駆逐艦ソブレメンヌイ型

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ロシア(ソ連邦)最後の「正統派駆逐艦」ソブレメンヌイ級について。
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ソブレメンヌイ級駆逐艦の6番艦ボエヴォイБоевой

1982年3月26日起工
1984年8月4日進水
1986年9月28日就役

就役後、太平洋艦隊に配属。

本艦より、艦橋頂上部のレーダーが3次元レーダー「フレガートMA」(トッププレートTop Plate)に換装されました。

1987年11月18〜23日、イエメン人民民主共和国のアデン訪問。
1988年4月12〜16日、朝鮮共和国のウォンサン訪問。
1990年7月31日〜8月4日、アメリカのサン・ディエゴ訪問。

ソ連邦解体後も稼働状態に維持されており、
1992年10月15日〜1993年8月30日、ウラジオストクの第178船舶修理工廠で修理。
1994年4月17日、艦隊に復帰。

1995年9月1日、アムール湾で行われた大祖国戦争(第二次世界大戦)勝利50周年記念パレードに参加。

1996年8月、同型艦ベズボヤズネンヌイと共に海軍総司令官からロケット射撃優秀賞を授与。

1998年、ボエヴォイは予備役に編入されました。

それでも、まだ除籍されてはおらず、今もロシア海軍に在籍しています。

本艦の舷側番号は、以下のように変遷しております。

1986年:678
1987年:640
1989年:728
1990年:554
1990年後半:770
1993年:720


ちなみに、このボエヴォイ、ピットロード社からプラモデルが発売されています。
(1/700スケール、ハイモールドシリーズNo.HM-049、商品名「ボエボイ」)
ただし、エッチングパーツ付きで定価4,725円と高価ですが・・・・
(トランペッター社の1/350ソブレメンヌイ級(定価4,410円)よりも高い・・・(^^;)


[写真の解説]
1枚目:東海を航行中のボエヴォイ(1987年12月21日撮影)
2枚目:朝鮮共和国を訪問するボエヴォイ(1988年4月撮影)
3、4枚目:サン・ディエゴを訪問するボエヴォイ(1990年7月31日撮影)
5〜7枚目:ウラジオストク金角湾のボエヴォイ(1991年7月28日撮影)
8枚目:ソ連邦解体後のボエヴォイ(1992年撮影)

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ソヴレメンヌイ級4番艦オスモトリーチェリヌイОсмотрительный

1978年10月27日起工
1982年4月23日進水
1984年9月30日就役

本艦と次のベズプレチュヌイは、艦橋上のレーダーが「フレガートM」(プレートスティア)になっています。

ソヴレメンヌイ級で初めて太平洋艦隊に配属された艦という事もあり、
日本の国防関係者から「多少」注目されました。
「多少」と書いたのは、本艦と一緒にキーロフ級原子力巡洋艦フルンゼが極東に回航され
そっちの方が脚光を浴びたからです。

本艦は1985年8月29日レニングラード出港、大西洋上でフルンゼと合流、一路極東を目指しました。

途中、アフリカや中東の親ソ国、ベトナムに寄港、対馬海峡を抜け、11月22日にウラジオストク到着。

フルンゼと行動を共にしていた為、本艦もおこぼれで西側諸国の注目を浴び、
東シナ海を航行中、日本、中国、韓国が監視の為に艦艇を派遣したものでした。
(当時、中国とソ連は敵対的関係にあった)

この当時、『世界の艦船』は巻頭カラーページでフルンゼを何ページにも渡って載せましたが、
オスモトリーチェリヌイは1ページしか載りませんでした。

ソ連邦時代末期には動かなくなり、1991年8月に『世界の艦船』編集長・木津徹が
取材の為にウラジオストクを訪れた際には、赤錆びた状態で係留されていました。

その後も修理されること無く、ウラジオストクで赤錆びた状態のまま係留され続け、
1997年8月16日、ついに除籍されてしまいました。

本艦の舷側番号は、以下のように変遷しております。
1984年:672
1986年:780
1986年後半:755
1990年:730
1993年:735
1997年:730

[写真の解説]
1枚目:レニングラードのオスモトリーチェリヌイ(1985年撮影)
2枚目:大西洋上でブリテン空軍「バッカニア」に追尾されるオスモトリーチェリヌイ(1985年9月撮影)
3枚目:インド洋上のオスモトリーチェリヌイ(1985年10月撮影)
4枚目:中国海軍フリゲートに監視されるオスモトリーチェリヌイ(1985年11月撮影)
5枚目:洋上給油を受けるオスモトリーチェリヌイ(1986年3月25日撮影)
6枚目:洋上のオスモトリーチェリヌイ(1989年5月撮影)

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ソヴレメンヌイ級3番艦オトリーチヌイОтличный

1978年4月22日起工
1981年3月21日進水
1983年9月29日就役

就役後は、北方艦隊に編入され、80年代は活発に行動していました。

1984年12月28日から1985年1月2日までキューバのハバナ訪問
1986年春から秋まで地中海で行動
1989年7月21日から7月25日までアメリカ合衆国のノーフォーク訪問

1991年10月に予備役編入され、修理を待つ事になりましたが、
ソ連邦解体後の混乱と財政難により、修理される事無く1998年11月に除籍されました。

本艦の舷側番号は、以下のように変遷しております。

1983年:671
1985年:403
1988年:434
1990年:408
1991年:151
1992年:474

[写真の解説]
1枚目:就役時のオトリーチヌイ(1983年撮影)
2枚目:大西洋上のオトリーチヌイ(1985年10月1日撮影)
3枚目:レバノン沖のオトリーチヌイ(1986年3月24日撮影)
4枚目:地中海のオトリーチヌイ(1986年9月28日撮影)
5〜7枚目:NATO軍が空撮したオトリーチヌイ(1988年9月7日撮影)
6枚目:アメリカのノーフォークに入港したオトリーチヌイ(1989年7月21日撮影)
7枚目:ノーフォーク停泊中のオトリーチヌイ(1989年7月23日撮影)
8枚目:ノーフォークを出港するオトリーチヌイ(1989年7月25日撮影)

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1番艦から最終艦まで外見が変わっていないように見えるソブレメンヌイ級ですが、
よくよく見ると、艦橋頂上部のレーダーに違いが有ります。


ソブレメンヌイ級のレーダーは、以下のように変遷しております。

【1、2、3番艦(ソヴレメンヌイ、オチャヤンヌイ、オトリーチヌイ)】
フレガート(トップスティアTop Steer) [1枚目の写真]

【4、5番艦(オスモトリーチェリヌイ、ベズプレチュヌイ)】
フレガートM(プレートスティアPlate Steer) [2枚目の写真]

【6番艦(ボエヴォイ)以降】
フレガートMA(トッププレートTop Plate)3次元レーダー[3枚目の写真]


写真を御覧頂ければお分かりの通り、
4、5番艦の「フレガートM」は、「フレガート」と「フレガートMA」の過渡期のレーダーであり、
両者を足して二で割ったような外観をしています。

「フレガート」シリーズは、駆逐艦クラスの艦艇では
メインの対空/対水上捜索用レーダーとして使われています。
(大型巡洋艦では、補助レーダーになっていますが)

「フレガート」は、対空目標の最大探知距離400km、対水上目標の最大探知距離40kmとなっております。

3次元レーダー「フレガートMA」では、対空目標の最大探知距離300km、海面上の目標の最大探知距離は30kmですが、海面を這うように飛翔するシースキマー対艦ミサイルのような小型空中目標の探知も可能になりました。

「フレガートMA」は改良されながら現在も使われており、
「フレガートMAE」「フレガートMAE-2」「フレガートMAE-3」「フレガートMAE-5」といった派生型が存在します。

出力が強化された「フレガートMAE-5」では、海面上目標の最大探知距離が50kmになっています。

「フレガートMAE」は、西側コード名「ハーフプレートHalf Plate」と呼ばれ、フレガートMAの簡易型です。
四角のアンテナは1枚のみとなっております。

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ソヴレメンヌイ級駆逐艦の9番艦ブールヌイБурный

1983年11月4日:起工
1986年12月30日:進水
1988年9月30日:就役
1988年11月9日:太平洋艦隊編入

ソ連邦解体後も細々と活動し、稼働状態に維持されました。

1996年6月、同型艦ブイストルイと共に、ロシア海軍創設300周年記念観艦式に参加。

1990年代末には、太平洋艦隊所属のソヴレメンヌイ級駆逐艦で
稼働状態に有るのは本艦だけという有様でした。

そのような状況下の1999年10月、太平洋艦隊司令官ミハイル・ザハレンコ大将に率いられた
巡洋艦ワリャーグと本艦は、中国の上海を訪問、中国海軍と共同演習を行いました。

2000年4月10日、演習中の本艦の30mmガトリング砲が、大型対潜艦アドミラル・ヴィノグラドフを誤射するという事故が起こりましたが、死傷者は居ませんでした。

2005年8月には中国海軍と共同演習を行ないました。
この時、中国海軍側は新鋭駆逐艦「広州」を参加させましたが、
奇しくもこの広州、ソヴレメンヌイ級と同じ艦隊防空ミサイル(ウーラガン)を装備する艦でした。

ブールヌイは、2006年7月より長期オーバーホールに入っております。

本艦の舷側ナンバーは、1988年から「677」、1990年から「795」
1994年以降は「778」となっております。

[写真の解説]
1枚目:駆逐艦ブールヌイ
2枚目:ウラジオストクのブールヌイ(2003年8月4日撮影)
3枚目:ブールヌイ(2005年8月撮影)
4枚目:洋上のブールヌイ(2005年8月撮影)
5枚目:中国海軍と共同演習中のブールヌイ(2005年8月23日撮影)
手前の艦は中国海軍駆逐艦「広州」

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