幻のロシア・ソ連艦艇と艦載兵器

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スホーイ試作設計局が1990年代に開発した試作前進翼戦闘機S-37(Su-47)ベルクト
(1997年9月25日初飛行)
 
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ソ連邦解体(1991年)後に登場したベルクトですが、同機の開発は、ソ連邦時代の1980年代初頭に遡ります。

1980年代初頭の計画開始時のベルクト
Su-27KM(Су-27КМ)
 
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元々は、ロシア(ソ連)海軍の空母艦載機として計画されました。
スホーイ試作設計局は、この計画に対応してSu-27の艦載機型を計画していました。
 
しかし、1970年代に計画された「原子力空母」計画は、全て国防省やソ連邦軍上層部に「撃沈」され、1980年代初頭に建造が認可されたのは、スキージャンプ台を備えた「重航空巡洋艦」プロジェクト11435/11436(アドミラル・クズネツォフ型)の2隻でした。
 
当然ながら、この「重航空巡洋艦」はアメリカ空母に比して寸法が小さく、これに伴い、搭載機数も少なくなっていました。
しかもSu-27は大型双発戦闘機であり、主翼と水平尾翼を折り畳んでも、格納庫に収容出来る機数は限られていました。
 
Su-27Kと同時期に、より小型の戦闘機であるMiG-29の艦載機型も試作されていましたが、同機だけでは制空・防空能力が不足すると考えられていました。
 
この問題を解決する為には、主翼をコンパクトに折り畳める大型戦闘機を新規に設計する必要があるとスホーイは考えました。
そこでスホーイが目を付けたのが、前進翼でした。
 
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当時、ソ連でも前進翼機の研究は進められており、これを艦上戦闘機で初採用しようとしたわけです。
 
1980年代初頭、Su-27KMの設計がスタートしました。
名称こそSu-27Kですが、全く新規設計の機体でした。
 
前進翼は、以下のような長所をもたらすと考えられました。
・低速域での空力効率が増加
・揚力の増加
・亜音速での航続距離の増加
・亜音速での良好な操縦性
・着陸距離の短縮
・低速度の失速
・アンチスピン性能の改善
・機体容量の増加

「重航空巡洋艦」アドミラル・クズネツォフ型2隻が起工された後、1980年代後半には、拡大型で蒸気カタパルトを備えた「原子力重航空巡洋艦」プロジェクト11437(
ウリヤノフスク型)の建造が決定され、1988年に1番艦が起工されました。
Su-27KMは、プロジェクト11437の艦載機としても期待されました。
 
Su-27KMのエンジンは、二次元推力偏向ノズル付きのRD-79M(アフターバーナー使用時推力17.500kg)2基となる予定でした。
このエンジンは、一足先に開発が進められていた垂直離着陸艦上戦闘機Yak-141の推進用エンジンと同系列のものです。
 
しかし、1989年5月、ソ連軍事産業委員会は、Su-27KMの開発中止を決定しました。
こうして、ソ連(ロシア)海軍の前進翼艦上戦闘機は幻と消え、Su-27Kが量産される事になりました。
 
その後、ソ連邦は解体され、ソ連海軍の「空母」も幻と消えましたが、スホーイ設計局は、自力で前進翼戦闘機の開発を続行、艦載機としての機能を省き、要撃戦闘機MiG-31のエンジンD-30F6(アフターバーナー使用時推力15.500kg)を搭載した試作機が完成し、1997年9月25日に初飛行しました。
艦上戦闘機Su-27KMとして計画がスタートしてから約15年が経過していました。
 
これが、S-37「ベルクト」です。
 
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『軍事研究』1998年5月号ミリタリー・ニュース
「ロシア海軍-S37先進機は単なる実証機か」より抜粋。
 
・ロシア人は同機に言及するのをためらったが、S37、またの名ベルクートの派生型が初めて、そしておそらくロシア海軍の作戦主体となるという西側の見方を崩せなかった。

・スホイ設計局長ミハイル・シーモノフも同機は海軍の要求に合わせたものとすることに反対したものの、結局はロシア空母における役割を果たすことを認めた。
・ロシア空軍関係者は、1997年10月のモスクワ郊外ジューコフスキー飛行テストセンターにおけるS37特別実証デモ飛行に臨席しなかった。しかしロシア防空軍と海軍の両代表は出席した。
・1980年代初期に空母との適合性をテストされたMiG-23変型機、その他の航空機に対して、FSW(前進翼)タイプの機をロシア海軍が評価したものと、JDW(ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー)は見ている。

 
もともとは海軍の艦上戦闘機として計画された機体ですから、海軍関係者がデモフライトに臨席したのは当然でしょう。
 
なお、安彦良和氏のコミック『韃靼タイフーン』において、S-37ベルクトが空母に着艦するシーンが有ります。
 
これが、ベルクトの本来の姿だったのです。
 
 
日本では、Su-27KMは、Su-27K(Su-33)の派生型だと思われているようです。
 
>Su-27KM Su-33Mの別名称。
>Su-33M TVCを装備する筈だったが、実現していない。

『日本周辺国の軍事兵器』
[Su-33艦上戦闘機(フランカーD)]
>Su-27KM(Su-33M) スホーイが提案したSu-33の能力向上型。
>レーダーやアビオニクスを一新。エンジンには推力偏向装置を採用。
>本格的な対地・対艦攻撃能力が付与された多用途戦闘機となる予定であったが、不採用に終わった。
 
むろん、これは間違いです。

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現在、ロシアは、新型戦略原子力潜水艦プロジェクト955「ボレイ」級に搭載する新型SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)「ブラヴァー」を開発中です。
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/folder/1041877.html

周知のように、この「ブラヴァー」は、もともと「ボレイ」級に搭載する予定だったSLBM「バルク」の開発が中止された為、代わりに開発された弾道ミサイルです。

しかしながら、日本では、このSLBM「バルク」に関する情報は、ほとんど知られていません。
せいぜいが「3回連続でテストが失敗した駄作」というイメージしか有りません。

「バルク」に関する詳細な情報を知るには、ロシア語のサイトを見るしか有りません。


例えば、2000年5月12日付の『独立軍事評論』(独立新聞)に、「バルク」を開発した「マケーエフ名称記念国立ロケットセンター」のミサイル開発主任ウラジーミル・デグチャリへのインタビュー記事が掲載されています。

http://nvo.ng.ru/armament/2000-05-12/1_blueness.html
【「シネーワ」は、海上から飛び立つ】

この中で、デグチャリ氏は、R-39UTTkh「バルク」(Р-39УТТХ"Барк")について語っています。

要約すると、

・「バルク」計画への資金割り当てが不充分だった為、満足に試験を行うことが出来なかった。

・ミサイルの熟成には時間が掛かるし、資金難で開発自体が遅延しているのにも関わらず、ロシア海軍司令部は「バルク」開発を急がせ、1994年、1997年、1998年に行なった試験は全て失敗した。

・ミサイルの設計・開発作業は、73パーセント程度までしか出来上がっていなかったのに、1998年、国防省とロシア海軍は突然開発中止を指示した。

・ミサイルの試験は、最低でも11回は実施する予定だったのに、最初の3回が実施されただけだった。
あと8回の試験を行なえば、信頼性のあるミサイルに仕上げる自信は有った。

・確かに、最初の試験は3回とも失敗したが、アメリカの「トライデントII」だって、試射のうち3回は失敗しているし、私達が以前に開発したR-39だって、発射試験中に計6回失敗している。
それでも私達は、R-39を信頼性の高いミサイル複合体に仕上げた。
その事は、1998年、北方艦隊のタイフーン級原潜からR-39ミサイル20発の一斉発射に成功した事で証明されている。
この様子は、近くに居て監視していたアメリカ海軍も目撃し、我々の技術の信頼性を目の当たりにしている。

といったところです。



R-39UTTkh「バルク」(Р-39УТТХ"Барк")の開発は、1986年にスタートしました。
УТТХは、"Улучшенными Тактико-Технические Характеристики"
(改良された戦術・技術特性)の略です。

ベースとなったのは、タイフーン級戦略原潜(プロジェクト941)の弾道ミサイルR-39(タイフン)です。
つまり、「R-39の戦術・技術特性を改良したミサイル」という事になります。
(上の5枚目の図面の左側がR-39、右側がR-39UTTkh)

この新型弾道ミサイルは、NATOでは「SS-N-X-28」と呼ばれました。
国際協定使用呼称はRSM-52V(РСМ-52В)でした。


「バルク」開発の動機は、R-39が失敗作だったから・・・では無く、
アメリカが1980年代に開発し、1990年に実戦配備した「トライデントII D-5」です。

アメリカの前作「トライデントI C-4」は1979年より実戦配備されましたが、このミサイルの最大射程は7,400km。
R-39(8,300km)よりも短かいものでした。

しかし、R-39が完成した後に開発がスタートしたトライデントIIは、最大射程10,000kmを越えると予測されました。
(実際には12,000km)

それで、トライデントIIに対抗する為、最大射程10,000km以上の潜水艦用ミサイルの開発が要求されたのです。


「バルク」は、発射重量81t、最大射程10,000km以上、弾頭重量3,050kg、弾頭部には最大で10個の戦闘ブロックを搭載可能というスペックになる筈でした。


前作R-39は、主要コンポーネントである第一段ロケットをウクライナで、その他の部分をロシアで製造していました。
ソ連邦解体後、ウクライナからのコンポーネント供給は絶たれました。
それは、R-39の生産を継続できなくなる事を意味していました。

この為、タイフーン級に搭載する新たなミサイルとしても、バルクの開発を急ぐ必要が生じました。

タイフーン級1番艦TK-208は、オーバーホールの為、1989年にドック入りしましたが、この時、搭載ミサイルを「バルク」に換装する為の近代化改装も合わせて実施される事になりました。

「バルク」実戦配備前の海上発射試験を、TK-208で行なおうというわけです。

タイフーン級は、1990年代以降、順次オーバーホール時期を迎えてドック入りする為、この時に「バルク」への換装工事も行う計画(プロジェクト941U改装)が立てられました。

タイフーン級6隻の当初の「バルク」換装スケジュールは、以下の通りです。

TK-208:1988〜1994年
TK-202:1992〜1997年
TK-12:1996〜1999年
TK-13:2000年以降
TK-17:2000年以降
TK-20:2000年以降

しかし、ソ連邦解体後、TK-208の修理と近代化の作業は、資金供給が滞った為、停滞しました。

「バルク」開発への資金供給も滞り、発射試験は、1993年11月、1994年12月、1997年11月19日にロシア北部アルハンゲリスク州のネノクサ(セヴェロドヴィンスクの西側)の陸上発射台から実施されましたが、3回とも失敗しました。
(上の写真1〜3枚目は、「ネノクサ」海軍ミサイル射撃センター)


1998年、当時のロシア海軍総司令官ウラジーミル・クロエドフ提督は、「バルク」の開発中止を指示しました。
最低でも11回は実施される筈だった発射試験は、3回で「強制終了」し、4回目以降の発射試験を行なう機会は、永遠に奪われました。


この経緯を見る限り、「失敗作」「駄作」と決めつけるのは早計かつ軽率であると言わざるを得ません。

もしも、開発を継続していたならば、実用化に漕ぎ着ける可能性は十二分に有ったでしょう。


換装すべきミサイルを得る機会を失ったタイフーン級は、1998年、R-39ミサイル20発の一斉発射試験を実施、成功しました。
R-39は失敗作では無かった事が、改めて証明されたのですが、既にR-39の寿命は尽きようとしていました・・・

2004年、最後に残った10発のR-39が廃棄されました。

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ソ連海軍が1950年代に計画した対空防衛砲巡洋艦プロジェクト84。
(Артиллерийский Крейсер Противовоздушной Обороны Проект-84)


1954年、ソ連海軍総司令官ニコライ・クズネツォフ提督の要求により、設計がスタートしました。

【対空防衛砲巡洋艦プロジェクト84】
満載排水量:14,000〜15,000トン
全長:160〜180m
幅:19〜20m
速力:32ノット
航続距離:16ノットで5,000海里
兵装:
SM-48 180mm2連装砲×4
SM-52 100mm2連装砲×6
ZiF-75 57mm4連装砲×6
搭載機:Ka-15ヘリコプター×2

外見は、先に計画されたプロジェクト82重巡洋艦(スターリングラード級巡洋戦艦)を小型化したようなものになりました。

当時、対空ミサイルの開発はスタートしていましたが、何せ、この時には「未知の兵器」であり、クズネツォフ提督は、「保険用」として従来型の砲兵装巡洋艦の開発を命じたわけです。

当初の計画では、1958年に設計を完了し、1959年から建造を開始し、1964〜1965年に就役する事とされました。
建造は、レニングラードの第189造船所(バルチースキー・ザート)、二コラエフの第444造船所(黒海造船工場)で行なわれる予定でした。
プロジェクト84は、合計で5隻の建造を想定していました。

主砲は、クズネツォフ提督の要求により、180mm砲とされました。

SM-48型180mm砲は、砲身仰角-3〜+76度、最大射高23km、最大射程36km、発射速度は毎分9〜10発の対空・対水上両用砲です。

この他、対空用の100mm砲および57mm砲が装備されました。

艦尾には、ヘリコプターKa-15が搭載される予定であり、発着甲板とエレベータ、そして艦内格納庫が設置されました。


しかし、クズネツォフ提督が1955年12月に海軍総司令官を解任された為、プロジェクト84に関する全ての作業は中止されました。

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1970年代後半に計画されたプロジェクト923「グラナト」
艦種は「艦隊掃海ヘリコプター母艦」です。
(Эскадренный Тральщик-Вертолетоносец)

プロジェクト923は、大洋ゾーンにおける掃海活動を行なう艦として構想されました。
この為、耐航性を有する大型の船体と、自衛の為の強力な兵装が要求されました。

この要求を手っ取り早く満たす為、プロジェクト1155大型対潜艦(ウダロイ型)の設計が流用されました。

[艦隊掃海ヘリコプター母艦プロジェクト923]
満載排水量:7,800t
全長:163m
幅:19m
主機:巡航用ガスタービン×2基(16,000馬力)、ブースト用ガスタービン×2基(37,000馬力)
速力:30ノット
航続距離:14ノットで5,600海里
兵装:
「キンジャル」高射ミサイル8連装垂直発射機×8基
AK-100 100mm単装砲×2基
AK-630 30mmガトリング砲×4基
2M-3M 25mm連装機銃×1基
RBU-12000「ウダフ-1」ロケット爆雷12連装発射機×2基
搭載機:Ka-25PMO掃海ヘリコプター×5機
乗員:231名


兵装や各種装備も1155と似たようなものですが、ヘリコプター搭載数は5機に増やされました。
当然、ヘリコプター格納庫は拡大されています。

また、1155では対潜ミサイル発射筒が有った場所には、ロケット爆雷発射機が装備されました。
更には、1155には無かった25mm機銃が艦橋に装備されました。

レーダーは、1155の1番艦ウダロイと同様の「トパーズ」(ストラット・ペア)ですが、
ウダロイが艦後部に1基装備しているのに対し、923は、艦の前部と後部に2基装備されました。

1155は、艦尾に曳航式対潜ソナーを収納していますが、923では、これが掃海装置に変更されました。


と、このように世界でも類を見ないユニークな「掃海艦」となる筈だった923ですが、
「掃海艦」としては高価に過ぎ、更には、建造する造船所が無い為、プロジェクトは中止されました。

この艦は、カリーニングラード市のヤンタリかレニングラード市のジダノフでしか建造できませんが、
両者とも、1970年代末からウダロイ型およびソブレメンヌイ型駆逐艦の建造に取り掛かっており、
その上、このような「大型掃海艦」の建造まで手掛ける余裕は有りませんでした。


しかしながら、もしも建造されていれば、ヘリコプター5機を搭載できる本型は、今なら、「本来の用途(掃海)」以外にも、色々と使い道が有ったでしょう。

例えば、ソマリア沖で海賊対処任務に従事するとか。

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1970年代初頭、ソ連海軍が計画したロケット巡洋艦プロジェクト1080。

プロジェクト1080は、対艦でも対潜でも無く、対地攻撃用に特化したミサイル巡洋艦でした。

[ロケット巡洋艦プロジェクト1080]
満載排水量:15,000〜16,000t
全長:215m
幅:26m
主機:巡航用ガスタービン×2基(12,000馬力)、ブースト用ガスタービン×4基(80,000馬力)
速力:30〜32ノット
兵装:
「エリブルス-M」作戦・戦術複合体
「キンジャル」高射ミサイル8連装垂直発射機×8基
AK-726 76mm連装砲×2基
AK-630 30mmガトリング砲
RBU-6000ロケット爆雷12連装発射機×2基
搭載機:Ka-25ヘリコプター×2機
乗員:450〜500名

設計を担当したのは、ネフスキー計画設計局です。
同局は、ソ連海軍の航空機搭載艦(空母)や揚陸艦を設計しました。


主兵装の「エリブルス」は、西側コード名の「スカッド」弾道ミサイルといった方が分かりやすいでしょうか。


「エリブルス-M」は、「エリブルス」(スカッド)の海軍型です。
全高9.7m、幅1.1m、発射重量6.7t、射程距離1,000km、弾頭は通常型です。
開発は、モスクワ熱技術研究所が担当し、1974年にスタートしました。

プロジェクト1080は、50セル垂直発射筒を4基、合計200基の「エリブルス-M」弾道ミサイルを搭載する予定でした。

「キンジャル」(SA-N-9)は、1980年代に実用化された垂直発射方式の短距離対空ミサイルであり、ウダロイ型などに装備されています。

AK-726 76mm連装砲、AK-630 30mmガトリング砲、RBU-6000ロケット爆雷は、当時(1970年代)のソ連海軍水上艦の標準的兵装です。

主機は、プロジェクト1134B(カーラ級)と同じです。


兵装を見れば分かるように、このプロジェクト1080は、対地攻撃専門の巡洋艦です。
ソ連海軍が、このような特異な艦を計画したのは、地域紛争に介入する手段としてでした。

アメリカ海軍は、空母艦載機による地上攻撃が可能ですが、当時、ソ連海軍は空母を保有していませんでした。
そこで、空母の代用となる地上攻撃用プラットフォームとして構想されたのが、このプロジェクト1080でした。


しかし、「エリブルス-M」の開発は、モスクワ熱技術研究所が「ピオネル」弾道ミサイル(SS-20)の開発を優先する為に中止されました。
搭載ミサイルの開発中止により、プロジェクト1080も中止されました。

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