大祖国戦争時のソ連海軍

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第二次世界大戦時のソ連海軍について。
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ロシア連邦国防省公式サイトwww.mil.ruより。

http://www.mil.ru/info/1069/details/index.shtml?id=65736
【64年前、帝国主義日本に対する太平洋艦隊の海上作戦が開始された】

64年前の8月のこの日(8月14日)、太平洋艦隊は対日本戦争において、セイシン(チョンジン)上陸進攻作戦を開始した。
セイシンの軍用基地は、北朝鮮沿岸における敵の最重要拠点だった。

それは、日本の司令部が大規模な増援を投入する可能性と、更には軍を退避させる必要が生じた為に建設された。

セイシンの各建物は、抵抗に合わせ、地雷原を伴う2つの防衛ラインで都市全体が取り囲まれていた。

この作戦における上陸戦の一つに太平洋艦隊海軍歩兵第355独立衛生兵大隊は参加し、戦場から負傷者を運んだマリヤ・チュカノヴァが居た。
二度に渡って負傷し、捕われの身となった彼女は拷問を受けた。

その後、マリヤ・チュカノヴァは、ソビエト連邦英雄の称号を贈られ、その名前は永久に記録され、赤旗太平洋艦隊の衛生兵訓練部隊に割り当てられた。
この海軍基地の取得は、第1極東前線軍への助力となった。
防衛力の低下により、日本の関東軍は完全に破壊された。
(2009年8月14日)



マリヤ・チュカノヴァМария Никитична Цукановаは1924年9月14日にオムスクで生まれ、高校卒業後は軍病院で電話交換手として勤務しました。
1942年2月、イルクーツクの工場で勤務しながら看護コースを修了し、同年7月、海軍の衛生兵となりました。

上述のように1945年8月14日、対日戦に参加し、日本軍に捕らわれ、拷問により死亡しました。
21歳の誕生日を迎える1ヶ月前の事でした・・・

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『軍事板常見問題&良レス回収機構』(FAQ)より。
http://mltr.ganriki.net/unc0499.html#14629

【質問】
ドイツ海軍とソ連海軍の水上艦が交戦した例はないんですか?

【回答】
1941年6月27日に駆逐艦ストロジェヴォイが魚雷艇S31と交戦し,魚雷1本を受け艦首を失う.
1941年7月27日,駆逐艦スメルイが魚雷艇S54と交戦し,雷撃で撃沈.
1943年1月,駆逐艦トビリシとバクーが敷設艦スカゲラックと掃海艇2隻と短時間交戦.
といった例がある.
眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 軍事板
(2ちゃんねる軍事板「初心者歓迎 スレ立てる前に此処で質問を 499」より)


>1943年1月,駆逐艦トビリシとバクーが敷設艦スカゲラックと掃海艇2隻と短時間交戦.

嚮導駆逐艦トビリシは、太平洋艦隊所属であり、ずっと極東のウラジオストクに居たんだが・・・


この「1943年1月」の海戦の概要は、ロシア側の記録によると、以下の通りです。
http://base13.glasnet.ru/text/38amur.htm
http://mkmagazin.almanacwhf.ru/ships/razumniy.htm


1943年1月21日夜、ソ連海軍の嚮導駆逐艦「バクー」(Лидер эсминцев"Баку")と
駆逐艦「ラズゥムヌイ」(Эскадренный миноносец"Разумный") は、
ノルウェー北部のヴァドソーVadsoへ向かうドイツの掃海艇と警備艦(水雷艇)に護衛された輸送船2隻を発見。
バクーの魚雷発射により攻撃は開始されました。

戦闘は短時間で終わりました。
ドイツ軍の輸送船1隻は瞬時に撃沈。もう1隻は大破炎上し、沿岸に乗り上げ、放棄されました。
水雷艇も大破しました。

そう、戦闘は「短時間」であり、しかも「一方的」でした。

ソ連海軍の「バクー」と「ラズゥムヌイ」に損傷は無く、2隻は全速力でワエンガ基地(現在のセヴェロモルスク)へ引き揚げました。
(場所が場所なので、あまり長居をすると、夜が明けてドイツ空軍機が飛来し、空爆される危険があった)


なお、現在、ロシア(旧ソ連)とノルウェーは国境を接していますが、
第二次世界大戦当時、ペッツァモ地方はフィンランド領でした。
(フィンランドも、北海に面した港を持っていたのです)


嚮導駆逐艦「バクー」と駆逐艦「ラズゥムヌイ」は、1942年7月15日、北極海経由で
太平洋艦隊から北方艦隊へ転属した艦でした。

この時に回航されたのは、嚮導駆逐艦「バクー」、駆逐艦「ラズゥムヌイ」、「ラズィヤレンヌイ」、「レヴノストヌイ」の4隻であり、ウラジオストクを出港後、
日本海→オホーツク海→ベーリング海→チュクチ海→東シベリア海→ラプデフ海→カラ海→バレンツ海
のコースでワエンガ基地に到着しました。
ただし、駆逐艦「レヴノストヌイ」は、途中で沈没しました。

当時としては、「冒険的」を通り越して「無謀」とさえ言える航海でしたが、
それを成し遂げている事から、この2隻は、乗員の技量レベルが高かったと推察されます。



ここでもう一度、上記の2ch軍事板の記述を振り返ると、「1941年6月27日の海戦」と「1941年7月27日の海戦」は、
詳しい日付と結末まで書いているのに、何故か「1943年1月の海戦」だけが、日付も明確では無く、結末も書かれていない。
(これだけだと、双方共に損害が無かったかのような印象を与える)
これは、単に「艦名を間違えただけ」という問題ではない。


というわけで、
眠い人クン、・・・少し、頭、冷やそうか・・・

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ソヴィエト連邦(ソ連)海軍戦列艦「マラート」
(Линейный корабль"Марат")
http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/29753414.html

以前にも取り上げたように、本艦は、大祖国戦争開始後の1941年9月23日、クロンシュタット軍港にて、
ドイツ空軍の急降下爆撃機ユンカースJu-87D-1の500kg爆弾の直撃を受け、艦首部が吹き飛ばされました。


上の写真は、空爆で大破した後のマラート(ペトロパブロフスク)です。


[1枚目:1941年9月頃撮影]
爆撃で吹き飛ばされたマラートの艦橋。


[2枚目:1941年末〜1942年頃撮影]
海上砲台となったマラート。
船体には、煉瓦模様が描かれています。
手前の右端に見えるのは、吹き飛ばされたマラートの艦橋でしょう。


[3枚目:1943年6月以降に撮影]
旧艦名ペトロパブロフスクに復した後。
以前にアップした写真
(http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/29753414.html参照)
と同じアングルですが、以前の写真では、大勢の乗員が艦後部甲板上に出ていたのに対し、
この写真では、少数の乗員しか居ません。

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ポチ港の黒海艦隊

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1941年6月22日、ソヴィエトへの侵攻を開始したナチスドイツ軍は、ウクライナ各地を次々と占領、
1941年9月からは、クリミア半島のセヴァストーポリへの攻撃が開始されました。

セヴァストーポリ攻略を任されたのは、かの有名なエーリッヒ・フォン・マンシュタイン上級大将です。

黒海艦隊の艦艇も、逆上陸作戦や陸上砲撃で友軍を支援しましたが、
翌1942年6月、セヴァストーポリは、ドイツ軍(マンシュタイン率いる第11軍)の包囲下に置かれました。

こうなっては、黒海艦隊はセヴァストーポリに留まる事は出来ず、
コーカサス地方へ脱出する事になりました。

1942年7月3日、セヴァストーポリ陥落。

黒海艦隊主力は、それ以前にセヴァストーポリを脱出し、
コーカサス沿岸のポチ(Poti、Поти)港へ移動しました。

上掲写真は、ポチ港の黒海艦隊艦艇です。

1枚目:戦艦パリージュスカヤ・コムーナ(1942年撮影)
2枚目:巡洋艦クラースヌイ・カフカースと潜水艦(1942年撮影)
3枚目:嚮導駆逐艦タシュケントと潜水艦Ш-212(1942年撮影)
4枚目:嚮導駆逐艦ハリコフ(1942年撮影)
5枚目:駆逐艦ソーブラジテルヌイ(1943年撮影)
6枚目:駆逐艦ボイキィ(1943年撮影)
7枚目:修理中の巡洋艦モロトフ(1942年撮影)
8枚目:修理中の巡洋艦モロトフ(1943年撮影)

これらの主力の他、建造途中の巡洋艦フルンゼ(チャパエフ級)も曳航されて来ました。

巡洋艦モロトフは、1942年8月3日、イタリア海軍魚雷艇の雷撃で艦尾を吹き飛ばされ、
ポチに帰港後、1942年10月から1943年7月に掛け、同港の浮きドック(第201工廠)で修理されました。

この時、モロトフは、未成巡洋艦フルンゼの艦尾を流用して修理されました。


上掲画像9〜11枚目は、現在(2005年5月27日)のポチ港です。

南側に見える浮きドックは、モロトフを修理したものでしょうか。

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ウィキペディア等によると、かの有名なドイツ空軍「爆撃王」ハンス・ウルリッヒ・ルーデルHans-Ulrich Rudelは
1941年9月、ソ連の戦艦1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦1隻を「撃沈」したとされています。

この内、「戦艦」はマラート、「駆逐艦」はステレグーシチーを指しているのですが、
「巡洋艦」は、ロシア側の記録と付き合わせても、該当する艦がありません。
(マラート http://blogs.yahoo.co.jp/rybachii/29753414.html)

バルト艦隊には、「巡洋艦」キーロフ、マキシム・ゴーリキーが所属しており、
2隻とも航空攻撃で損傷してはいますが、「沈没」どころか「着底」すらしていません。

というわけでソ連の「巡洋艦」Крейсерには、該当する艦はありませんでした。

が、それ以外の艦種で、ルーデルが「撃沈」した「巡洋艦」に該当する艦が有りました。

それは、「嚮導駆逐艦」ミンスクです。

ミンスクは、Лидер эсминцев(嚮導駆逐艦)と言って
普通の駆逐艦(Эскадренный Миноносец)とはちょっと違います。

「嚮導駆逐艦」とは、駆逐艦戦隊の旗艦を務める為の大型駆逐艦です。
ただ日本では、駆逐艦戦隊(水雷戦隊)の旗艦は軽巡洋艦が務めていた為、
あまり馴染みの無い艦種です。

ミンスクは、プロジェクト38嚮導駆逐艦の1番艦です。
プロジェクト38は、プロジェクト1嚮導駆逐艦の改良型です。

【プロジェクト38嚮導駆逐艦】
基準排水量:2,237
満載排水量:2597t
全長:127.5m
幅:11.7m
吃水:4.14m
主機:蒸気タービン3基、3軸
出力:66,900馬力
速力:40ノット
航続距離:20ノットで2,100海里
兵装:B-13型130mm50口径砲×5
    34K型76mm55口径対空砲×3
    21K型45mm46口径機関砲×2
    533mm4連装魚雷発射管×2
乗員:250名

ミンスクは、レニングラード市のA.A.ジュダーノフ名称記念造船所で建造されました。
1934年10月5日起工
1935年11月6日進水
1938年11月10日就役

同型艦に、バクーБаку、トビリシТбилисиが有ります。

ソ連海軍では、「嚮導駆逐艦」は都市名を付けられていました。


ドイツによるソヴィエト連邦への侵略開始後の1941年8月28日、哨戒中のミンスクは、
北緯59度51.6分、東経25度58分で機雷に触れて損傷、クロンシュタットへ帰港しました。

そして、クロンシュタット港で修理中だった9月23日、ドイツ空軍機Ju-87D-1の攻撃により大破、
同日夕刻、岸壁から5m離れた位置の深さ8.5mの場所に、傾斜40度で「沈没」しました。

攻撃したルーデルが、本艦を「巡洋艦」と誤認した事は、上記で述べた通りです。

参考までに、当時のソ連駆逐艦とプロジェクト38のサイズ比較

・プロジェクト7駆逐艦:全長112.8m、幅10.2m
・プロジェクト7U駆逐艦:全長112.5m、幅10.2m
・プロジェクト38嚮導駆逐艦:全長127.5m、幅11.7m

というわけで、プロジェクト38は、「駆逐艦」よりも、やや大きい。
そして、ソ連の「巡洋艦」も、プロジェクト38も、2本煙突です。

これらを考慮すれば、「戦車破壊王」が誤認するのも、仕方が無い事だったでしょう。

この場合、ルーデル氏本人よりも、ロシア側の記録と付き合せて検証しようとしない
日本の戦史研究家や軍事オタクに問題が有ると言える。
(ま、これは戦艦「マラート」の件にも言えることだけど)


ミンスクは、翌年、浮揚して修理され、1942年11月5日には再び軍艦旗が掲揚され、1943年6月22日、艦隊へ復帰しました。

1949年1月12日、駆逐艦(Эскадренный Миноносец)に類別変更。

1951年7月31日、F.E.ジェルジンスキー名称海軍高等技術学校の実習艦となりました。

1954年12月30日、自走練習艦「チョロフ」(учебный корабль "Чорох")に類別と艦名を変更。

1956年12月27日、浮上標的「VUTS-14」(судно мишень "ВУТС-14")に類別と艦名を変更。

1958年4月3日、除籍され、フィンランド湾でロケット攻撃の標的として沈められました。

[写真の解説]
1枚目:沈没直後のミンスク(1941年9月撮影)
2枚目:傾斜復元したミンスク(1942年6月撮影)
3枚目:浮揚されるミンスク(1942年8月撮影)
4枚目:復帰後のミンスク(1945年撮影)

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