」(北方艦隊)は、共に武功が著しいと認められ、親衛称号を与えられました。

バルト艦隊は、第2次大戦では「いいとこ無し」だった為、親衛称号を与えられる程の実績を見せた艦が無かったのです。

太平洋艦隊の「ワリャーグ」の場合は、日露戦争時の初代(装甲巡洋艦)の活動が認められ、60年後に親衛称号を与えられたようです。


ただ、「クラースヌイ・カフカース」(赤いコーカサス)という名前は、現在のロシアでは使えないので、同じ艦隊に居たモスクワが親衛称号だけ引き継ぎました。

2008/7/17(木) 午後 10:09 [ 高町紫亜 ] 返信する

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レス、並びに詳細な解説、ありがとうございました。

>バルト艦隊は、第2次大戦では「いいとこ無し」だった為……

そういえば、日本海海戦(対馬海戦)でもボロ負けしたし、少なくとも近代海軍以降では、あんまり「いいとこ」がありませんね、バルト艦隊(^^;。

2008/7/18(金) 午後 8:49 [ bygzam_ma08s ] 返信する

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すいません、訂正します。

バルト艦隊にも、親衛称号を授与された艦は有りました。

バルト艦隊の駆逐艦「ストイキー」は1942年4月3日に親衛称号を授与されましたが、同艦は1943年2月13日、「ヴィツェ-アドミラル・ドロズド」と改名された為、「ストイキー」の名は親衛称号とは関係が無くなりました。

「ストイキー」の名は、ソブレメンヌイ級駆逐艦と20380型コルベットに受け継がれていますが、親衛称号は受け継がれていません。

2008/7/21(月) 午後 11:26 [ 高町紫亜 ] 返信する

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また貴重な情報をありがとうございました。
艦名が残って、親衛称号が消えた……。「モスクワ」とは逆のパターンですね。親衛称号の方は、「ヴィツェ-アドミラル・ドロズド」と一緒に、自然消滅してしまったんでしょうか? ちょっともったいない気もしますが。

ありがたい親衛称号といえど、各艦隊で扱いには温度差があったということなんでしょうか。

2008/7/22(火) 午後 8:40 [ bygzam_ma08s ] 返信する

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>bygzam_ma08s様、どうも。
親衛旗授与駆逐艦ストイキー改めヴィツェ-アドミラル・ドロズドは、1960年2月6日、標的艦TsL-54と改名。
この時点で、親衛称号は無くなりました。

その後、「ヴィツェ-アドミラル・ドロズド」の名はクレスタI型ミサイル巡洋艦に付けられましたが、
同艦が海軍籍に登録されたのは、1965年6月16日。

5年間の空白で、親衛称号は途絶えてしまったようです。


赤旗バルト艦隊で親衛称号を授与された艦は6隻有りましたが、戦後、これらの艦が除籍されると、親衛称号(親衛旗)は途絶えたようです。

2008/7/22(火) 午後 9:16 [ 高町紫亜 ] 返信する

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