駆逐艦ソブレメンヌイ型

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ロシア(ソ連邦)最後の「正統派駆逐艦」ソブレメンヌイ級について。
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ロシア連邦国防省公式サイトより。

2007年11月29日
【「アンドレイ旗の下のウシャコフ祭(2007年度)」関係者は、北方艦隊の駆逐艦を訪れた】

艦の上の大ロシア艦隊司令官フョードル・ウシャコフ提督聖像は、ムルマンスクおよびモンチェゴルスクの大主教によってもたらされ、聖職者および関係者は、ウシャコフ祭を執り行なった。

駆逐艦「アドミラル・ウシャコフ」の艦尾甲板上で、聖像は乗組員によって設置された。 駆逐艦の上甲板で大主教は祭事を執り行なった。

「ウシャコフ祭(2007年度)」は、ここ数ヶ月間、ロシアの都市ムルマンスクからサランスクを廻り、北方艦隊の常設駐屯地を訪問した。
それは北方地帯に復活し、伝えられる彼等自身の為の素晴らしい物-ロシア水兵の力強さを後援する。
(ウシャコフ提督は)7年前、正教会によって聖人に列せられた。

http://www.mil.ru/848/1045/1274/8948/8949/sf/19366/index.shtml?id=34401


中世時代、トルコなどを相手に活躍したロシア海軍提督フョードル・ウシャコフは、
上記の通り、2000年、ロシア正教により聖人に列せられました。


駆逐艦「アドミラル・ウシャコフ」は、元々は「ベスストラーシュヌイ」という名前でしたが、
ウシャコフ提督が聖人に列せられてから4年後の2004年6月29日、現艦名へ改名されました。
(駆逐艦アドミラル・ウシャコフは、http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/16953378.htmlを参照)

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2007年7月29日は、ロシア海軍記念日でしたが、
北方艦隊主要基地セヴェロモルスクでも、観艦式が行われました。

写真は、海軍記念日観艦式に参加するアドミラル・ウシャコフАдмирал Ушаковです。
(駆逐艦アドミラル・ウシャコフは、http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/16953378.htmlを参照)
<クリックすると、拡大画像が見られます>

ウシャコフの後ろには、空母アドミラル・クズネツォフの姿が見え、
更に遠方には、デルタIV型戦略原子力潜水艦の姿が見えております。



なお、本艦の名前ですが、『世界の艦船』では、どういうわけか
「マーシャル・ウシャコフ」Marshal Ushakovと書かれています(笑)

公開されている本艦の写真を見る限り、Адмирал Ушаковと書かれているようにしか見えないけど・・・(^^;

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ロシア海軍バルト艦隊旗艦のソヴレメンヌイ級駆逐艦
ナストーイチヴイНастойчивый
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/19226444.html

上の写真は、2007年9月11日にバルチースク基地で
撮影されたものです。


煙突から盛大に黒煙を噴き上げていますが、
これから出港するところでしょうか。

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ソヴレメンヌイ級駆逐艦の8番艦オクルイレンヌイОкрыленный

1982年11月5日海軍籍登録
1983年4月16日起工
1986年5月31日進水
1987年12月30日就役

1988年2月19日、北方艦隊に編入されました。

1990年代初頭までは、地中海へ行ったり大西洋へ出たりと活発に行動していましたが、
ソ連邦解体後は行動が尻すぼみになっていき、1994年3月に予備役編入。

その後も復帰する事なく、1998年11月、ロシア海軍から除籍されました。

なお、本艦の舷側番号は、以下のように変遷しています。

1988年:670
1990年:444
1991年:424
1996年:415


さて、ロシア(ソ連)海軍に就役したソヴレメンヌイ級駆逐艦17隻の履歴を振り返ってみると、
ソ連邦時代には、割と活発に行動していたが、ソ連邦解体後、行動が不活発になっていったケースが多い事が分かるでしょう。

『世界の艦船』とかが主張しているように、本型が失敗作・駄作艦であるならば、
当初から(ソ連邦時代から)行動が不活発になるのではないかな?

だが実際には、ソ連邦解体を境目として行動が不活発になっていく艦が増えている。
これが何を意味するのか、『世界の艦船』スタッフには、分からないのか?
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/8578075.htmlとか
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/19271984.htmlでも説明しているし
かのウィキペディアにも書いているが・・・


「失敗作・駄作艦」などとレッテルを貼るのは、単なる「思考停止」でしか無い事を、
『世界の艦船』、というか、日本の軍オタと評論家達は、一体いつになったら分かるんだ?


[写真の解説]
1枚目:就役直後のオクルイレンヌイ(1988年撮影)
2枚目:地中海のオクルイレンヌイ(1989年12月22日撮影)
3枚目:給油艦イワン・ブブノフから給油を受けるオクルイレンヌイ(1990年4月18日撮影)
4枚目:地中海のオクルイレンヌイ(1990年撮影)
5枚目:洋上のオクルイレンヌイ(1991年4月撮影)
6枚目:洋上のオクルイレンヌイ(1991年撮影)
7枚目:大西洋のオクルイレンヌイ(1991年撮影)

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ソヴレメンヌイ級駆逐艦の20番艦
「ブーイヌイ」Буйный

本艦は、ソ連邦解体後の1992年に起工されました。

「ブーイヌイ」から改正型のプロジェクト956Uとなり、兵装が一部変更されました。

起工後は、細々と建造工事が続けられたのですが、
当時のロシアにおける混乱及び極度の財政難は、それすらも許さず、
1990年代中期には、工事が進んでいた18、19番艦を除くソヴレメンヌイ級駆逐艦の建造はキャンセル。
(つまり、ソヴレメンヌイ級の建造予定隻数は、28隻から19隻へと大幅削減)

当然、20番艦ブーイヌイの建造工事は中止されました。
この時、船体は、ほぼ完成していたようです。

それでも、1990年代末期の西側資料には、「建造中」のソヴレメンヌイ級として、
まだ本艦の名前が有ったのですが、その後、いつの間にか忘れ去られてしまいました・・・・


・・・そして今では、本艦は「無かった事」にされるケースが圧倒的に多くなりました・・・・


現在、"Google Earth"でバルト艦隊基地バルチースクBaltiyskを見ると、
ソヴレメンヌイ級駆逐艦の船体と思しき物が写っております。

これこそ、建造中止されたブーイヌイの「成れの果て」でしょう。

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