駆逐艦ソブレメンヌイ型

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ロシア(ソ連邦)最後の「正統派駆逐艦」ソブレメンヌイ級について。
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http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/17285804.htmlでも取り上げた
駆逐艦「ベズジェルージュヌイ」Безудержный(406)

2007年12月9日からは、4代目親衛駆逐艦「グレミャーシチー」Гремящийとなりました。
(Гвардейский Эскадренный Миноносец"Гремящий")


レニングラード市のジュダーノフ造船所で建造。
1987年2月24日起工、1989年9月30日進水、1991年12月30日就役。

就役後は、ロシア北方艦隊へ配属。

大西洋の戦いの50周年記念式典に参加するため、
1993年5月26日〜31日、ニューヨーク(アメリカ)を訪問。

1993年夏から1994年までドックで修理。
1998年、オーバーホール実施。

しかし財政難の為、以後の行動は不活発になり、外洋で姿を見る事は無くなった。

2007年12月9日、除籍された先代グレミャーシチーの後を継ぎ
4代目親衛グレミャーシチーを襲名。親衛旗を受け継いだ。

親衛旗が継承された日、モスクワ州、チェリャビンスク州、
ペトロフスキー区が、本艦の親衛称号継承を祝い、乗員に
プレゼントを贈った。

2007年12月、本艦の艦長は、アンドレイ・ナボコフ2等海佐が務めている。


本艦の舷側番号は、以下のように変わっている。
1991年:682
1992年:444
1993年:435
1994年〜:406


[写真の解説]
1枚目:大西洋上のベズジェルージュヌイ(1993年6月撮影)
2枚目:造船所入りするベズジェルージュヌイ(1993年夏撮影)
3枚目:セヴェロモルスクのベズジェルージュヌイ(2004年7月撮影)
4、5枚目:セヴェロモルスクのベズジェルージュヌイ(2005年頃撮影)
6枚目:セヴェロモルスクのベズジェルージュヌイ<右側>(2007年8月19日撮影)
左側はアドミラル・ウシャコフ



というわけで、非常にややこしいのですが、
ソブレメンヌイ級駆逐艦グレミャーシチー(404)が除籍され、
同型艦ベズジェルージュヌイ(406)がグレミャーシチーと改名されました。


この辺りの事情を知らない人は、グレミャーシチーが残され、ベズジェルージュヌイが除籍されたと思うかもしれません。
(特に、『世界の艦船』とか岡部いさくは怪しい・・・・(^^;)

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http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/27505578.htmlで紹介した
駆逐艦「ブールヌイ」の消火訓練の様子。

同艦は、ウラジオストクの艦船修理工場「ダーリザヴォート」で
2006年7月から長期オーバーホール中です。

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http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/17285734.htmlでも取り上げた
親衛駆逐艦「グレミャーシチー」(404)
(Гвардейский Эскадренный Миноносец"Гремящий")


レニングラード市のジュダーノフ造船所で建造。
1984年11月28日起工、1987年5月30日進水、1988年12月30日就役。

当初の予定名は「ヴェドゥーシチー」Ведущийだった。

就役前の1988年8月18日、「グレミャーシチー」と改名し、
先代から親衛称号と親衛旗を継承。
3代目「グレミャーシチー」となった。

1989年5月1日、北方艦隊編入。
1990年6月25日〜7月1日、ハバナ(キューバ)訪問。
大西洋の戦いの50周年記念式典に参加するため、
1993年5月25日〜6月1日、リヴァプール(イギリス)訪問。

1998年以降、第2状態予備役となり、セヴェロモルスク基地に停泊。

2005年にズヴェズドーチカ工廠でオーバーホールされる予定だったが、資金不足で中止。
2006年以降は同じ埠頭に係留されたままとなった。

2007年12月9日、グレミャーシチーは、ロシア海軍から除籍された。
「グレミャーシチー」の名前と親衛称号は、同日、僚艦ベズジェルージュヌイに受け継がれた。


本艦の舷側番号は、以下のように変わっている。
1988年:680
1989年:684
1990年:605
1991年:420
1991年:739
1991年:439
1995年:429
2004年:404


[写真の解説]
1枚目:就役直後のグレミャーシチー(1989年撮影)
2枚目:地中海で行動中のグレミャーシチー(1990年4月撮影)
3枚目:大西洋上のグレミャーシチー(1990年6月撮影)
4枚目:リヴァプール(イギリス)を訪問するグレミャーシチー(1993年5月末撮影)
5枚目:北大西洋で行動中のグレミャーシチー(1993年6月撮影)
6枚目:セヴェロモルスクのグレミャーシチー(2003年7月27日撮影)
7枚目:セヴェロモルスクのグレミャーシチー(2006年8月7日撮影)
左側に見えるのは病院船シヴィーリ
8枚目:セヴェロモルスクのグレミャーシチー(2007年9月9日撮影)

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ロシア国防省公式サイトより。

【親衛旗は北方艦隊の駆逐艦に揚がった】

北方艦隊のロケット艦部隊において、駆逐艦「ベズジェルージュヌイ」の名前が変更された。

今後は、新たな親衛アンドレイ旗と共に受継ぐ伝統に従い、「グレミャーシチー」と呼ばれる。

「グレミャーシチー」の艦名は、半世紀の間、ロシアに受け継がれてきた。
この名前は、ロシア海軍で長いあいだ継承され、ある艦から別の艦へと移されて来た。

今日、栄光のプロジェクト7駆逐艦(初代「グレミャーシチー」)は、特別な位置に属する。
第二次世界大戦時、北方艦隊のこの駆逐艦の乗組員は、勇気と耐久力を発揮し、ファシスト・ドイツの侵略者との戦いで見せた高い練度および前例のない戦闘における武勇と勇気により、1943年、艦への親衛称号と、艦長グーリン2等海佐への「ソビエト連邦英雄」称号の授与という栄誉を与えられた。

戦後、北方艦隊は、駆逐艦が高齢に達して部隊構成から外されると、見事な戦闘の伝統を受継いだ伝説の親衛駆逐艦「グレミャーシチー」の名を、大型対潜艦に受け継がせた。

その後、1990年代初頭、北方艦隊の戦闘部隊には、親衛駆逐艦「グレミャーシチー」が従事していた。
今度は、その名は姉妹艦に譲り渡された。

乗組員の親衛宣誓の採択後、親衛艦のマークが入った帽子およびリボンが渡された。
(2007年12月12日)
http://www.mil.ru/848/1045/1274/8948/8949/sf/19366/index.shtml?id=35067


上の写真は、1枚目が旧「グレミャーシチー」(404)、2枚目が新「グレミャーシチー」(406)です。

北方艦隊には、これまで「ベズジェルージュヌイ」(406)、「グレミャーシチー」(404)他2隻のソヴレメンヌイ級駆逐艦が在籍しておりましたが、今回、上記の通り「ベズジェルージュヌイ」が「グレミャーシチー」と改名されました。
艦名変更は、12月9日付で行われたようです。

舷側番号404の方の旧「グレミャーシチー」は、除籍されるようです。
同艦の就役期間は、19年でした。

これで、ロシア海軍に在籍するソヴレメンヌイ級駆逐艦は、9隻となりました。
(北方艦隊3隻、太平洋艦隊4隻、バルト艦隊2隻)


「グレミャーシチー」は、初代が、第二次世界大戦時のプロジェクト7駆逐艦
2代目が、1960年就役のプロジェクト57bis大型対潜艦(1991年まで在籍)
3代目が、1988年就役のソヴレメンヌイ級駆逐艦(上の写真1枚目)

そして、今回「グレミャーシチー」を襲名した旧「ベズジェルージュヌイ」は、4代目となります。

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http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/27159857.htmlで紹介した
駆逐艦「アドミラル・ウシャコフ」における聖ウシャコフ祭の様子。

1枚目の写真の左側が「アドミラル・ウシャコフ」です。
(右側は駆逐艦ベズジェルージュヌイ)

この他、原子力巡洋艦ピョートル・ヴェリキー(099)、
駆逐艦アドミラル・チャバネンコ(650)が見えます。

2枚目の写真が聖ウシャコフ像です。

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